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しばらく高級街の一角に隠れて様子を見ていた。

しかし喧騒は思ったよりも早く収まろうとしている。

様子を見ようとウルフが足を踏み出した瞬間、目の前にひらりと人影が降り立った。


「やぁ、待たせたな」

「お前は変な現れ方しかできないのか…」


男は不敵に笑いながら深い色の髪を揺らして、仮面を外した。

深緑の双眸が一同を捕える。


「兵士達は破られたよ」

「やけに早いな」

「彼らに絶対的に士気が足りない。どうせ金で雇われていた奴ら。旗色が少しでも悪くなればすぐにとんずらさ。我が身の可愛い奴らばかりだからね」


所詮虚栄心の塊だけの奴らだということだ。

しかし兵士達を逃がしてしまう事に、ウルフは少しの悔しさを感じた。


「へ、兵士達は教会の騎士さん達がみんなで追跡してくれていますゥ」

「…なんでだ」

「えーと、教会から逃げるためと、兵士を捕まえるためですゥ」


まったく要領を得ないが、ウルフは仕方ないとため息をつく。

事情などすべて終わったあとでも充分だ。


「さて、ワタシ達も屋敷へ向かおうか。そろそろ、終わりの時間だ」


暗闇に、ロマンが懐中時計の蓋を閉じる音がパチリと鳴り響いた。



屋敷に侵入した男達を止められる者は誰もいなかった。

男達屋敷内の備品を切り裂き、奪い、求める相手を探した。

そうして屋敷の奥にたどりつくと、怯え震えながら固まる貴族達の姿があった。


「お、お前達は…」


この街を統治する貴族であった。

怯え、焦る冷や汗に塗れた顔に、何故自分達はこんな者を恐れていたのかと、笑いたくなった。


「おれ達はもうこの場所は捨てる。だが、お前達だけは許す事はできん」

「まさか徒党を組んで反目するのが目的だったのか。街中の状態もお前らの仕業か!」

「関係無い。だがお前達の命運はここまでだ」


銘々、武器を手に立ち向かう。

貴族も男達は腰を引かせながら向い討とうとしていたが、決着はすでに着いていた。


「覚悟!」


男が剣を高く上げ、光を浴びて煌めいた瞬間。


ガラスをたたき割る破壊音が響き渡った。

カーテンのが風を孕み浮き上がり、賊と貴族の間に舞い落ちた。

カーテンの赤い布が舞い落ち、さらにその中なら黒いマントが現れた。

途端、黒の布がバサリと宙を舞う。


「やあ、諸君。楽しいパーティーが始まるのはこれからさ。ここからはワタシが主催の楽しいパーティーさ」


現れたのは仮面の男であった。


「なんだ貴様は」

「面白味の無いセリフを有難う。ワタシもそれなりに名乗ろう、そう我こそが盗賊ロマンだと」

「と、盗賊…こいつらの仲間か」


貴族が震える指をさしながら言った。

男は面白そうに一笑する。


「いいや、まさか。それよりも、命が助かった事に感謝して欲しいね」

「な…何が目的だ」

「さあ。彼らの行動が何を意味するのか、助かった命で考えてみるといいんでは無いか」

「…!」


貴族はそれ以上は何も言わなかった。


「貴様…邪魔をするのならば容赦はしないぞ」

「おや、こちらも味気の無いセリフをどうも。だがこれ以上、この街を汚す事が君達の望む事なのか」

「なに…」


仮面の男は仮面越しに男を見ているようだ。

しかし視線が本当は何処を向いているのかはわからない。


「ここで死体を量産するのは気分がよろしく無いので止めて欲しいな。

力を持ってタイミングさえ合えば欲の為に略取する…君等も所詮はそういう人間だと言うことかい」

「な、なんだと…貴様に何がわかる!」

「何も。生産性の無い行動大いに結構。しかし奪えば失われるモノは少し嫌いだ」


割られた窓から風が入り込み、屋敷内を駆け抜けた。


「街中の明かりを消して貴族をここに閉じ込めて、君達を誘導したのはワタシだけどね」

「何のために…!」

「もちろん君達を一網打尽に…いや、ここに集めるためさ」

「何のために…」


仮面の男は口元を歪めて笑い、人差し指を一本、天に向けて指す。

一同の視線がその指先に集まった瞬間、指がのまま真横に倒れた。

当然、釣られるように全員の視線がそちらを向いた。


と、カーテンのとれた割れた窓の向こうの暗闇…揺らめく赤い光。


「…なんだ…あれは…何の光だ」


賊の男が窓辺に近寄る。

それはどうやら教会堂の方からの光のようである。

赤く、まるで天に向かうようなその光は。


「まさか…燃えているのか!?」

「その通り。教会は燃えている。そしていずれこの街中に火の手がまわるだろう」

「なんのためにこんな事…!」

「それはワタシが盗賊だから」


歌うように言いながら仮面の男は両腕を広げた。

一同があっけに取られているウチに男は踊るように回転たかと思うと、再び窓の外へととびでた。


「君達も命が惜しいならばさっさとここから立ち去る事をお勧めするよ。

灰になりたく無ければね」


闇の中から聞こえた声。

すると道を造るようにぽつぽつと赤い灯がともりだす。

初めは街灯に灯がついたのかと思ったが、よく観れば街灯そのものが燃えている。

風が強くなれば火が燃えうつるかもしれぬ。


「逃げるぞ!」


今は何よりそれを選択するしかなかった。



街を見下ろす小高い丘の上から眺めれば、火だねがぽつぽつと灯りだすのがよく見えた。


この街を火の海に。


それがロマンが行おうとしている事であった。

ウルフは何も言わなかった。

そうすることで人々は強制的にこの街から追い出される事になる。

