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しばらくすると、男は再び起き上がり、今度は幾分か落ち着いたようだった。

男はベッドの上で小さくなりながら正座し、頭をさする。


「僕は教会で読師をやっているディータと申すものですゥ…」

「おれは自警団のウルフだ。助けてほしい、とはどういう事だ?」

「そうなんです!ぐすっ…僕、僕…怪盗にされちゃったんですゥ~!」


言ってから男はまた泣き始めた。

意味がまったくわからない。


「泣くのはやめろ。話が進まないだろ」

「ぐずっ…うゥ…はいィ…ごめんなさいィ…」

「詳しく話せ。怪盗にされる、とはどういう事だ?」

「僕、怪盗が出た時に教会に居たんですけど…」


めそめそしつつも、ディータは思ったよりハッキリした口調で、わかりやすく話し始めた。



怪盗が去った後、ディータは途方に暮れて地面に伏していた。

アンスヘルムの秘石は目の前で盗まれた。

その事実と、何も出来なかった自分、それに暗い未来までもが頭をよぎってとても立ち上がれる状況では無い。


「ディータ様!」


頭の上から騎士の声が聞こえた。

そして助け起こされて、ディータはのたのたと頭をあげる。


「ディータ様、秘石は…」

「あぁ…ごめんなさい、ごめんなさいィ…ひ、秘石は…取られちゃいましたァ…」

「そ、そんな…!」


ディータは何故か頭がくらくらした。

とても疲れて、身体が言う事をまったく聞かない。

心の中に黒いものが蹲り、それが身体を支配しているようだ。

騎士が自分の名をしきりに呼んでいるのが少し聞こえたが、それからはまったくの暗闇だった。


目が覚めると喉がヒリついた。

だから水を飲みに行こうと、立ち上がろうとしたが身体が思うように動かなかった。

何故か手がうまく動かない。


「ディータ様…」


目の前には深刻そうな顔の騎士がディータを見下ろしていた。

まるで何か可哀そうなモノを見るような、憐憫の視線。

ディータは怪盗に捕まっていた時のような痛みを腕のあたりに感じた。


「あ、あれ…僕、僕もしかして縛られちゃってますかァ…」

「はい、司祭様達のご命令で」


騎士は呆れたようにため息をつきながら冷たくそう言った。

今の状況はいったい何なのか、考えるだけで酷く恐ろしい。

どうして、自分が縛られなくてはならないのか。

考えられるの秘石を奪われた事に対しての断罪。


「ぼ、僕は…僕、は…どう、どうなっちゃうんですか…」


必死で取り繕うとしても、震える声を抑えることは出来なかった。

騎士はしゃがみこみ、ディータと視線を合わせようとしたが、目を合わせる事が出来ない。


「ディータ様。今から司祭様方から話があるそうです」


気がつけばここは物置部屋のようだ。

騎士が古い木戸をあけると、光を背にした黒い人物達が続々入ってきた。

近くに来ると顔がわかる。

それはこの教会の司祭達であった。


「ディータ。お前は騎士らが応戦している間、ひとりでのうのうとしていたようだな…」

「し、司祭様…僕は…」

「ディータ。責任をとる為に、お前は怪盗シュヴァンツとしてフォルトゥナートの教会本部で裁きを受けろ」


司祭はにい、と笑ってそう、言った。

いったい何を言っているのか。

ディータは理解できず、ただ渦になってずるずると飲み込まれていく精神を引くのに必死だった。


「は、…」

「お前は怪盗シュバンツの仲間だった」

「違います!」

「真実などどうでもいいのだ。だが、しかし、教会がタダで秘宝を盗まれたなどあってはならんだろう?」


司祭はディータの前髪を根元から乱暴に掴んで無理やり視線を上に向かせた。

その痛みが心を刺して血を流すようだ。


「お前のようなモノなどその程度にしか役に立たんのだ。少しは教会の為になると喜べ」

「…うう」


ディータは何も言えなかった。

ただ、心の中で何かが割れたような音がして、中の氷が溢れるように溶けていく。

それは瞳から流れでて、頬を伝って現実にぽつり、ぽつりと落ちた。

司祭は低く笑うと、立ち上がりディータに背を向けた。


「実に下らん存在だ」


司祭はわずかに笑いながらそう言った。


「人間以下のつまらん奴め」


どうしてそんなに酷い事を言うのだろう。

どうして自分にそんな酷い仕打ちを。


司祭が出て行った部屋に残されたディータは顔をあげる事も出来なかった。

目の前には滲んで、歪んだ世界だけが見える。


「…ああ、がっかりです」


騎士が冷たい言葉で何かをつぶやいた。


「私が思い描いていた神聖教とかこんなものだったとはな」


その異能により、人々を救う、と約束した神聖教。

神聖のいない、本当のところは信者もいない、カラッポの教会。


偽りの宝石だけの世界。


ガラスのように脆く、人の心のように容易く、


「壊す事が出来る世界…」


こんな事で、自分の世界を壊されていいのか。

こんな事が、自分の望んだ世界だったのか。


「…ディータ様?」


気がつくとディータは立ち上がっていた。

いつの間にか視線が高くなっていて、世界の歪みが消えている。


「どうやって縄を…」

「ぼ、僕…」


手は自由になっている。

ディータは身体が自由になった事で、急に動きたくなった。


否、

逃げたくなった。


そう思うと、恐怖感で胸はいっぱいになり、留まってはいられなくなった。


「う、うわぁぁああああ!!」


逃げなくてはならない。

逃げなくては。


逃げて壊さなくてはならない。


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