牧場絞り
都合四十くらいの瞳が僕をジッと見詰めている。僕のよりも上等そうな揃いの白い服を着ていて、年の頃は僕からプラスマイナス五くらい。性別は男女半々くらい、人種はバラバラ。ただし、シラやイガーポップ、イウコティとは別物であるのはわかった。見覚えがあると言うのは語弊があるが、世界中にいくらでもいるような人達。
「別に難しいことは何も教えなくていいからさ、遊んであげてよ」
と言い、イウコティは帰っていった。僕は教壇の前に立ち、はたして何を言うべきか悩んでいた。
遊ぶったって、何をすればいいものか。僕の趣味に走ったら禁じられた遊びになるし、子供の頃にレクリエーションでやったようなゲームくらいなら紹介できるが、それはどうなんだろう。この面子でフルーツバスケットや船長さんの命令をやったところで、ビタイチ盛り上がる気がしない。
何も言わずに僕を見詰める瞳の前に晒されると、冷や汗がダラダラと流れていく。何か言ってくれればいいのにという勝手な考えが浮かんで消えた。
「えっと、そこのきみ。名前は?」
一番近くにいた女の子を指す。僕と同い年くらいの、中東とかそっちの人だろうか、褐色の肌で、目鼻立ちのはっきりとした子だ。シラ逹とは別種の魅力がある。パーツのひとつひとつが大きく、華のある風貌。しかし、どこか生気を感じられない。
「認識番号884911です」
女の子はそう言って僕を見詰めた。反応を待っているようだった。
「いや、番号とかじゃなくて名前は?」
「ありません。覚えにくいのでしたら、名札と背部に記載されています」
「え?」
女の子の胸の辺りには確かに名札があって、言った通りの番号があった。
「背部って……?」
女の子は服をめくり上げ、背中を見せた。当然、下腹部も露になる。いい形の尻である。適度な肉付きのうえ艶と張りがあり、丸みを帯びながらも四角に近い、安定感のある尻だ。あれはなんだろう。本来ならパンツがあるべきなのだが、そこにあったのは下着の一種だろうか、革のベルトのような素材の下着だ。端に金具がついていて、後ろからではTバックのように見える。ボンデージみたいで悪くない。
じゃなくて。
その背中、肩甲骨の間に数字が刻まれていた。なんだっけこれ。マンガとかで見たことある。タトゥーやシールなんかじゃなく、肌に直接焼き入れた……。
そう、焼き印だ。
昨日今日の物ではない。傷口というには綺麗すぎた。赤黒く沈殿した色素が、消えようもない紋様を描いている。
「こんな……犯罪者みたいな」
「管理用です。売却される時に皮膚は貼替えできますから、値下がりの心配はありません」
「そんな問題じゃないッ!」
馬鹿なんじゃねえか! 名札で十分だろう! こんな綺麗な肌に傷を……許してなるか!
「なんて……もったいない!!!!!」
「は?」
女の子は間の抜けた声を出した。
「僕は手を加えた身体が嫌いだ! 整形や偽乳はほぼ見破れるしタトゥーが入ってると激しく萎える! 耳ピアスくらいはギリギリ許容範囲だけど唇とかベロとかヘソとか下手したら性器につけてるやつは何を考えてんだ! 毒々しいタトゥーも嫌いだ! オシャレのつもりかもしれないが、それ同じアクセサリを一生着けているようなものだぞ! 萎える! あぁ萎える!」
「あの……」
「手術痕や傷痕とか、風習とかならまぁ仕方ない。場合によっては魅力的になることもあるだろう。傷痕は自然だとも言えるし、風習であれば長年培われて籠められた理由や意味がある! 対してタトゥーやピアスはなんだ!?」
「あの、これは……」
「たまにいるんだよ! インプラントとか人体改造とか! 例え裸一貫でも装飾されているっていう動物であることへの忌避は理解できる! 僕が全裸を嫌うのと同じ理由だからな! 取り返しのつかないことだからこそ良いという意見も認めよう! そこまでの信念と性癖と美的感覚を盲信するのであれば、僕と方向性こそ違えど、等しく美意識を持った同好の士であると!」
「あの、タトゥーでは……」
「だからこそ!!」
「ひっ……!」
「なんの覚悟も信念も無く、安易に彼氏の名前入れちゃったテヘペロとかみんなやってるからとかなんか可愛いからとか、ノリで身体を傷付けるやつが許せない!」
人体改造ダメ絶対。女の子は天然のままが最も美しいのです。装飾は取り外しができるものが望ましく、どうせやるならとことんだ。
あ、野郎は興味ないんで好きにしてください。
肩で息をする。呼吸が整ってくると、少し冷静になった。その場にいる全員の顔にドン引きと書いてあるのが見えた。途中からおかしなことになっていた。本人の意思で入れたものではないのはわかっている。
「アー……そのね、きみ逹のことを否定したかったわけじゃなく、管理する側に問題があるということでね」
「ええ、理解しました。焼き印はお気に召さない。そういうことですね」
「……まあ、端的に言えばね」
「ご心配なく。皮膚の貼り替えはすぐに終わります」
「ッンダカラソウイウコトジャナクッテェ!」
声が裏返る。もういいや。この件については後でイウコティに直訴するとしよう。
「ええと、名前の話だっけ。認識番号じゃなくて、ほら、きみもここに来る前は名前で呼ばれていただろう?」
「ここ、とは学校のことでしょうか。それでしたら、牧場では個体を区別する必要もありませんでした」
「牧場、で働いてたの? どことなく中東っぽい顔してるけど、どこの国?」
彼女の言葉は、僕の質問に対する答えになっていない気がした。
「働いて……?いえ、ここに来る前は」
「タイム!」
嫌な予感がして言葉を遮った。予感というか、もう確信に近い。
牧場。焼き印。認識番号。ここまでくるともう、一つしか答えは無い。
えー……マジでぇ?