少なくとも、少しでも外に目をむけられれば良いと思った。


その結果人が絶望しようとも。


いずれ希望のある場所ならば。

ウルフのの腕をつかみながらフィーネがその様子を眺めていた。


「さあて、そろそろ火を煽ってもいいころ合いかな」


何時の間にか、ロマンが戻ってきて仮面を外して街を眺めた。

風は強まる様子も無く、夜はしじまに充ちている。


「どうするつもりだ。風は本当に吹くのか」

「まあ、この時期、風がそんなに強くなるという記録は無いな」

「おい…」

「こういう時こそ神頼みというものだ」


言いながら、ぼーっと街を見つめたいたディータの腕を引っ張った。


「ほら、さっさと神に頼め」

「え?えぇ?」


ディータの背中を足で押して理不尽な要求を始めるロマン。


「…なんでコイツなんだ」


聖職者だからって神に頼めばなんとかなるというのか。

ディータはおたおたとしながらロマンの顔を不安げに見つめた。


「やらない、はともかく、出来ないは認めない」

「で、でも僕ゥ…」

「出来なくはないよな?」


ロマンのやたらめったら高圧的な態度でディータに言うと、ディータが弱弱しく頷いた。


「出来ますゥ…やりますゥ…」

「やるって…祈るのか」

「似たようなものだな。ヤツは風を操る神聖だから」


ロマンが言った事を理解するのに数瞬。

神聖は異能を操る希少な存在で、確かこの街にはいないと…。


「神聖…?この街には神聖はいないと言わなかったか?」

「はい、僕以外はいませんよ」


当然、とでも言いたげなディータにウルフはイラッとして思わず軽く小突いた。

しかし神聖が嫌いだという司祭らが、ディータを疎ましく思っていた本当の理由を少し理解したような気がした。


「なんでお前は知ってるんだ」

「コイツが風を操るのを実際見た。ワタシが縛りあげたのに一人で脱出していたしな」


思えば先ほど現れた時に光っているように見えたのも異能による力か。


「神聖といえど、普通の人間と変わりないからな。気づかなくとも無理は無い。こんな盆暗なら尚更だ」

「ひ、ひどいですゥ…」

「君が盆暗では無いというのなら、証明してみせろ」

「…わかりました、僕だって神聖なんです。僕だって力があるんです…だから、やります…!」


言いながらディータは胸の前で手を組んで祈るような体制になる。

そうして目をきつく閉じると、ディータの足元の方からふわと風が吹く。

ディータの髪がふわりと浮きあがる。


「我らが偉大なる父よ…」


ディータが口の中で呟くと、突然草木がざわざわと騒ぎ始める。

と、突然軽く押される

ような感覚と、鋭い風切り音が耳を掠めた。

木々の太い幹すらも震えるような衝撃に、梢が喚くようだ。


「これが…神聖の力」


初めて見た。

確かに風は吹いたのだ。

人間が苦心してもどうにもならない事を彼らは祈りだけでどうにかしてしまう。

神の力だと畏れられ、敬われるのも理解せざるを得ない。

このような力をもし、司祭の誰かが持っていたら、どうであろう。

この街はもっと簡単に壊されていたかもしれない。

だがディータが自分達を裏切ることは無いだろうと。

信頼があれば恐れを抱く必要は無い。

神聖であろうと、ディータはどこからどう見ても一人の人間だ。

それはきっと覆る事の出来ない確信なのだろうと、ウルフは少し笑った。


そうして街中が炎という、乱暴な輝きに満ちてきた。


「そういえば…貴族達やあいつらはどうした?」


ほとんど逃げられないようにしておいて、まさか放置してきたわけではあるまい。


「あの貴族の家には隠し通路がある。そこに誘導されるよう、仲間をひとり残しておいた。

その通路は昔、神聖が作ったものだから、消えぬ灯りが灯っているし、火の影響も少ない」


神聖の造った貴族の通路で逃げる民衆達…何か皮肉なものだとウルフは思った。


「そのあとの事は知らんがな。貴族達が殺されてもな」

「みんなおんなじ人間なのに、怖いですねェ~…」


役目を終えたディータがため息をつくようにそう言った。

そのセリフに反応してか、ロマンが低く気味の悪い笑い声をあげた。


「この世に同じ人間などいないぞ」

「…そりゃ、いないだろうが」


ロマンがまた、悪人のような笑いを浮かべた。


「同じだから迎合するか、違うから拒否するか。

…しかしある意味では、人は皆同じと言えるな。

人間であろうが神聖であろうが…植物であろうが、この世のモノは皆、同じく生まれ、同じく死すべき運命だ。例外がいれば、それは神ぐらいなものだと思う。断言してもいいが、君も必ず死ぬ」


言いながらビシリ、とディータを指差す。

ディータはびくり、と肩を震わせて縮こまった。


「そ、そりゃいつかは死ぬと思いますけどぉ…それってどういう意味ですかぁ」

「意味など、必要か?そもそも意味とはどういう意味があるのだ」

「わかりません~」


ディータがしょんぼり、と肩を落とす。

その様子を見てロマンが大笑いした。

こいつはただ単にディータをいじめたいだけなのでは無いかと、ウルフは少し疑った。


「そういえば…あの、酒場の…ムスタファさんはどうしたのですか?」


セリムがふ、と聞いた。

それを聞いてウルフは突然思い出し、身体を強張らせた。


「そうだ…あの親父…皆と一緒に逃げなかったのか…」

「…おい、行くぞ。ウルフ」


ロマンが鋭い目つきで燃える街を見据えてそう言う。

ウルフはゆっくり頷いた。

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