そして時は流れて
エレナへ、元気にしていますか?
貴女が領主様の所へ召しだされてから三年が経ちました。
こちらでは去年結婚したトニウスに先月子供が生まれて私もおばあちゃんになりました。
貴女ももう叔母さんよ。
ハシルもすっかり大きくなって、夜中に貴女恋しさに泣くことは無くなりました。
お父さんはまだまだ元気で、トニウスにあとを継がせるのは当分先の話になりそうです。
領主様のご命令で会えないのは寂しいけれど、貴女が元気ならそれで私達は充分。
愛しているわ。
母より
すっかり伸びた髪を手櫛で梳きながら手紙を読むエレナの傍には、微笑を浮かべるノイラ。
「良い事が書いてあったんだねエレナ。なんて書いてあるの?」
三年、その期間の間にエレナが良く自分に向けてくれる表情の一つ、親愛の微笑みを浮かべるノイラが問うと、弾んだ声でエレナが答えました。
「兄さんの子供産まれたんですって。顔を見れないのが寂しいですけれど、何事も無くお産が終わって良かった」
「そっか、それは良かったね。エレナの笑顔、綺麗」
素直にもうただの食べ物から親友に変化したエレナに祝福を伝えるノイラ。
でもエレナははっとしたように顔を伏せて机に手紙を置くと、ノイラの手を両手で包みながら言いました。
「ごめんなさい。ノイラの前でお産が巧くいって良かったなんていって……」
「なんで?良い事じゃない。私は気にしないよ」
「でも……」
ノイラに許されても、申し訳なさそうな表情を続けるエレナに、声に明るい調子を含ませてノイラは言います。
「良いの。私のお母さんが私のお産で死んじゃったからって、他の人のお産が巧くいった事を恨んだり、憎んだりなんて筋違いなんだから」
「……ありがとう、ノイラ。ノイラは本当に優しくなったね」
「そうかな?自分じゃわからない」
「だって、出会った頃のノイラってとにかくお腹すいたお腹すいたで、本当に子供みたいだったもの」
そう言って思い出し笑いを浮かべるエレナに、ノイラはへにゃりと眉を曲げながら言います。
「仕方ないよ。私はあの時本当にお腹空いてた時期なんだから」
そういって、包まれた手を抜き出して自分のお腹に手を持っていきノイラは擦りました。
「そうね、お腹が空いてると頭って回らなくなるものね。しかたないわ」
「そうでしょ?今は大丈夫、しっかり回転しますとも」
「顔も無表情じゃなくなったしね」
「それは、エレナがくれたんだよ」
「そうかしら?」
「うん。エレナが来るまでは私の周りには顔の動かない人ばかりで、表情なんてしなかった。私に表情をくれたのは全部エレナ」
言葉と共に抱きつくノイラを受け止めながら、エレナは言い返します。
「でも私が二回目に魔力を上げた時、貴女泣いてたのよ」
「じゃあ訂正。泣くのは赤ちゃんの頃からできてたから、それ以外全部」
「そんな褒めても何もあげられないわよ?」
「エレナ自身をもう貰ってるからいい」
その言葉にエレナは苦笑しました。
「私、貰われちゃってるの?」
「まだくれてないなら貰う。くれないなら獲っちゃう」
「貴女ってガツガツしてるわよね、そんなそぶりは全然見せないのに」
「十三年飢えた経験は伊達じゃない」
「褒めてません。女の子ならもう少し慎み深くなさい」
「大丈夫、こんな我侭言うのはエレナとお父様にだけ」
そう言ってエレナの首筋に顔を埋めるノイラは深く息を吸い込みます。
「お腹、空きました?」
「ううん。エレナの匂いを嗅いでると安心する……」
「そういう言葉は殿方に言うものですよ」
「男の人なんてお父様とエドがたまに来るくらいだか、無理かな」
「……そうだったわね。そういえばエドさんももう随分お年よね」
「まだまだ働く気みたいだよ。あの人お父様大好きだから」
「そうね、ディディもお爺様がお元気だから手が抜けないって言ってたわ」
「手なんか抜いたらオーガスタが雷落としそうだけど」
「オーガスタさんも元気みたいね。あまりこの別館には来ないけれど」
「私は、エレナが居ればいい」
「私は他の人とも会いたいわ。そうじゃなきゃ暇になっちゃう。貴女とばかり話してると話の種がなくなっちゃうし」
そう言って、クスクス笑ったエレナに、ノイラは言いました。
「私はお話しなくても平気だよ。本当に一緒に居るだけで嬉しいの」
「……そう。それは嬉しいわね。私そこまで人に好かれたの両親以来かも」
「私、私の事好きでいてくれる人を並べたらエレナが一番かも」
その言葉に僅かに表情を曇らせながらエレナは聞きました。
「お父様は?」
「……解らない。お父様は厳しいし、好きとかも言ってくれないから。エレナは優しくしてくれるから、私の事好きで居てくれるのかなって思う」
「そう。大丈夫、言わないだけで領主様も貴女の事きっと好きよ」
「そうかな」
「そうよ。だから領主様の事、好きって言ってあげて。領主様が貴女に厳しくするのは、貴方の事が好きで貴女に間違ったことをして欲しくないからだと思うから」
「今度会ったら言ってみる。お父様驚くかな」
「きっと驚くわ」
「そっか、驚くお父様楽しみ、あはは」
「見られたら私も見たいわ、ふふふ」
二人はお互いの顔を見合わせて笑いました。
そんな幸せな空気の中でノイラが言いました。
「ねぇエレナ。きっと私より長生きしてね」
「なんで?」
「私より先にエレナが死んじゃったら、私寂しいから」
「あら、それを言ったら私が残されたらどうなるのかしら」
「エレナは大丈夫。きっと別の人を見つけられる。でも私にはエレナしかいないから」
「……ノイラ……」
エレナは、ノイラの寂しい言葉に眉を悲しみでひそめます。
そして、ノイラの次の一言に強く答えました。
「だから、私から開放される時までずっと一緒に居てね、エレナ」
「解ったわ。私達ずっと一緒よノイラ。ずっと、ずぅっと。おばあちゃんになってもね」
こうして、二人は食べる者と食べられる者から、共に歩む友人になったのでした。
その交友は時に喧嘩も挟みつつ、ノイラが五十の時に亡くなり、エレナがその時既に領主の後を継いでいたオルスに申し出てひっそりと領主様の一族の墓ではない無銘の墓に納められたノイラの墓守になるまで続くのです。