キスで強くなる魔法少女とボーイミーツガールみたいな、メルヘンちっくな世界観じゃなかったの? ベロチューな時点でちょっとおかしいと思ったけどさ。僕、魔法少女に後ろから殴られてるけどさ。
雲の上の国とか、またメルヘンやん? 日本文化浸透してるけどさ。主要産業人身売買とか言ってたけどさ。さすがにジョークだと思ってたさ。
メルヘンな世界はにさ、どう考えてもあっちゃダメだろ。
「ところできみの親、なにしてる人?」
「存じません。会ったことは……」
「ああもういい! いいから!」
人間の、牧場とかさ。
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それから、僕はむしろ彼らの生徒になった。この世界についての質問。それからわかったことがいくつもある。
この世界は生き延びるやつの国と呼ばれ、無数の島で構成されていて、島同士は橋で行き来することができる。大きい島には人間の牧場があり、そこでは食糧の生産もしている。ある程度まで成長した人間のいくらかは売りに出される。取引先は国だったり、犯罪者だったり。買う側の用途に応じて教育の程度は変わり、手間隙かけた教育を受けた人間は値段が高いらしい。ちなみにここにいるやつらは実験的な教育を受けていて、そう高いものじゃないそうだ。ここの牧場で産まれ、育てられた家畜。
イウコティら他に似付かない人種は特権階級であり、彼らの命令には逆らえない。逆らう理由がないそうだ。
生活必需品はこの国で賄えるが、嗜好品や娯楽は輸入しているそうな。どうやってって人身売買で稼いだ外貨で。どこからってそんなもん、僕が元いた世界だわ。
ああああ……ヤダもう! そういう社会の暗部みたいな話聞きたくない! メルヘンワールドなのにどうして微妙なとこリアルなの? 農業でもしてのほほんと暮らしてりゃあいいのに!
「あの、先生」
先生……ああ、僕か。
「そろそろ時間なので、小屋に戻りたいと思います。よろしいですか?」
「ああ、そうだね……」
やる気無く言うと、ぞろぞろと部屋を出ていった。僕は一人取り残される。
奴隷、というジャンルがあるのは知っている。何でも命令を聞き、何をしても許される相手。理想的な存在だ。趣は多少違うが、メイドやロボットに近いものがある。動物やロリコンもそうか。性的な意味を持たなくたって、自分よりも下の立場で、思い通りになる存在に対する嗜好。してみると、結構メジャーな性癖なのかもしれない。それらを二次元に向けるのなら害は無い、のだが。
メイドは職業だし、ロボットは自我を持たないからいいとして。現実に手を出すロリコンや、ペットを虐待するやつに抱く感情。それに近いものを、僕は彼らに感じた。
端的に言えば、気持ち悪い。胸糞悪い。
イウコティらが、でもあるが。
奴隷自体にも、宗教家や独裁者に洗脳された人みたいな気持ち悪さがあった。
イガーポップは人さらい。この牧場に追加する人間を狩りに行ったのだろう。シラはイウコティらと反目しているはずで、ならば、彼女はこの現状を打破しようとしているのだろうか。だとしたら、僕の味方はあちらだ。
こんな気持ち悪いものを、正義漢ぶるつもりもないが、放置しておきたくない。だからって僕にどうこうできる力は無い。なんとかして、彼女に合流できないだろうか。
「お疲れ様」
考え事をしていたら、いつの間にかイウコティが後ろにいた。
「ああ」
「おや、元気がないね。疲れちゃった?」
「まあな」
変える力は無いなりに、僕にできることがあるはずだ。だからこそ、僕は物語の主人公に憧れたんだ。