第8話 恋するシチュエーション
「はぁ~~……」
大きなため息をついたら、横に立っていた啓ちゃんが肘で私の脇をつついて、渋い顔を向ける。
はっとして顔をあげると、周囲にいる女の子達が恐ろしい形相をギロっと私に向けてまた前を向く。中には舌打ちする子もいて、思わず背筋が震える。
「なんか、今日変よ? そんな浮かない顔して」
「ん、ちょっと……」
耳元で啓ちゃんが囁いて、そわそわと視線を前に向ける。
今日は中学の親友の啓ちゃんとショッピングモールに来ている。啓ちゃんはアイドル大好きの追っかけで、私のアイドル好きは啓ちゃんの影響が大きい。高校は違うところに通っているけど、アイドルのイベント情報をゲットするとすぐに私にも教えてくれて、そのイベントに一緒に行ったりする。
私はアイドルグループ“ZECU”がデビューする前からファンでZECU一筋なんだけど、啓ちゃんはたくさん好きなアイドルがいてZECUはその一つだっていう。
今日はそのZECUが新曲お披露目のミニコンサートをやるという情報をゲットしてこうして会場となるショッピングモールの屋外舞台の前に、開始時間まで数時間あるというのに並んでいる。
さっき私を睨んだ周りの女の子達も、もちろんZECUの熱狂的なファンの子。
ZECUが登場する前からみんな興奮している。晴れているとはいえ、二月の寒空の下、屋外会場はとても寒くて、でもそんな寒さを吹き飛ばすくらい熱気が会場を包みこんでいた。
いつもの私なら、周りの女の子達と一緒になって盛り上がれるのに、今日は自分でも分かるくらいテンションが低い。
憧れのミッキーを間近で見ることができる機会だっていうのに、ぜんぜん気分が盛り上がらない。
それもこれも全部ぜんぶ、ダサ男のせいよ――っ!
先生に手伝いを頼まれて居残ったあの日から、頭の中からダサ男のことが消えない。
雨の翌日、渋々貸してもらった――決して、私が貸してほしいって言ったわけじゃないけどっ! ――傘を返しに一組に行って、その後もなんだかんだとダサ男と接触することが多かった。
まあ、同じ学校で同じ学年なんだから当然というか仕方ないというか――
あのボサボサの髪型、暑苦しいくらい量の多い前髪、それに隠されて見えない瞳、すごく丸まった猫背、ボソボソとした喋り方、のっそりした動き――それらすべてが私が嫌悪を抱く男子像に当てはまって、鳥肌が立つ。
ダサ男が目の前に現れるたびに希に冷やかされてうんざりしてたけど、でも、冷静に考えてみると、希の言うことは正論に聞こえた。
実際、何度も助けられて優しい人なんだって気づいてしまった。
自転車倒した時だってみんな笑って見て見ぬふりして、本当に恥ずかしくて――
図書館の時だってあの本がなかったら、きっと私は宿題が出来なかった。雷雨の放課後だって、もしあの場にダサ男が現れなかったら、私は一人で雷に耐えられた……?
ほんとに何度もピンチを助けてもらってるんだって思い知って、自分の傲慢な態度が恥ずかしくなる。
それでもやっぱり、ドキドキとときめいたりもしない。
そんなことを考えてしまったのは、私の中でダサ男に対する警戒心がだんだん薄くなってきていたからなんだろうけど、私はそのことにまだ気づいていなかった。
ステージ上に司会者が出てきて、もうすぐ憧れのアイドルが登場することに会場がそわそわとし出す。
「それでは登場です――」
司会者が一礼して下がり、会場のライトが輝きだす。
「キャァァァァ――――ッ!!!!」と会場に黄色い悲鳴がこだまして、隣に立っている啓ちゃんだって、ぴょんぴょんととび跳ねて黄色い声をあげている。
でも、私は自分の胸に手を当ててぎゅっと眉根を寄せる。
ステージのセリが押し上がり、そこにZECUのメンバー四人が登場し、一気に会場の熱が上がる。
それなのに――私の心はドキドキしない。
眩しいスポットライトを浴びて、麗しい笑みを浮かべてるミッキー。女の子よりも優美な顔、薄茶のサラサラの髪が頬にかかって、ファンの声援に答えるように手を振る。
「今日は僕達ために来てくれてありがとう。それでは新曲を聞いてください」
ZECUのリーダーが言い、曲が流れだす。
興奮状態の会場で人の波がうごめいて、もみくちゃにされる。横から後ろから人に押されて、なんとか踏ん張ろうとするけど上手く足に力がはいらない。
周りの子達と違って数時間ほとんど動かずに立っていたから、足先が冷えてカチカチに凍っていた。
黒い人波が大きく揺れて、足がもつれて視界が反転する。
体が倒れていく中、一瞬だけ、ステージ上のミッキーと視線があったような気がした。
視界の端を新曲に合わせて踊るアイドルの姿がかすめ、悲鳴と床に何かが倒れた音が耳の奥に響いた。




