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もはや何も、出来ない。

街やその夢に囚われた人々を解放するには時間が無さ過ぎる。

このままただ、崩壊し、最終的に悲観に暮れる人々を見なければならないのか。

それとも、預言が成就するのが早いか。

結局、預言が人々の思い通りに叶えば良い、と思っている自分に少し嫌悪した。


「…なんででしょう」

「なにがだ」


家路に向かうウルフの後を未だに付けていたディータ。

涙はおさまったようだが、呟く声は酷く切なげだ。


「僕にはなんとなく…わかるんですよ。この街に残りたいって理由。

僕は実はこの街の出身じゃないんですけどォ…ここには、大好きな人達が作ってきた歴史があるんですよ。故郷ってそういうのですよねェ。ウルフさんは、そういうの無いんですか」

「…知るか」


ウルフは街の人々よりも故郷意識が酷く薄かった。

ここに居場所が無い事に気づいていたせいかもしれない。

家族は皆いなくなり、一人きりになってからはどこにもつながりを感じる事は出来なかった。


「それにアンスヘルムの預言もありますし…」

「そんなものに幾らの価値がある」

「街の人たちにはあるじゃないですかァ…再生っていう希望が」

「あいつらは街を保ち続ける事が希望になると思っているみたいだが、頑張り処を間違えている。

大体、預言が当たる事前提だろ」


何か少し腹立たしかったので、きつい口ぶりになった。

ディータが怯えた子犬のように小さくなる。


「そうですゥ…僕もなんとなく、ちょっと、それって怖いなァーって思ってるんです」

「…お前は預言を信じてんのか」


ディータは数度瞬きをして考えるように瞳を伏せた。


「…信じています。でも…」


歯切れは悪いが、いつものように間延びしない。


「…なぜ、この街には神聖がいないのでしょう」

「神聖…?教会の異能者共か?昔は居たらしいが…おれが子供の頃にはもういなかった」

「…神聖って大体どの街にも何人かいるのが普通なんですけど…この街には…」


司祭達は人間だと言っていたし、確かに人間だけしかいない、というのは少し不思議な気がする。


「…もしかして」

「なんだ、何かあるのか」

「…いえ、ただの妄想ですから…」


考えごとをするように視線を地面からはずさずディータは言った。


結局考えごとをしていたために家までついて来るのを許してしまい、項垂れている者を放置してくのも気が悪いと思い、ディータを家に入れた。


「そういえば、ウルフさんは独り暮らしなんですかァ」

「ああ。10の時に父は失踪したし、母は15の時に病死した」


言葉を失ったように目を見開いて押し黙るディータ。


「…今の時代珍しか無いぞ。知ってるだろ、最近月が愈々姿を消したために神聖の力がまた一層衰えたのを」


異能者に力を与えていた月が封印され、三千年。

段々と神聖の力は月と共に薄れて行き、今は夜がほとんど完全に月を蝕んでいる。

そのため昔はもっとたくさんいた神聖も今や希少な存在となっている。

そして月と共にその恩恵も失われていったのだ。


「神聖の力っていうものは、今ですら大きな影響力を持っている。

昔はもっと力が大きかったと言うのだから…今まで神聖に頼ってた分、人々は苦しんでいる。父は忘れたが、母は医者だった。過労で死んだ」

「……そう、だったんですか…」


ディータは俯いて項垂れているようだった。

何を考えているかはわからなかったが、憐れみは要らないし、落ち込ませるつもりで言ったわけでは無い。


「お前こそ、どうなんだ。家族は?故郷は?」

「あー、えーと、です、ねェ…。僕はァ…」


言いづらそうにどもりながら視線をぐるぐる回す。

その様子を見て、ウルフはため息をついた。


「別に興味は無いがな」

「じゃァなんで聞いたんですかァー」


ディータの嘆き等々は無視してウルフは暗い夜空を見上げる。

星が行方を示すのは、果たして破壊か救済か。


いずれにしてもウルフは、この街を棄てる事を決めた。


無責任だと言われようが、裏切り者だと謗られようが、すでにここはウルフにとって、間借りするには狭すぎる場所。

いずれ広くなると、信じながら窮屈さにも目を背ける人々を見ていると嫌悪感が募った。

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