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領主様のお召し

 春の季節も終わりという時に領主様から少女へ来た話は突然でした。

娘の身の回りの世話をする侍女を探しているので、ついては近隣でも評判のいい貴女に声を掛けたといいます。

要約すると大体そういったような内容の話でしたが、これが怪しいのです。

確かに彼女は近所でも評判の娘ですが、それは外見が良いとか育ちが良いとか、そういった評価ではなく、薬作りの家の手伝いをする働き者な娘としてちょっと話題に上る程度です。

何故そんな娘に貴族の若い娘の世話役を、と彼女の家族の誰もが思いました。

 しかし何にせよ領主様のお召し。

彼女に選択の余地は無く、支度金を貰い領主の館で働く為に一週間ばかりの旅の準備をして、両親と兄と歳の離れた弟とそれから近所の友達に別れを告げて先方が用意した馬車に乗って旅立ちました。

そう、たとえ領主の娘の世話役は魔力をなくして帰ってくるという悪い噂があったとしても、行くほかないのでありました。


 領主様は特殊な魔法で領地を守る立派なお方。

心の中の騎士を呼び出して、領地を荒らす魔物を退治する国一番の魔法使い。

でも領主様には一つだけ悪い噂があったのです。

それは領主様の娘の世話役に選ばれる娘は皆魔力もちの娘ばかりということ。

魔法使いとして身を立てるほどの魔力は無いものの、日常生活で便利になる為に魔力があると良い所のお嫁さんになることができるという物差しの一つ。

なので、ただそれだけなら娘の身の回りの世話を楽にする為に選んでいるとも思えます。

でも、領主様の娘の世話係りになると魔力は無くなってしまうのです。

魔力が無くなったら放り出して終わり、ではなくきちんとそれなりの結婚相手を世話しているようですが、軒並みそれまで魔法を使えていた娘が魔法を使えなくなると言うのは、よくない噂になるのに充分でしょう。


 少女がそんな領主様の館に着いたのはお昼前、ドアノッカーで屋敷の周囲をぐるりと囲む塀に据えられた小屋の人を呼び、あらかじめ渡されていた雇用証書を渡します。

こうしてまず正面のお屋敷ではなく、北側のジメッとしているけれど多分正面のお屋敷よりかなり新しい建物に案内され、調度も領主様のお屋敷とは思えない殺風景な建物に通されて、お嬢様の部屋の傍にある世話役用の部屋だという所に通されます。

そして用意されていたちょっと大きめのお仕着せのエプロンドレスに身を包むと、お嬢様と面通しということになりました。

なんだか扉は中に居る人を守ると言うより閉じ込めるために作ってある様子で、執事がかんぬきを外して守衛の男手二人で鉄の扉を開けるという光景に、これはどういうことだろうと思いながら少女は部屋の中に入ります。

そしてその瞬間視界が暗くなり、意識が途切れました。


 少女がぱちり、と目を覚ますとそこは世話役の部屋に置いてあるベッドの上でした。

傍にはブラウンの髪を結い上げた、性格のきつそうなつり目の、細身で長身な身体を白いブラウスと紺色のロングスカートを白のエプロンで包んだメイドが一人付いていて、少女にちょっとした重さの袋を渡すと言いました。

「お疲れ様です。貴女の役目は終わりました。これは今日の分の働き分と解雇分の見舞金です。ご希望なら領主様は貴女の結婚の世話をしてもいいと仰っています。どうしますか?」

 少女には話が見えません。

何もしていないのに、部屋に入った瞬間気絶しただけで仕事を済ませたと言われるなんてわけがわかりません。

少女が混乱しているとそれを見て取ったのでしょう、メイドは少女に言いました。

「考えるのに時間も必要でしょう。領主様は一週間の猶予を貴女に与えます。その間にどうするかお決めなさい。滞在するなら食事は係のものに運ばせます。身体を洗う湯も用意しますし、着替えはこの部屋のお仕着せが何着もあるので使ったものを身体を拭くためのお湯を入れた桶の上に重ねておくこと、解りましたね」

 メイドさんは一方的に話を進めると出て行ってしまいました。

さてどうしようと少女が部屋を見ると、もう陽も大分傾いた紅い世界でした。

窓から吹き込む少し肌寒い風に、窓を閉めるために部屋へ据え付けてあった燭台の蝋燭に魔法で火をつけました。

「領主様は、なんで私なんかを呼んだのかな」

 少女は考えながら窓を閉めかんぬきを下ろしましたが、これと言った答えは思いつきません。

でも少女はなんとなく、急に意識が途切れた事が何か関係するのかなと思いました。

 そうしてぼんやりしていると、ふと解雇されたのだからお仕着せを着ているのはよくないのでは、と言うことに気づき服を脱ごうとしました。

ですが服はお仕着せを着る前の、見慣れた自分の服に変わっています。

その事になんともいえない不安を感じて部屋を出ようとすると、扉には鍵が掛かっていました。

この事にはさすがに少女も恐怖します。

領主様の悪い噂を思い出し、あの噂の悪くない所が嘘で、自分はどうにかされてしまうのかと思って扉を何度も何度も叩きました。

しかし何の反応もないのです。

助けて助けてと叫んでいた元気も無くなり、少女は大人しく寝台の上に腰掛けました。

 こうして少女が沈んだ顔でじっとしていると、ガチャリと扉の鍵が開く音がしたのです。

そして扉を開いて入ってきたのは服装だけは同じでしたが、先ほどのメイドとは違うメイドで、彼女は最初の女性が着けていた金の兜のエンブレムではなく、代わりに銀の兜のエンブレムを襟元に着けています。

手には食事の乗ったお盆が持たれていて、何故か部屋の中を見回しました。

そして何かに驚いたような顔をすると、部屋に据え付けられていた小さな机にお盆を置くと少女に掴みかかりました。

「貴女!」

「ひ、ひゃあ!?」

「この部屋の蝋燭、火をつけるのに火打石を使ったのよね?」

 嘘は許さないといわんばかりの眼力で少女を見るメイドさんに、少女はなぜそんなことをと思いながら答えました。

「ま、魔法です。私、魔法が使えるから選ばれたんですよね?なんでそんなに驚くんですか」

 握られた腕が痛い、と思いながら少女が答えると、銀エンブレムのメイドさんは目を見開きます。

「それは……嘘じゃないの?」

 念を押す言葉に少女は身をよじりながら言葉を返します。

「なんで嘘になるんです。わけが解りませんよ」

 少女の言葉に銀エンブレムのメイドさんは少しぼうっとしたかと思うと、何やら急いで部屋の外に出て行ってしまいました。

かなり慌てた様子ではあったものの、鍵を掛け忘れると言うことはなかったのですが。

それはさておき、ちょうどお腹が空いていたので持ってきてくれたご飯を食べることにしました。

白い深皿に盛られた黄色いスープはかぼちゃの味がします。

パンはふわふわ、恐らく屋敷の料理人さんが毎食焼いているのでしょう。

そして焼いた川魚を載せた皿に野菜を千切ってボウルに入れて、テラテラと光る油っぽいものを掛けたサラダがありました。

家で出る食事よりずぅっと豪華なご飯を食べながら、少女は貴族様の家では使用人も良い物を食べているんだ、と思いましたとさ。

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