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拉致監禁

 大体一ヶ月くらい経っただろうか。なにせカレンダーが無いから日付も曖昧になっている。

 朝起きて、夕方から夜にかけて授業をし、風呂に入って寝る。空いた時間には音楽を聴いたり、マンガを読んだり、映画を観たり。イウコティの部屋には音楽CDしかなかったが、三軒隣のやつの部屋にはマンガ喫茶のように大量のマンガがあり、更に七軒隣には映画のDVDがレンタル屋かってくらいあった。どうやらジャンル毎に責任者がいるようで、小説が読みたければこいつ、映画を観たければこいつというように、部屋を訪れる仕組みらしい。イウコティの部屋にも時折奴隷がやってきて、メモされたCDを抱えて帰っていった。返却にくるのも奴隷だ。一つの島には大きさに合わせて何人か住んでいて、あまり外に出ない。たまに掃除用具を持った奴隷がうろうろしているくらいで、人種の当てはまらない人種はあまり見掛けなかった。


 授業ではいつも苦労している。淡々と疑問点を質問するくらいで、彼らはあまり意思表示をしない。表情が無いのでレクリエーションも楽しんでいるのかわからず、イウコティの期待するような変化は起きなかった。


 橋には慣れたし、食事は不味い。風呂は快適だ。イウコティの処理は、一度本番を求めた際にそれは親の仕事ではないと突っぱねられ、手でする親だっていないと言ったら、ではどうするのかと尋ねられ、自慰の説明をしたら実演させられた。それ以降、イウコティを前にした自慰を義務付けられている。


 何か勘違いをしているようだが、イウコティは僕の親代わりになろうとしているらしい。こいつらの世界では親が子をヌいているのだろうか。だとしたら恐ろしい世界だ。父子家庭とかどーすんだ。


 ともあれ。


 主人公らしからぬことに、僕はこの生活も悪くないと考え始めていた。仕事といえば日に二時間で、あとは至れり尽くせり。授業時間以外はずっとイウコティが側にいる。たまにすれ違う人種の当てはまらない人種は僕をジロジロと眺めるが、特に何かを言われることもなかった。飯は不味いが飢えることもなく、娯楽は無駄に充実。あまり頼りたくないが、雑事は奴隷がやってくれる。目に入る女の子はみんな見目麗しく、リアクションこそ薄いがセクハラし放題。あまり触れるとイウコティに怒られるけど。


 そんな生活が日常になりつつあった頃のことだ。

 唐突な変化が、僕に身に舞い降りた。




 ズドバキジャリンガシャンガシャンと窓硝子をブチ破って教室に入ってきたのは、人種の当てはまらない人種の集団だった。

 呆気に取られてボーッとしていると、そいつらは僕の両脇を固め、何やら無言で撤収していく。生徒たちは当然のように何もアクションを起こさない。抵抗もできず、僕はあっさり連れ去られた。


「あなたがウキンを摂取した人間で間違いありませんね」


 断定するような口調でそう言ったのは、僕の右を固める女だ。何故かミニの着物で、頭には花魁みたいに派手なかんざし。ちなみに左はタキシード姿の女の子だ。周りをよく見ればゴスロリやドレスの奴もいるし、パンクスみたいなのもいる。人種の当てはまらない人種は似たような服を着ていることが多いのだが、この連中は実に個性豊かな格好をしていた。


「あの、どちらさんで?」

「シラの同志と言えば、わかってもらえるかな」


 引きずられてガシガシ足が当たるので、僕は膝を曲げた。完全に宙ぶらりんになったが、両脇の二人は苦もなく走り続ける。ピョンピョンと橋を渡り、あっという間に来たことのないくらい遠くへ連れてこられていた。


 シラ……? ああ! シラね!


 もちろん覚えていた。僕はシラの仲間に加わろうと思っていたのだ。


「救出が遅れました。我々は人類解放戦線。歪んだ価値観を是正する正義の使徒です」


 うわうさんくせー!

