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飢えた少女

 再びやって来た北館は照明も少なく、昼間と同じく薄暗い場所でした。

そして、再びあの鉄の扉が開かれると領主様が先頭に立って入ります。

「入るぞノイラ」

 一声掛けて入室する領主様に続いてエドとオーガスタは無言で一礼してから続きます。

エレナは良く解りませんがそれに倣って一礼してから入りました。

すると、領主様の言葉が聞こえていないかの様な部屋の主の声が上がりました。

「昼に食べた魔力の匂いがする」

 それと共にエレナの足元から黒い何かが湧き上がりますが、領主様の背中から現れた黄金の鎧の騎士が湧き出す何かを抑えます。

この光景に首を傾げながら寝台から立ち上がり歩み寄る少女。

「何故邪魔をするの?お父様」

 エレナの目に、昼間は見れなかったお嬢様の姿が目に入りました。

赤茶けたおさげの自分の髪の色など飲み込んでしまいそうな漆黒の、腰まで流れる美しい川のような髪。

平凡な青い瞳の自分とは違う、夜を煮詰めて篭めたような大きく黒い瞳。

薬草の採取で出歩き浅黒く焼けた自分の肌とは正反対の、真白い肌。

エレナより若干背は低そうで、身体も線が細い、暗い紅色の身体の線の出るドレスを着たお嬢様。

その顔は生気のない石像のように整っていて、父の領主様にある温かみは感じさせない者でした。

「忌み子をしまい話を聞け。お前の飢えを癒す事のできるかもしれぬ話だ」

 領主様の言葉に、金の騎士と拮抗していた黒いモノが止まり、床に消えていきます。

ノイラは表情をピクリとも動かさず言いました。

「聞きます、お父様」

 いきなりエレナに何かをけしかけたらしいお嬢様でしたが、理性がないというわけではないようです。

ですが領主様は金の騎士を消しません、そのまま話を続けます。

「この娘、エレナと言うがお前に魔力の源を食われてもそれが再生したようなのだ」

「それで?」

「その再生がどの程度の時間で行われるか、エドに計らせる。だから良しと言うまで喰らおうとするな」

「解りました」

 瞳を閉じ頷くお嬢様を確認すると領主様は控えていた老執事とメイドに言いました。

「エド、時計はあるな?私の合図でノイラにエレナの魔力を喰らわせる。その瞬間から時間を計れ。オーガスタは掛ける布団を適当に一枚持って来い。エレナが気絶したら隣まで運ぶのは面倒だ、娘のベッドの上でやらせる。恐らく昼間の状態を考えると深夜まで掛かるだろうから、エレナを冷やさないように頼む」

 領主様の命に出来た召使である二人は答えます」

「承知致しました。正確に計測してご覧に入れます旦那様」

「承りました。それでは私一度失礼させていただきます」

 懐から懐中時計を取り出しねじを巻くエドと、再び速やかに部屋を出て行くオーガスタ。

オーガスタが掛け布団を持ってくるまでの空いた時間を領主様は有効に使うことにしたようで、エレナの方を振り向くと手招きして近寄らせ、ノイラの方に押し出しました。

「これが娘のノイラだ。エレナ、よろしく頼むぞ」

「私ノイラ。貴女の魔力、食べたい」

 引き合わせてくれる領主様の威厳と、貴族の子女としては問題しかない野生児のようなお嬢様の発言の落差に、くっとエレナの口の端が上がりました。

かろうじて笑うのをこらえている状態です。

「わ、私エレナと申します。あの、どうかよろしくお願いします」

 笑いを堪えて頭を下げたエレナですが、視線を床に落とすと、部屋の僅かな照明に照らされて不定形の黒い何かが蠢いているのを眼にしてしまいます。

それは一時も留まることなく循環し、時折牙のような尖ったものが輝きます。

それを見てさーっと血の気が引いたエレナは領主様に縋りつきます。

「あ、あああ、あの!ここ、これ!この黒いのはなんですか領主様!」

 震えるエレナに領主様は鷹揚に肩を抱き寄せ言いました。

「これは娘の使う魔法、忌み子だ。通常私の家系の者は騎士の姿の戦闘生物を呼び出す事ができるのだがな。娘は騎士ではなく闇の怪物を召還するのだ。忌み子と呼ばれる理由も知りたいかね」

