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「嘘だ。それは偽物」

「…なんなんだ、いったい」

「いま、それをワタシが渡したから君は少し疑ったろうが、もしあの盆暗がこれが秘石ですゥとか言いながら渡してきたらどう思う」

「…信じたかもしれん」


教会の者がそういうのだから、とウルフは単純に考えた。


「それが言葉の魔力というヤツだ。ついでに言うとそれが教会のやっていた事でもあるな」

「どういう意味だ…?」

「それはワタシが盗んだ石だが、ホンモノのアンスヘルムの秘石では無いと、そう言っている」

「…わかるように話せ」


ホンモノのアンスヘルムの秘石では無いという事はホンモノは一体どこにあるというのか。


「アンスヘルムの秘石は実はもう失われているモノだ。しかし教会はただの石に“ホンモノのアンスヘルムの秘石”と“預言”を付加させ、ホンモノであるかのように扱った」

「…今まで教会にあったのは偽物だと言う事か…?」

「そう言ったつもりだが?」


まさか、そんな事疑いもしなかった。

ウルフにとってはホンモノであろうが偽物であろがどちらでも良い事なのだが、信じていた人々はどうなる。


「この石自体には何もしていない。ただ言葉で価値を高めただけだ」

「だとしたら…預言は…」

「石と預言は何の関係も無い。預言は“本当”だ。しかし人々は当たると思い込んでいる」

「アンスヘルムは希代の預言者だ。信じるだろ、普通」

「信じていない君が言うかな」


ウルフは信じていないのではなく、どうでもいいだけだ。

しかし今はそんな言い分より気になる事がある。


「預言が外れるとでも言うのか」

「外れる預言もある。知っているか、預言とは神との約束ごとなのだよ」

「なんだ、それは」

「預言は神が人間に近づく為の約束事だという伝説だ。また人間が神の真意に近づく為のものだとも言う。わかりやすく言えば、預言の通りに事が進めば進むほど、人は神の意に添い、外れれば外れるほど、人は神の手から外れると、そういう事だ」


信心の薄いウルフにとってはとてもちんぷんかんぷんな話でついて行ききれない。

その表情から察してか、ロマンがどうでも良さそうに手を振った。


「別に忘れても構わん。預言が外れる理由は他にもあるぞ。たとえば預言者が嘘をつく」

「なに…アンスヘルムが嘘をついたって事か」

「かもしれん、としか言っていない。ヤツがどのような人格を持っていたかなんてワタシの知り及ぶところでは無い。人間は嘘をつく生き物だぞ。まったく否定できるか」


そう言われればそうだ、としか言う事がウルフには出来ない。

ロマンは少し唇の端をあげた。


「歴史だって同じ事だぞ。ヒトの言葉を介して書かれる以上、真偽など怪しいモノだ」

「疑心暗鬼になりそうな事を言うな…」

「おお、それぐらいで疑心暗鬼になるとは。君は既にもうひとつの魔術に堕ちている」


ウルフは思わず顰め面をしてしまった。

ロマンが可笑しそうに笑い声をあげた。


「ワタシの話など、何の根拠もない事だぞ。しかしこうして論理的にまるで裏付けがあるかのように話すだけで人は言葉を信じる。司祭どもが偉大な預言者だから信じろ、というより説得力があるかもしれんが、実際のところ何の違いもないぞ」

「…頭が痛くなる」

「そう思うとどのような聖人の言葉も戯言のように聞こえないか。まあ言葉とは往々にして戯事だと思うがな。ひとつ、言っておくと、自分がそうだから、という理由は何の基準にもならんぞ。ただ、言葉という魔法を駆使する場合には使える道具だ」


ウルフは今の一連の会話をどう整理すれば良いのか迷い、とりあえず彼が言いたい事であろう、言葉の力は理解できた。


「そう思うとここまで預言に執着する住民達は何だろうな…」

「何であろうな。しかし君は違う…君は言葉では無く、声を…音を聞く」


ロマンが妖しい笑みを浮かべる。


「それが獣のようだと言うのだよ」


少し馬鹿にされたような気がしてウルフはロマンを睨んだ。


「おまえは、神を信じ崇拝しているようだが…」

「崇拝、という言葉であっているか?どちらかと言えば、ワタシはそれが好きなだけさ」


好き嫌いが理由になるのだろうか。

どちらにせよ、興味がわかないウルフにはわからないことだった。

自分は基準にならない、とロマンは言ったが、わからないものはわからない。


「それで?君はワタシの娘を守ると決めたのだろう」

「…一度救った命だ。最期まで護らねぇと気が済まん」

「良い番犬ぶりだ。しかし首輪はつけておいてもらわないと困るな。セリムに持たせるとしよう」


何やら失礼な事を言われた挙句に勝手な事まで決められそうだ。


「おれを狂犬扱いするな」

「それは君の欠点でもある。だが完璧な人間など、そういないのだから恥じる事は無いぞ。人間とは欠点を補い合い、共生するイキモノだとワタシは思う。君が人間でありたいと思うのならばだれかに首輪をつけてもらいなさい」


ウルフは別にだれかに首輪をつけられる事が嫌なわけではなかった。


人間とはそういうイキモノだ。


ロマンの、その魔術がウルフの精神を支配していった。


「ま、君はこの街から出るという事だな」

「この街に何の未練も無いからな」

「そういうモノはいっそ失くなってしまった方が良いと思わないか?」


言いながら不敵に笑う。


「乱暴な考えただな」

「そうか?人が作ったモノっていうのはいずれ役目を必ず終える時が来るモノだ。後世に残るのは形で無い。この秘石とてそうだろう?」


深緑の石は今や何の価値も感じない程だ。


「モノに対する執着は時に人を苦しめるだろう」


ロマンが瞳を伏せながら言う。

彼は彼なりに何かを考えて、やっているのだろうか。

しかし次の瞬間、瞳を煌めかせてウルフに向けた。


「ようこそ、盗賊ロマンへ」



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