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依頼に書かれていた場所はこの街の入り口、大門のすぐそばだった。

大門は昔この街を造ったといわれる貴族を讃えて造られた歴史的なものらしいが、今や構うものも無く、綻びが目立っている。

この門が崩れてしまえば、街も終わりだろうなとウルフは思う。


「貴方が自警団の人か?」


高い声がして、ゆるりと振り返る。


「…お前」


目の前にいるを見てウルフはある意味で驚いたが、表情には出さずによく観察する。

目の前に人間は二人。

くせ毛でくるくるした髪の少年と、まっ白いエプロンドレスの女の子。

この街、この場所にはとても不釣り合いな格好の二人である。

何せ少年の方は美しい布地のスカーフを優雅に首元に纏い、裾の長い碧色の上着の下からきっちりと結ばれた汚れの少ない編み上げのブーツと白いシャツがのぞいている。

成人しているようには見えないが、それほど子供とは言えない少年の面立ち。

女の子の方は歳は10歳前後、細かい柄の深紅のリボンを頭に飾り、同じ色、柄のスカートドレスにまっ白なエプロンをつけている。

こんなに立派な身形の子供はこのへんにはいない。

貴族の子供ならば高級街にいるだろうし、ましてや自警団に依頼などしてこない。

深い髪色の女の子がにこりと微笑んだ。


「あたし、フィーネ。あなたはなんて名前?」


しゃべり方は民衆のそれと変わらなかったが、なんとも優雅な所作でお辞儀をする少女。

あべこべな様子にウルフは少し混乱した。


「…おれはウルフだ。言うとおり、自警団の者だ」

「僕はセリム」


にこり、と笑いながら手を出す少年。

いったい何の意味があるのか一瞬理解できずに、ただ眉間に皺を寄せているとセリムという少年が強引にウルフの右手をとって豪快に振った。


「よろしく!」

「…」


握手だったのか。

先ほどからわからない事が多すぎてややペースを乱されている。

ウルフは握られた手を一旦見つめて、冷静になるための溜息をついた。


「お前たち、何者だ?」

「おやー、素性を明かさないとダメですかね~」


へらり、と笑いながら茶化すように言う、セリム。

ごまかす為の態度であろうが、ウルフの前では意味が無い事だ。


「依頼するもしないもお前の勝手だが、受けるかそうで無いかはおれの勝手だ」

「ナルホド~。ドライな感じですね。つまりアナタは明かさないと納得できない、と」


向こうも冷静に分析するような答えを返してくる。

それでもまだ、ごまかそうとしている様子が窺えて、ウルフは少し瞳に力をこめた。


「言うつもりが無いなら、おれは依頼を引き受けない」

「言ってもいいですけど、それを証明する事は難しいです」


つまり、自分が嘘を言うかもしれないぞ、という事か。

そんなに明かしたくない素性なのか、ずいぶんと食い下がる。

ウルフはこの依頼をどうするべきか少し考えた。

この依頼は報酬が良いが、具体的に何をさせられるかわかったものではない。

受ける義理も無ければ、大義名分も、正義も、ウルフには何も無い。

そのまま帰ろうかと思った瞬間だった。


「あたしはアルミーンから来たグライリッヒ子爵家の娘で、セリムはうちの使用人よ」


フィーネと名乗った少女が初対面の人に普通にあいさつするように言った。

アルミーンは王国の首都で、そこに住む貴族という事は親は貴族院のメンバーだという事か。

本当なのか嘘なのか、しかしこの少女に嘘をついている様子は無い。

セリムをちらり、と見ると苦笑いしながら少女の頭をかるく撫でた。


「信じないか信じるかはあなたにお任せします」

「…アルミーンの貴族の娘とその使用人が、こんな街の自警団に何の用だ」


判断は保留してとりあえず話を聞く気にはなった。

依頼の内容は依頼書にも書かれていたが、具体的な事はわからない。

少女が進み出て毅然とした態度で言った。


「あたしの父さまを探してほしいの」

「…父親を探して欲しい?」


依頼だけ聞けば迷子の子供が言うのとななんら変わりがない。

が、他の街の貴族の娘が、しっかりした供を付けながら言うセリフでは無いと思う。

まして大した力は無い他所の街の自警団に頼る話でも無い。

もしこの街で探すにしても順当に考えて頼るなら貴族か教会だろう。


「事情を話せ」

「事情っぽい事情はあんまり無いんですけどねえ。ただ単に、この街にいるであろう、旦那さまを探して欲しいと、それだけなのですが…納得いきませんか」

「いくと思うか?」

「ですよねぇ~」


なぜか朗らかに笑いながら言うセリム。

こいつの妙に人を食ったような態度が少しイラッとさせる。

が、年下であろう少年にそんな事で怒りをむき出すのも馬鹿馬鹿しい。


「まぁ旦那様は貴族でしかも直接政治に関与する貴族院のメンバーですからね。

そのために他の街の貴族に頼ると癒着とか賄賂とかっていろいろと面倒な事になっちゃかもーなんです。教会に関しても大体同じ理由ですね。確執とか因縁とか考えたら自警団の方に頼るのが無難かな、と」

「…その前になぜ、貴族がこの街で失踪するのだ」

「旦那さまはどうしようも無いくらい、落ち着きの無い方なのです」


なんだ、その理由は。

やる気がグンと下がる音がしてウルフは少し頭が痛くなった。

そもそも落ち着きの無い貴族様がこの街に何の用なんだ。


「お前の主人は放浪癖でもあるのか…」

「それに近くはありますね…。ただこの街に来た目的は視察なんですよ」

「視察…?今更この街に来てどうする」


既に崩壊しかけているこの街に、今更国から視察が来たところでどうにかなるとは思えない。

今まで放ったらかしだったのになぜ今になって。


「どうするかは王様が考える事です。僕ら王様の手となり足となり、頑張るだけです」

「…まぁ、どうでも良い事か。だが、いなくなったなら待っていれば戻ってくるだろ」

「僕もそう言ったのですけどね」


セリムは困ったように笑いながら、頬をかいた。


「父さま、あたしに内緒でいつもいつも何かしてるに違いないんだわ!」


怒ったように頬を膨らませながら女の子がなぜかウルフに食ってかかってきた。


「…ガキのお使いしろっていうのか?」

「否定は出来ませんねぇ。でも、考えてもみてくださいよ。子供の小さなお願いごとでお金が頂けるんですよ。ラッキー!」

「…確かに、な。…仕方ねえ。暇だから引き受けてやるよ」


どうせやる事もないのだから、暇つぶしには丁度良い。

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