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腹八分目

 エレナが目を覚ますと、天蓋の付いた上等な柔らかい布団の中でした。

ぼんやりした頭で自分に起きたことを反芻しようとしたのですが、あたりを見回して目に入ったモノで一気に頭がさえました。

「匂いが戻った。魔力を感じるわお父様」

 ノイラです。

どうやら彼女は気を失ったエレナが目を覚ますまでずっと傍に居たようで、僅かな距離だけ空けてエレナの匂いを嗅いでいました。

「エド。魔力が戻ったそうだ」

「はっ。確かに計測いたしました。おおよそ二時間でございます」

「ふむ、次回からは計測用にメイドを付けるように」

「では娘のデイジィをつけましょう。それなら時計を盗もうなどという不届きな悪心も起こしますまい」

「任せる。本来ならオーガスタあたりをつけて万全を期したい所だが、オーガスタは屋敷のメイドの統括があるからな」

「それでエレナの位置付けだが……」

 なにやら本人の解らぬ所で話が進んでいるようですが、それはさておきノイラです。

「ありがとう。貴女の魔力とっても美味しかった」

「それはなによりです。お腹一杯になりました?」

「……実を言うと満腹には程遠い。でも落ち着いた」

「我慢、出来ます?」

「良い匂いはするけど、できる」

 まだ身体を横たえているエレナの横に自らも寝そべりながら、ノイラは素直に答えます。

その答えはエレナに、領主様が自らの子供を手に掛けずに済みそう、という希望を抱かせるのに充分なものでした。

「それにしてもエレナは凄い。食べる前も美味しそうな匂いだったけど、今はもっと美味しそうな匂いがする」

 でも、ノイラの言い草にはちょっと困ってしまうのでした。

いくら同性で、良い匂いと褒められるにしても匂いを嗅がれ続けるのは恥ずかしいものがありますから。

「あの、匂いを嗅ぐのはお許しください。なんだか恥ずかしいです」

 眉を八の字にして訴えるエレナの言葉に、ノイラはキョトンとしてわけが解らないという様子です。

そして何を思ったのかとんでもないことを言い出します。

「私は嗅がれても恥ずかしくない。嗅いでみる?」

「いえ!結構です!自分がされて恥ずかしい事を人にするわけにはいかないですし!」

 ちょっと焦りながら断るエレナでしたが、ふとノイラの方から香った匂いは華やかな薔薇の香りでした。

頭の片隅でお嬢様には少し派手すぎないかしら、などと考えながらもとりあえず身を起こします。

その後を追う様に身を起こしたノイラは領主様に向けて話しかけます。

「ねぇお父様。この子の魔力を私はどの位の間隔で食べられるの?」

 この声に領主様は視線をエドから寝台の上へと向け言いました。

「落ち着きなさい。正確な間隔はこれから調べて決めなければならん。魔力を喰らわれると気絶するのだからな。気絶している間は休養になるのか、ということから始まって、食事の量はどうなるのか、など色々調べねばならん。協力してくれるなエレナ」

 領主様の言葉にエレナは緊張の入った声ではいと返事をしました。

それを聞いて領主様は満足そうに言いました。

「今日の夕食はもう食べたと思うが、空腹はないか?他にも身体に異常は?」

 領主様の質問に、特に問題ないと答えると領主様は言いました。

「では明日の朝までノイラはエレナが許す限り魔力を喰らって良い。ただしエレナの身体に異常が起きた時は即座に中止する事。それから、計測要員のメイドが来るまでは我慢だ。できるな?」

 領主様が確認すると、ノイラは笑顔で言いました。

「大丈夫よお父様。もうこれからは毎日魔力が食べられるなら私は平気」

 この答えを聞くと領主様は安心して微笑むとエレナに言いました。

「そういうことだから明日からよろしく頼む。しばらくは一日のほとんどを寝て過ごすことになるkもしれないが、我慢してくれ」

 これを聞いて、え?とエレナは思いました。

「えっと、それはどういうことなのでしょう」

「君の魔力再生能力を調べるのは早い方がいいと思ってね……その機会を増やす為に最低限意識の覚醒が必要な時間以外は魔力を喰らわせてもらうことにした」

「そんな、食べて寝るのが仕事みたいな暮らしをすることになるんですか……?なんだかダメな人になってしまいそうです」

 元々家では働き者の娘だったエレナにとって、食っちゃ寝の生活は想像しただけで居心地の悪いものでした。

領主様的には忌み子を抑えるだけの力のない、半端な魔力の持ち主のお客様が来る時のことを考えて娘を隔離してきた事を考えれば、そういった心配がなくなるような魔力の供給源になってくれるだけで仕事をしていると言えると思うのですが、当然それはエレナには通じません。

「む、そうだな。それだけでは身体が萎えてしまうかもしれないから運動の時間もいれんとな。エド、スケジュール作りを頼めるか?」

「はっ、それならばお嬢様と共に屋敷の裏の森の浅い所で散歩でもなされればと愚考いたします。あそこならば見目の良い泉もあり、お傍につける衛兵等への負担も最小限に抑えられるかと」

「うむ。それでよい。どの程度の時間を運動に当てるかは魔力の回復時間に変化はあるかの報告を見て決定せよ」

「ははっ、仰せのままに。お嬢様、申し訳ありませんがこの後はデイジィが私に替わって計測を行います。どうか娘が到着するまでご辛抱を」

 領主様からの指示を受けて頭を下げたエドは、ノイラに対して改めて頭を下げます。

「いいわ。我慢できる。それにね、今は待つのもなんだか楽しいのよ。食べられると解ってる物を待つのがこんなに楽しいだなんて、私知らなかった」

 無表情、平坦な声で言うノイラも内心の嬉しさを隠し切れないのか、まだ近くに居たエレナに抱きつきます。

「それもこれも全部貴女のおかげ、感謝」

「あはは、私は特に何かしたってわけじゃないですけどね。探せば私みたいな人他にもいるかもしれませんし」

「他にそんな人が居ても。貴女が最初の人。お父様の制止を振り切って食べさせてくれた人」

「……私馬鹿ですよね。領主様の方が言ってることは正しいのに、領主様に普通の父親ならしたくない覚悟までさせて。自分の意見を通してしまいました」

 エレナは気絶する前のやり取りを思い出して落ち込み、顔を伏せた。

あんなのは綺麗ごとだ。

領主様には綺麗ごとで回らないこともあるとなんて嫌と言うほど解っていただろう、そんな人に辛い選択をしてしまった事。

それをエレナは深く後悔し始めていました。

ですがノイラはそんなエレナを抱きしめたまま耳元で言いました。

「でも貴女が馬鹿だったから私は救われたの。ねぇ、私の何かになって。お父様やお兄様みたいな、なんと言えばいいのか解らないけど、近しい何かになって」

 ノイラの表情と声がちゃんと変化するならさぞかし情熱的な誘い文句になったのでしょうが、残念ながらそういった熱を感じさせるお嬢様ではないのがノイラです。

淡々と語る語調はその中に本当に親愛が含まれているのか判然としない印象をエレナに与えたのでした。

エレナが今更ながらやり難い子だなぁと感じたのも無理はないでしょう。

ただ、エレナには伝わりませんでしたがノイラは言葉に表した以上の感謝の念をエレナに持ったのは確かです。

その後も調整が終わったら一緒に散歩やお茶をしましょうと言ったり、とにかく北の別館に隔離されてからというもの、友達という言葉すら知らずに育ったお嬢様の本人はそれをどんな感情か表す術も知らない状態で感じた、親しくなりたい友達になりたいという感情でした。

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