閑話・忌み子
この閑話は忌み子の脅威を語るだけの話です。
一人称視点で書いているので文体が本編と大きく異なります。
本編の空気を壊されたくないと感じた方は読まないと言う形で対処してください。
俺達はついてない。
どうしてかといえば今年の魔獣討伐部隊の割り振りで箱組に当たったからだ。
剛力牛が牽く鉄の箱の中に入っているのが領主様のご息女なのは知っている。
その美貌が人間離れしている事も。
だがそれでもついていない。
俺達の仕事はお嬢様の入った箱を森の入り口まで運ぶ事と、お嬢様の食事などの面倒を見る事だ。
ただそれだけなのに俺達の精神はかんなを掛けられたかのように削れて行く。
何故か、なんてことは明白だ。
恐ろしいからだ。
この箱を襲う者はない。
初めてこの箱が道を通った時はご大層に守られたお宝にでも見えたのだろう、強盗団が群がった事があった。
だがそれもその年で終わった。
通りすがりの、絶望に染まった旅人達も居る前で盗賊団は一人残らず食い殺された。
忌み子という悪戯な子供を脅しつける為に使われるような、物語のような存在によって。
強盗達が居た場所には僅かに影から外れた腕が散乱し、ちょっとした血溜まりができるのみだった。
五十人以上は居た人間が、それだけしか残さなかった。
その後もその年箱を運んだ人間は森に入ることなくその年の討伐期を終えた。
箱の中の少女の「食った」という一言を疑う者、正確には疑える者は存在しなかった。
そんな怪物を運んでいる。
その事実が箱の周りを固める俺達の精神を削る。
コレでもし箱の中のご息女が人間味に溢れていれば俺達は何も疑わず、力強い味方を運んでいるという気持ちになれただろう。
だがご息女はあまりにも平坦で、無表情で、人間味というものが欠けていた。
この場合美貌は助けにならず、人ならざる者という印象を強めるだけだった。
この状態が一ヶ月続く。
逃げ出したいのは誰もが一緒だった。
そして、そんな風に一月を過ごすと思っていた中、その半ばでそれは起こった。
北の山脈の麓から広がる大森林の上を何かが飛んでいた。
俺達はお互いにソレが見えるか声を掛け合った。
ソレは全員に視認できた。
ソレは、力強く羽ばたきぐんぐんと森を越えてこようとする。
誰かが叫んだ、ドラゴンだ!と。
視界の端で誰かが駆け出すのが見えた。
俺だって駆け出したかった、そうしなかったのは恐怖で身体が固まっていたと言うだけの事だ。
だが、だからこそそれを見た。
地上から一筋の闇が立ち昇ったかと思うと、空中を飛ぶドラゴンを捉え、黒で包んだ。
次の瞬間には何も残らなかった。
何かが空を飛んでいたのは夢だったとでも言うかのように、何も残らなかった。
恐怖で居残った奴らは全員何も言えなかった。
ただ間抜けみたいに突っ立って、箱の中からご息女がお腹空いた、と言うまで呆けていた。
逃げた奴らは後で領主様に罰を受けるだろうが、俺は逃げればよかったと思う。
この恐ろしい怪物から。
その後の半月は生きた心地がしなかった。
何とか領主様の屋敷まで帰り着いた後、残った人間は皆一様に一気に老け込んだかのような様相で館の人間を驚かせた。
俺は、領軍を止めようと思う。
またアレの傍に居る事になるかもしれないと思うと耐えられないから。