「えと、出来ればお願いします」

「忌み子は陽が低い時間の影のように広がる。しかもそれは陽の高さに関係なく、使役者の魔力の大きさに応じてその限界まで際限なく広がり、その上に居る者を物理的に喰らう。闇を広げその上のモノを術者の意思によって自在に喰らう特性は戦場では実に忌まわしい物に見えた。故に忌み子と呼ばれる」

 その説明に、エレナはゾーっとしました。

影の上のモノを喰らう、これって気絶する前に視界が暗くなった原因で、お嬢様の機嫌一つで跡形も残さず死んでいたのかも知れないという事を知らされたからです。

「……食べたい」

 ノイラがぼそりと呟くのを聞いて、エレナはひぃっと小さく声を上げて一歩下がります。

そんな彼女の様子を見た領主様は言いました。

「大丈夫。コレは影の扱いが抜群に巧くてね。食べわけなど容易い事なのだよ。たとえば籾殻の中に飴の欠片を混ぜて、飴だけをより分けろと命じれば出来る娘だ。その能力の一片は君も昼間に味わったろう」

「そ、そうですけど。お嬢様なんだか怖いです!」

 領主様の後ろに隠れようとするエレナを、蛇のようにしなやかな動きでノイラが追います。

そして細身の身体に似合わぬ力でエレナの肩を掴んで、首筋に顔を埋めてすんすんと匂いを嗅ぐと平坦な声で言いました。

「良い匂い。早く食べたい。今まで一年に一度しか食べさせてもらえなかったから食べたくて、食べたくて……」

 エレナの背中をゾクゾクと寒気が走る。

いくら美しい少女のノイラが相手とはいえ、こんな身近で匂いを確認された経験など、幼い頃に母が身体を洗った後に確認してくれた程度で、経験などないのですし、その上食べたいと連呼されたとあっては堪りません。

