食べられて寝るだけの簡単なお仕事
あの夜から一月が経ちました。
その間エレナはほとんどずっと、それこそトイレとお風呂……ノイラの居る別館は小さいながらも湯船が設えられていたのですが、さすがにそこまで使用人扱いのエレナが同伴することはありませんでした……以外はずっと一緒。
最初はべったりと自分にくっ付いて来るノイラにエレナも少し辟易していたのですが、自分が必要以上にくっついているとエレナが他人行儀になるのを感じたのか、徐々にノイラはエレナと距離を置くことを覚えました。
そうなると今度好奇心が出てくるのはエレナの方で、空いた時間に少しずつ本当に少しずつノイラの身の上の話を聞きだし始めました。
たとえばこんな風に。
「お嬢様、食べながらで申し訳ないのですけれど、お嬢様っておいくつになられました?」
「私……十三かも。お父様に聞けば正確にわかると思う」
「なんだか漠然としてますね」
もぐもぐと小さく千切ったパンを食べながらエレナは聞きます。
食べているのは彼女だけではなく、部屋に料理を運ばせているノイラもです。
その内容には当然として差が付いていたが、量的にはエレナよりも少なく、それゆえに手間隙も掛かっているといった感じでした。
「ずっとお腹が空いてたから年齢とかあんまりきにしてなかった。そういうエレナは何歳?」
言い終わってから小匙で白いペースト状のスープを少し肉付きの薄い口に入れ飲み込むノイラ。
エレナは焦ることなく口に入れたものを飲み込んでから答えます。
「私は十四です。お嬢様」
エレナの言葉に、ノイラは手にした小匙を唇に当てながら言いました。
「同い年がよかった。その方がずっと一緒になれる気がする」
そんな言葉に、手のかかる妹を見るような表情で笑いながらエレナが返します。
「私の両親は歳が違っても一緒ですよ。それより、スプーンを口に当てたままはお行儀が悪いですよ」
「ん」
言われて小匙を離して食事を再開するノイラ。
そして食事の後は魔力が回復しているエレナから魔力を喰らうノイラ。
そしてそれの計測をする金髪で子顔で、顔の作りも小奇麗に整っている、少し背が低めな少女、エドの娘ディジィ。
ディジィはノイラがエレナを寝台に連れ込んで本当の姉妹のように眠るのを見守ります。
そんな具合に交流を深めて一月、春を通り過ぎて夏へ向かう緑豊かな時期になった頃。
領主様の館の裏の森でピクニックです。
「あ、野苺ですよお嬢様。召し上がりますか?」
「美味しい?」
「私が村に居た頃には見つけたらすぐ皆を呼んで食べていました」
「じゃあ一つ取って」
「はい」
森の草むらの中に見つけた野苺を一つ取ってノイラに渡すエレナ。
そんなエレナをノイラは野苺を食べずにじーっと見つめます。
「あのねエレナ」
「なんですかお嬢様」
なんで野苺を受け取らないのだろうと思いながらきょとんとするエレナに、ノイラはずいっと近づきます。
「私達、もう出会って一ヶ月じゃない」
「そうですね、私ほとんど寝ていましたけれど」
「だからそろそろ名前で呼んでくれてもいい?これから先もずっと一緒にいるんだし」
「だ、ダメですよそんな畏れ多い!そ、それより野苺をお召し上がりください」
確かにこの一ヶ月で彫像のような美しさは見慣れたが、それとコレとは別問題、使用人が主人の名前を呼ぶなんて良くない事だとエレナは思ったのですが。
「私が良いと言っているのだからいい」
とまぁノイラの方も粘るわけでして……。
その様子は護衛に付いた衛兵二人と、お付のディジィも見ているわけです。
無論、ディジィはエレナの力を知っているので何も言わずバスケットを手に提げていますが、衛兵二人はポッと出の村娘がどうやってある特定の時以外は表に出ないお嬢様を誑かしたのかと胡散臭げな視線を送ります。
そんな状況ではいなんて言えるわけがありません。
ひょいっとノイラの口に野苺を押し込むとエレナは言いました。
「美味しいですか?お嬢様」
「んん……悪くはない」
こんな具合に曖昧に避けながらエレナは内心、衛兵さんそんなに睨まないで欲しいなぁと思いながらまた歩き始めました。
そんなこんなで太陽が真上に来る時間、ちょうど森の中の泉に到着し、全員でお昼休憩と言うことになりました。
食事の間もノイラはエレナに嬉しそうに話しかけます。
「こんな風に普通に出かけられるのはエレナのおかげ。私が出かけるといえば鉄の箱が付き物だった」
湖の傍の地面に薄い敷物を敷き、座って食べながら語るノイラの言葉にエレナは引っかかりを覚える。
「鉄の箱、ですか?」
「鉄の箱も鉄の扉も、私の力の前には薄い壁でしかなかったけれど、それは確かに壁だった。私という怪物を閉じ込め、制御する為の」
「……そこまでして外に出す用事って何ですか?」
「魔獣の広範囲討伐。だからこんな風にゆっくり景色を見ながらなんてことなかった。野苺も初めて食べた。森は戦いをするだけの場所じゃなかったんだ」
それを聞いて黙り込んだエレナを、話に聞き入っていると思ったのかノイラは更に続けます。
「後、魔獣討伐の時周りの皆はいつも緊張してるんだ。でも魔獣を一気に忌み子で食べると一気に力が抜けて、今回も無事に帰れるって皆言うんだ。私、偉いかな?」
首をかしげて聞くノイラに、エレナは一口水を飲んでからなんとか平静を保って言いました。
「そうなんですか。お嬢様はもうその歳で魔獣討伐をなさってるんですね、凄いです」
「ふふ、なんだか嬉しいなぁ。こんど討伐に出る時はもっと張り切って見よう。忌み子は私の感じられる範囲も広げてくれるから、魔力が続く限り広い範囲で食べられる。きっと凄い数の魔獣を倒せる」
他の国と接しない分、魔獣という脅威があるこの領でノイラの力は領民にとって頼もしいものでしょう。
でも、エレナにはノイラの話を聞いて悲しくなりました。
兵士が怯えているのきっと森の魔獣にではないのではないかと思ったからです。
だって、ノイラの力を完全に味方だと思っていれば生半可な魔獣になど怯える必要はないのですから。
「ん。ん。ふぅ、良く食べた。でもそろそろ食べたい。ダメ?」
最後のサンドイッチを飲み込んだノイラがエレナに囁きました。
彼女が食べたいと言っているのは勿論魔力です。
「……良いですよ。でもその代わり私が寝ている間しっかり守ってくださいね」
この一ヶ月で魔力を喰われて気絶してから目が覚める時間……魔力が再生する時間は速く、そしてノイラが美味しそうと評する魔力の領は目覚しく増えていました。
再生に掛かる時間は今では三十分ほど、少しの昼寝と言った所です。
だからエレナは許可を出しました。
「分かった。ありがとう」
そう言って許可を出されたノイラは嬉しそうにエレナを抱き寄せると、忌み子でエレナを包み込みました。
そしてそのまま魔力を喰らいます。
これが終わるとくたりと眠るエレナを、ノイラはじっと見つめて過ごすのです。
そんな風にして二人の時間は過ぎていきました。