 こいつらうさんくせー!

 テロリストみたいなこと言ってる! うわぁ、一気に帰りたくなった。正義を名乗る奴にろくなのはいない。各個人の、己のジャスティスは常に正しいが、是正するとか言っちゃってるし。


 ただし、この人もまた美人である。綺麗な髪をポニーテールにまとめ、根元にかんざしを刺していて、細身ながら出るとこの出たモデルみたいなスタイルもいいし、キリっとしたややキツめの目がいい。

 ただ、着物がミニなのは信じがたいセンスだ。良さを殺していると言わざるをえない。本来は動作を意識させる服だ。窮屈な着物姿で動こうとすれば自然と動作が小さくなり、楚々として美しく洗練される。着ているだけで美しい所作の訓練になる。女性らしさを磨くのが着物の役割だ。


 だというのに!


 なんだミニって。ああもうこんなに足を出して。ゆるやかな動作の中で時折垣間見えるふくらはぎこそが着物の魅力だというのに。

 確かに? 短いすそから見える太股はすらりとして素敵だよ? 脚の長さを誇示しているよ? 艶々と傷染み一つ無い肌は頬擦りしたくなるほどで、足袋と草履に包まれた足だって一種妖艶な雰囲気を醸し出してるよ? 走るたび着物の合わせが動いて、僕は見えそうで見えないデルタゾーンに思いを馳せているよ? ほんの時たまチラリと覗く純白のデルタゾーンにかつて無い幸せを感じているよ?


 ええと……つまり。

 …………。

 ミニも意外といいな!


 これはつまり役目が違うのだ。着物が楚々とした女性らしい美しさならば、ミニの着物は快活故の危うさと伝統美の同居する奇跡なのだ。

 どうやら僕は、伝統にこだわりすぎていたようだ。もちろん伝統は重んじるべきものだが、例えるならイチゴ大福だ。老舗和菓子屋がイチゴ大福を販売したっていいじゃないか。結局、それがいいものなら何の問題もないのだ。

 と、結論の出たところで。


 僕のジャスティスは可愛い女の子である。

 可愛いは正義。ならば、彼女もまた正義である。


「正義だねぇ」

「はい。主に人間狩りを阻止する役目を負っています」

「へえ」


 独り言のつもりだったが返事をされた。確実に誤解だが、まあいいや。


「ねえ、どこいくの」

「我々の基地へ」


 僕を抱えてピョンピョン跳ねながら向かう方向に橋は無い。島が途切れている。真正面にあるのは雲の海で、そこに落ちたらどうなるんだろうと思わなくもないっていうかえちょっ、まっ、うそだろっ!?


 高く高く舞い上がる。青春の一頁のように髪が風にたなびき、脇を固める着物の裾も捲れ上がる。僕は下着もなく一枚のシャツ状態だったので、股間にそそり立つ一刀で風を切る形となった。根元の袋が風圧でバルバルと暴れた。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 落下。落下! 落ちていく! やたらと水分量の多い空気の中へ! もしかしたら乗れるんじゃないかな甘かった! 雲の中ってべとつく上に視界が悪くて要するに気持ち悪い!


 厚い雲の層を突き抜ける! 当然下には遠くに地面的なものがあるはずでそこに着地をする……わけなかった。

 地表。すぐ目の前に地表だ。両脇の二人は苦も無く着地し、腕に軽く制動の衝撃が掛かる。


「はぁ!?」


 なんぞそれ!?


「ここが、我々人類解放戦線の拠点になります」


 下は砂浜だ。目の前には海。海鳥が飛び交い、見上げれば青い空と、着物女の澄ました顔がある。周囲を見渡せば、さっき襲撃してきた奴らは全員揃っていた。


「さあ、こちらへ。シラが待っています」


 呆然としたまま、僕は案内されるままに移動した。



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