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気づくのにかかる時間は?

 時が過ぎ、エレナとノイラが出会ってから初めての夏になりました。

夏は命が輝く季節です。

そんな季節にはその輝く命を狙って活発になるモノが居ます。

それは自然の捕食者であったり、その捕食者の皮や牙を狙う狩猟者であったり、その全てを狙う魔獣であったりです。

 そんな季節はノイラにも力ある領主の娘としての仕事があります、この時期に沸く魔獣の討伐です。

夏の魔獣の数は冬の二倍ほどで、この時期ばかりは普段危険人物として別館に置かれているノイラにも、父から出撃の命が下るのです。

こういった時期ですので、ノイラは張り切ってエレナに語ります。

「私はいつもこの時期は外に出られる!今年はエレナも一緒に来るよね!」

 いいところ見せる!と最近多少感情が出てくるようになって輝く瞳で元気よく言うノイラに、エレナははしゃいでる所で申し訳ないなと思いながら言いました。

「お嬢様。私が外に出られるかどうかは領主様の決定次第ですので。私は答えられません」

 それを聞いたノイラはぴたりと動きを止め、目が僅かに光を失いました。

「で、でも私エレナがいないとお腹空くし、私の格好いいところ見せたいし」

 焦りで僅かに早口になるノイラ、これだけの変化でも普段の彼女の平坦さを知っている人間には驚きです。

「分かりました、落ち着いてください。ディジィさんを通して領主様に確認を取ります」

 内心驚きながらも表面上は落ち着いた様子でノイラを止めるエレナでしたが、ノイラは止まりません。

「お父様に会う!何が何でもエレナと一緒に行く!じゃなきゃ今年は私仕事したくない!」

 ノイラがその言葉を叫んだ瞬間、エレナはノイラの頬を打っていました。

そんなエレナを呆然と見つめるノイラ。

普段は彫刻のような美貌の顔をぽかんと口を開けてアホウドリのように崩すのを見ながら、エレナは心を鬼にして言います。

「お嬢様。そのような我侭は言ってはいけません。二度目に私の魔力を召し上がった夜に領主様が仰られたではありませんか。娘が畜生に落ちるくらいなら自らが手を下すと。領主様がそうまで言ってお嬢様に守ってもらいたかった自制心を失ってはいけません」

 するとぽろぽろと唇を僅かに突き出したノイラがエレナに訴えます。

「でもっ、でもっ私エレナに一緒に来て欲しい……」

 そういって愚図るノイラの事を、まるで頑是無い子供のまま大きくなったように感じながら、エレナはそっと抱きしめます。

「領主様にお伺いは立てますから。もし領主様が行けと言われればお嬢様が嫌でもお供しますし、駄目だと言われたら理由をお聞きしてできるだけお願いもしてみますから。どうか落ち着いてください。それと……叩いてしまってもうしわけありません」

 エレナの懐でぐすぐすと涙を引っ込める努力をした後、ノイラはポツリと言います。

「解った。エレナは悪くない。叩いたのも許してあげる。だから、だからなるべく一緒に行けるようにお父様にお願いしてね」

「ディジィさんを通してですけれど、頑張ります」

「ん」

 ぎゅうっとエレナを抱きしめ返して、エレナの肩口に顔を埋めるノイラ。

姿は少女でも、その雰囲気は母親に縋る幼児のようでした。

その自分に縋ってくる姿にエレナは、お嬢様は愛情に飢えていらっしゃるのかもしれないと思うのでした。


 その後、エレナはノイラが落ち着いてからディジィに領主様へお嬢様の夏の討伐への同行の可否を問う旨を伝えてもらったのですが……。

領主様は許しませんでした。

ノイラが傍に居れば万が一と言う事はないでしょうが、それでも今まで居なかった魔力の源が再生する人間が居るという情報の秘匿に努める事に決定したのです。

結局エレナは他の仕事に時間を取られてノイラの傍を離れないように、一人が寂しい娘に遊び相手を宛がったということにしていたため、今回のような明確な「仕事」に連れて行くのは理由が乏しいというのもありましたが。

エレナは何度かディジィを通して考え直してもらえるようにお願いしましたが、それでも許可は下りませんでした。

それで苦労したのはエレナでした。


「お父様は私の事嫌いなんだ」

 寝台の上の布団の中に潜り込んで後ろ向きな発言をするノイラの顔は、大きな枕に埋もれてその傍に腰掛けるエレナにも見えません。

「いえ、そうではありません。むしろお父様としての領主様は私を連れて行かせたかったと思います」

「……そうかな」

 枕に埋もれたままのノイラをエレナは更に宥める。

「そうですとも。私が領主様にお考えを変えてくださるようにお願いするたび、君の力を隠す必要がある、お嬢様が感じられる魔力の回復を感じ取れる人間がいつどこに居るか解らない、と許可が下りない理由は全て私を守る為の物でした。お嬢様が嫌いだから私をお傍につけないのではありません」

「……解った」

「ご理解いただけましたか」

 ほっとしたエレナは一息つきましたが、ノイラはそうではないようでした。

「あのね、お願いがある。私が居ない間に居なくならないで。私もうエレナが居ないと駄目になっちゃった」

 顔を横に向け、乱れた髪の間から黒い瞳で見られながらそういわれると、エレナは少し恐ろしい気持ちになりました。

でも、エレナは僅かに揺れるその瞳の奥に寂しさと怯えを感じたのでした。

そう思うとむげには出来ません。

「ええ、私はお嬢様が帰っていらっしゃるのを待っています」

 そういって、エレナの答えを聞いて再び、今度は喜びをかみ締めて顔を枕に埋めるノイラの頭を撫でたのでした。


 そうしてから数日が経ちました。

別館で過ごすエレナ達には解りませんでしたが、領主様とノイラの二手に分かれて討伐を進める為の準備のために館の本館と街はかなり忙しかったようです。

それも収まると、とうとうノイラは例年のように二頭立ての剛力牛に牽かれた鉄の箱に入り、二十人ほどの兵士に囲まれ出発しました。

領主様は馬に乗り、こちらは百人ほどの兵士を引き連れて出発です。

ただノイラの組は明け方早くにひっそりと屋敷の北の森を通って、領主様の組は昼間の街中をパレードするように通り過ぎての出発です、金の騎士も堂々とお披露目され、道の幅が許す限りの巨大化を見せ人々の歓声を浴びます。

このように、ノイラの存在は領民達に知られていても、どのような人間で、どのような事をしているのかはほとんど知られず、領民の間には世話役が必要な……不具の子であらせられるのだろうと噂されているのがノイラなのでした。

そんな彼女が屋敷に帰ってくるのは一ヶ月後、夏の盛りを過ぎ、魔獣達の数の増加も一段落を見せる時期になってからでした。

エレナはその間、領主様の息子が取り仕切る屋敷から届けられる食事を食べ、健康のために一日数時間の散歩だけをして暮らしました。

この時に、自分もノイラが居なければ寂しいという事に気づいたのでした。

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