「い、いやぁぁぁぁぁぁ!助けて!助けてぇ!」

 混乱して泣き喚くエレナを見て、ため息をつきながら領主様はノイラを引き剥がす。

「落ち着け。これから先も長い付き合いになるかもしれん相手を怯えさせてどうする」

「離してお父様。お腹が空いてるの。ずっと、ひもじい思いをしてきただから匂いくらいいいでしょ」

「駄目だ。それはさておき魔力を感じるのだな?」

「匂いがする。食べたい」

「我慢しろ!お前には淑女としての嗜みというものが一切ない!」

「嗜みで腹は膨れないのなんておしめをはいてた頃から解ってる」

「そういえばお前は泣き止まない子供であったな……乳母達が眠る時意外は泣き続けるお前に右往左往していたのを思い出す」

「じゃあ私がいつからお腹が空いているかも思い出したはず。食べさせて」

「だからオーガスタが布団を持ってくるまで待てと命じている」

「掛け布団なんて掛けるのが早いか遅いか程度の違いしかない。私には一刻も早く空腹を満たすのが重要」

「……お前が性急に事を運ぶとエレナは逃げてしまうかもしれないな」

「逃げられない。私が逃がさない」

「私がお前を止める。その間に部下にエレナは連れて行かせる。お前はまた飢えて暮らすことになるわけだ」

 領主様が言い終わった瞬間、その身体を忌み子が包むかに見えました。

ですが領主様は涼しい顔で金の騎士の上半身を現わし忌み子の口を開いていきます。

「我慢しろ」

 厳格な支配する者としての顔で命じる領主様に、ノイラは気を昂ぶらせ氷のように凍てついていた表情を動かし、涙を流します。

「食べたいのよ!」

 ただ一言。

ですがそれに全てを篭めて忌み子の力を強めるノイラ、その力に領主様は僅かに顔を曇らせます。

見ると、金の騎士の腕がじりじりと押されています。

「旦那様!」

 エドの焦りに満ちた声が響くが、彼には何も出来ません。

いつのまにか泣き喚くのを止めて呆然とコレを見ていたエレナは、我に返りノイラにしがみ付きました。

「お嬢様!止めて!食べていいから!私を食べていいから、領主様を食べないで!」

 その言葉に領主様を飲み込みそうになっていた忌み子が止まります。

そしてノイラの涙の跡の残る顔がエレナに向けられます。

「食べて、いいの?」

「いかん!娘は今まで狂いそうな中で自身を律してきたのだ!それを崩すような誘惑をしてはいかん!」

 領主様の必死の声も理のある言葉でした。

もしここで甘くして箍が外れたら、娘が畜生に落ちてしまうかもしれない、そんな心配をするのは親なら当然のことでした。

しかし、エレナにはどうしても自身を差し出すことは止められませんでした。

領主様が食べられたら大変だというのもありましたが、それ以上にノイラが泣きながら発した食べたいという言葉の中に篭められた悲しみ、憤り、熱望、そんな感情がエレナの心を動かしたのです。

「領主様、私に難しいことは良く解りません。でもお嬢様がずっと我慢に我慢を重ねてきたことだけは解りました。だからどうか、お嬢様を楽にしてあげてください」

「黙れ!貴様のような小娘にはそれがどんなにか危険なことか解っておらんのだ!」

「確かに解りません!ですが!私ではなくお嬢様を信じてあげてください!物心付いた時からお父上である領主様が許す以上の魔力を喰らってこなかった、お嬢様の心を信じてあげてください!」

 エレナの言葉に領主様の表情は苦しげに変わりますが、それでも引きません。

「どう信じろというのか。日に二度、機会が訪れたからと言って欲を露にする娘を」

 搾り出すように言葉を出す領主様をエレナは続けて説得します。

「お腹の空いた人の前にご飯を出せば食べたくなるのは当たり前です。それも常にお腹を空かせていた人なら尚更です。お嬢様はきっと今の私の魔力を食べれば元の大丈夫なお嬢様に戻りますから、どうか、どうか……!」

 懇願する声に、領主様は疲れた声で答えます。

「そうか……私も覚悟を決める時かもしれんな……。本来なら生まれてすぐ殺すべき魔力食いを、亡き妻の忘れ形見というだけでここまで育ててしまった責任を取る覚悟を……許す。実験はお前が魔力を食われてからどの程度の時間で魔力が回復するのかを計るだけだ。食われるがいい。もしその後娘が無差別に魔力を食い散らかすような者になったならば、私が手を下す」

「旦那様……そのようなご無体な!」

 エドの制止する声を背に受けても領主様は揺るぎません。

ただ静かに金の騎士の全身を現わしました。

「エド。計測の準備を」

「……承知致しました」

 命じられたエドが懐中時計とエレナとノイラの二人を視界に収めます。

「……いいの?」

「良いんです。召し上がってください」

「ありがとう」

 エレナとノイラの間に言葉が交わされ、次の瞬間エレナが黒に飲まれます。

そして瞬く間に魔力と意識を喪失して崩れ落ちそうになるエレナを忌み子が支え、寝台の上に運びました。

「お父様」

「何だ」

「我侭を言って、ごめんなさい」

 再び彫像のような表情に戻りながらも、謝罪を口にしたノイラに領主様はただ一言、そうか、とだけ答えました。

こうして一つの騒動が終わりましたが、オーガスタが布団を持ってきたのは全てが終わった後になってしまったそうです。

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