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禁が信念

 僕の世話係という名目で、常時一人は誰かが傍にいた。三人交代制で、一人はシラ、あとの二人は知らない顔だった。本当はあと三人いたのだが、男だったので追い出した。


 一人は背が低い、というかぶっちゃけロリだ。丸っこくてたいへん可愛らしい子ではあるものの、僕の触手、じゃなかった食指が動くまではいかない。三年後に全面的な期待というレベルである。

 とはいえ、抱きしめた感触はナンバーワンで、僕には懐いてくれている。というか、僕のことが大好きみたいだ。大好きすぎて多少、アレな感じだが。


 あとの一人はただジッと部屋の隅にいて、僕が呼ばなければ何もしなかった。彼女はどうにも僕の好みだった。

 長い髪を後頭部で一つに括った所謂ポニーテールの、スラリと背の高い女性だ。ともすれば間が抜けて見えるシラと違い、そいつはいつもピシっとしたスーツを着ていた。名前を知らないので暫定的にポニテと呼ぶ。

 ポニテは常に無表情で、僕に対する態度も冷たい。いや、突き放すようにしている節すらある。だがそれがいい。


「ねえ」

「はい」


 壁際に立つポニテに話し掛けると、ゆっくりと僕を見た。事務的なことを除き、今までろくに会話をしたことはない相手だ。


「きみはどうして僕の世界の人間を守ろうと思ったの?」

「悪しき習慣の打破と、人口の調整が主な役割です」

「組織的な話じゃなくてさ、きみ個人だよ。どうしてきみは、この組織に与してるのさ?」

「それが正しいと思うからです」

「どれが?」

「技術的側面で劣るあなた方が、文化的側面では私達を圧倒している。故に、あなた方の文化を守る必要があります。そういう意味です」

「はぁん……」


 堅苦しい。可愛いなぁ。


「まあ、そうだろうね。娯楽っていえば僕らの世界のモノしかないし。文化の貧弱さはわかってるつもりだよ。文明としては幾分か劣るにしても、文化としては大きく水を開けている。つまり、僕らの生活にきみらは必要無いけど、きみらの生活に僕らは必須なんだね」

「ええ。何故、誇るような顔をしているのかはわかりませんが」

「必要とされているのは嬉しいことだよ。そう思ったからさ」


 実際、そうだった。誰だって必要とされるのは、無価値だと断ぜられるよりも嬉しい。


「され方にもよります」


 そりゃそうだ。思えばエンジェルたんは僕が金を持っている時だけ僕を必要としていた。


「まあいいよ。ね、質問があるんだけど」

「うっ……」


 顔を近づけると、ポニテは少し後ずさった。別に今は臭くないはずだ。毎日、ちゃんと風呂に入っている。そういえば、しばらくイウコティの世話になっていないので、腰がうずくことがある。


「どうかした?」

「い、いえ。別にどうも」

「そう? でさぁ」


 ベッドに仰向けに寝転び、ベッドサイドのポニテを見た。


「はあっ……」

「ん?」

「いえっ、なんでも!」


 背筋が伸びて、僕から目を逸らす。

 変なやつ。


「質問なんだけど」

「はい」


 ベッドに腰掛けさせる。後でその辺りに顔を埋めようと決めた。こっそりと近づき、腰の辺りに顔を寄せる。姿勢を正したまま前を見ているポニテは気づかない。

 スンスン。石鹸の匂いがした。リトル僕が薄目を開ける。


「きみ達の敵って、イウコティ達のことなの?」

「いいえ。彼女は、敵はないですが、味方でもありません」

「じゃあ、イガーポップのほうか」

「はい、彼らと私達は敵対しています」

「どんな奴なんだ、あいつ。人さらいなのは知ってるが」

「狩人です。彼らは人間の里に降りて人間を狩るのが仕事です」

「他にもいるのか? その、そういう仕事をするやつは」

「はい」


 そりゃあ一人ってこたぁないよなぁ。


「何百年も昔から、狩人の一族は人間をさらい続けています」

「何百年……先祖代々か。あの腐れた運動能力でよくもまぁ……」

「なんですか? すみません、聞こえませんでした」

「いや、なんでも。それで、きみ達はそれを止める為に活動している、と」

「はい。もうご存知かと思いますが、この世界に法律はありません。それで」

「え、法律無いの?」

「え……はい、無いんです。生活上の問題解決は、ほとんどのことが良心に任されています。各々の裁量です。なので、人間を狩るのも法律で止められないんです。裏を返せば、それを止めるのも自由ということですが」


「はあ、そりゃまた……」


 あ、うん、守ってくれるというのなら、ありがたいっちゃありがたいんだけどね。


「法律はありませんが、なんとなくといったレベルで決まっています。やっていいこと、悪いこと。暗黙の了解くらいの」

「へえ」

「その決まりの中では、日本、といいますか、先進国の人間に手を出してはいけないんです。それから、少数民族にも」

「へ?」


 何ソレ。


「じゃあどういう人間ならいいわけさ?」

「発展途上、もしくは後進国の人間です。先進国の場合は問題発生の確率が格段に上がりますし、種の保存の観点から、少数民族は保護されています」


 僕が言うべき事を失っていると、ポニテはまた言葉を続けた。


「イガーポップはどういう理由か、先進国ばかりを狙っています。故に、野放しにはできません。われわれが正義です」


 正義って一体。

 怖い怖い。


「ふうん……」


 灰色な気分が渦巻く。得体の知れない、嫌な感じだ。


「気持ち悪……」


 つぶやくと、体調不良を疑ったポニテが狼狽し、医者まで呼んで大騒ぎになった。

 過保護にも程があらぁな。




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