12
次の日の朝、酒場に向かうと、フィーネお嬢様から呼び出しがかかったと聞いて、約束の場所へとウルフは向かった。
今回の合流場所は、高級街と市民街とを隔てる巨大な格子門の前。
何者も寄せ付けぬ圧倒的な存在感に細かい意匠、他を見下し、高く聳えるようにそれは在った。
それはこの街の貴族を象徴する物で、住民から掠め取ったモノで造られた。
何せこの街の貴族は嫌われていたために、このように大きな檻の中の小さな楽園とシュロスの中でしか暮らしていけなかった。
「ここの貴族は、どうしてわざわざこんな狭い処で暮らしているのかしら」
合流したフィーネに説明をすると、少女は不思議そうに呟いた。
ウルフにとってもそこに在るのは監獄への入り口と通路にしか見えない。
「首都は広いのか」
「ここよりは広いわ。それにこんな大きなトビラで仕切られてたりはしないわ」
トビラといっても中から出てくる者は少ない。
ここの住民は誰しも心に重大な錠をかけ、その鍵すら金庫にでも仕舞っているようだ。
「それはともかく、呼び出して何の用だ」
「父さま、見つかった?」
無邪気な笑顔でにこり、とほほ笑む少女。
見つかったといえば見つかったのだが、はたして彼が怪盗である事実を話てもいいものか。
あの怪盗は別に良いと言っていたし、ウルフに任せると言っている。
が、話すべき事は話すべきタイミングが在るなどとも言っていた。
ウルフは逡巡したが数瞬の後に思考をやめた。
「焦らなくとも、その時が来れば話す」
別にウルフがあの男の為に悩む必要など無い。
が、話がややこしくなって報酬を貰い損じるのだけは避けたかった。
フィーネはロマンとソックリの表情で唇を突き出し不満そうな顔をした。
「父さまと同じようなこと、言わないで!」
「…同じような事か」
何か表しがたいショックを受けた。
「ところで使用人の方はどうしたんだ」
幼い少女はひとりきりで門の前で待っていた。
この街はそんな女の子が一人きりで居るには危険すぎる。
あの従者がそれを分かっていないとは思えなかった。
「セリムは父さまの代わりにお仕事。この街の貴族とお話に行ったわ」
「…おまえの父親は何やってんだろうな」
仕事の比重が盗賊に寄り過ぎてはしないだろうか。
いや、盗賊の仕事は一昨日中に終わっているはずである。
いったい何をやっているのだろうか。
「お待たせしました」
思考に耽りそうになったウルフを現実に引き戻したのはセリムの声だった。
「やれやれ…少し困った事になりました」
セリムはやや困り顔でクセ毛を手に絡ませて言った。
「どうしたの?」
フィーネがセリムの服の裾を引っ張って聞く。
少女の頭に撫でるように手を置いた。
「実はですねぇー、この街からの税が最近減ったので、その実態調査に今回訪れたわけなんですけれども、貴族に話を聞きに行ったところ、人が減ったから税も減ったと、こう言うのですね。
この街の住民の名簿や教会の名簿を見る限りそれは間違いないと思うんです。
しかし、貴族方のお屋敷や調度品はえらく立派ですし、こんな実りの無い…失礼、生産力の低い街に貴族が大勢住み続けているのも可笑しな話です」
話振りからして、お嬢様にというよりかはウルフに話しているらしい。
ウルフは貴族が民衆から搾取を繰り返している事は知っていたし、それを承知でやっている事だ。
ウルフが視線で先を促すとセリムが笑ってうなづいた。
「僕は勅使の名代としての責務を全うするために、横領の疑いがある事を通告しました。
するとですね、何やかや言訳してきたワケなのですが、屋敷の備品の値段や諸経費の詳細な算出を行うと言うと、税の着服や圧政を認めたんです。
すると今度は賄賂を渡すから黙ってろと、こうきたワケですね。
しかも僕が子供だからってナメてるのか…大した額でしたよ」
一連の出来事を些細なミスを笑い話として話すかのように言うセリム。
フィーネはぽかん、と口を開けて首をかしげた。
「それで?」
「断ったらですね、殺されそうになりました」
何なら語尾に星でも付きそうなほどお茶目な言いぶりにウルフは柄にも無く、ノリ良くツッコミかけた。
なんとか自制を保って頭を左右に振る。
「それで、どうしたの?」
フィーネが眉を顰めて問うた。
「命からがら逃げてきました!」
「それは良かった…わけないだろ!」
ウルフは終に耐えきれずノリツッコミした挙句、容赦も忘れて手のひらでセリムの頭をはたいた。
セリムは痛そうに頭を抱えながら地に伏した。
「…お前も悪いぞ」
「…そういう時は“自分も悪かった”って言ってよ」
とりあえずセリムの腕を引いて助け起こす。
「事情はわかっていただけたと思いますので全力で逃げますよ!」
セリムがそう言うと、門が突然、ギリリと重く軋む音で鳴きながら、わずか大地を揺らしてその重い身体を持ち上げた。
見ると遠くから人の集まりが煌めく刃を翻しながら駆けてくる。
「追手か」
人数は多くは無いが、それで危険が回避されるわけではない。
ウルフはフィーネの手を咄嗟にとって逃げようとした。
しかし、細くか弱い少女の腕を握って引いた瞬間、ウルフは突然恐ろしくなった。
それはまるで、決して失ってはならぬ小さな、小さくて果敢ない、今にも折れてしまいそうな蝋燭の灯を風から守るようで。
自分の息ですら、かき消えてしまう明かり。
その重責と圧迫感は恐怖に代わり、ウルフの全身を蝕み、耐えきれなくなってその手を離した。
「お嬢様!」
セリムの声が頭に突き刺さる。
少女はバランスを失って足を絡ませて、崩れ落ちる。
猛獣の口は大きく開き、その牙たる兵士の剣が少女の頭の上で、残酷な太陽の輝きにより、絵のような螺旋を描いた。




