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仮面怪盗シュヴァンツの噂は1日で瞬く間に街中に広がった。
酒場の男たちも誰が捕まえるだとか、奴は何者だとか、そんな話をしている。
ウルフはため息交じりにいつもの席に座った。
「どうした、珍しく機嫌悪いじゃねぇか」
「…大した事では無い」
昨日、件の怪盗に馬鹿にされて気分が良いはずが無い。
怪盗に関する情報は既に騎士に流したが、こちらは有益な情報を得ることは出来なかった。
さらに個人的な話だが、生活費も底をつきそうだった。
なんとしても依頼を完遂させなけれはせならないのに、昨日の男の馬鹿にした笑みが頭から離れない。
「まず名前が馬鹿にしている…“仮面怪盗シュヴァンツ”だと…?」
「観光客の話に依れば奴は神出鬼没の怪盗らしいぞ。しかし怪盗とは言うものの、それは周りの奴らが勝手に付けた名前で本人は“小さな盗賊”を名乗っている。目立つのはリーダーであろう、仮面の男だが、他にも仲間が何人もいるみたいだ。しかしその構成人数も素性も謎、だそうだ」
ムスタファが簡単に説明した。
意外に名の知れた怪盗…盗賊らしいが、やっている事は義賊のようなものだとムスタファは言う。
「悪徳商人や貴族がよく狙われるらしい。他には教会も的になる事があるが…盗んだモノは等しく民に還元する、というのが奴の掲げる正義らしい」
「民衆の正義の味方っていうわけか?しかしなら、なぜ、アンスヘルムの秘石を盗んだ?」
あの石は人々の希望であった。
また、唯一の観光資源でもある。
それが失われたと知られ、街の住民は皆悲嘆に暮れている。
「そんな事、俺が知るか。本人に聞いてみれば良いだろ」
「御免被る」
まったくもって嫌な事だ。
出来ればもう二度と会いたくは無い奴である。
「それより、昨日言っていた貴族の男はどうなった」
「ああ…そういや、騎士から連絡が届いていたぞ。その男、今朝早く教会に訪れたらしい」
「なに…、それからどこへ行った?」
「街中に消えたという話だ」
ウルフは最後の一言を聞くか聞かないかぐらいのタイミングで立ち上がった。
今からでは遅いかもしれないが、男の足取りを調べるなら早い方が良い。
「今度こそ捕まえてやる…」
それは怪盗に対する言葉であると、自分では気づいていなかった。
男の足取りは意外とすぐにつかめた。
見慣れぬ人物は目立つ、というのもあるが、話によるとその男は妄言奇行と思しき行動が多いらしい。
しかも容姿が派手で、まるでわざわざ足跡を残しているかのように簡単だった。
昼時になり、行き先は丁度、宿屋の食事処で途絶えた。
入ると、急に大声が聞こえてきた。
「ほーう、つまりこれらの食材はそれらの街からのモノが多いというワケだな。しかし遠いだろ。これだけ土地が余っているならそれを使えばいいではないか」
「はァ…しかし働く人も減ってしまいましてどうにもならんのです…実際、生産元にも断れる事が増えまして…何せ人も少なく、儲かりようもない場所ですから」
何気なく近づいて様子を見る。
大声で話ながら食事をする男の姿を見てウルフの足が一瞬固まった。
むしろ身体が凍りついた。
「…まさか…な」
男の後ろ姿は昨夜の怪盗にそっくりであったのだ。
服装こそ違うが、深い髪色の尻尾髪…忘れる事の出来ない風景。
だが、そいつはまた、預かった絵の男にも似ている。
ウルフがしばらく観察していると、突然男が狙ったかのようにこちらを振り返った。
その顔は少し老けているが、姿絵の男の雰囲気によく似ている。
鋭い目に深い髪色…間違いないだろう。
が、ここでどのように視線を反らせばいいのかわからなくなった。
貴族であろう男も何故かじ、とこっちを見て視線を放そうとしない。
「おい、君、少し付き合え」
「…は?」
「睨んでいたろ。その対価だ」
よく言われるが、これは地顔である。
だが、話を聞くには丁度良い状況でもあったので、ウルフは大人しく男の目の前に座った。




