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第7話  稲妻の鼓動



「きゃあぁぁぁ――――っ!?」


 稲光に悲鳴を上げて、思わずダサ男に抱きついていた。

 だけど、ダサ男に対する嫌悪感とかそんなものはどこかに飛んでて、雷に対する恐怖でいっぱいで、藁にもすがる思いだったの。

 ゴロゴロゴロ、ゴ――――ンッ!!!!

 地面を割るようなすさまじい雷鳴に体を震わせる。

 とにかく怖くて怖くて仕方がなかったの。

 雷が鳴り終わっても、すがるように服を掴んで、怖さを振り払うのに必死だった。それがダサ男なんだってことも忘れて――

 ザァー……っと雨の音が遠くに聞こえて、低く穏やかな声が聞こえる。


「大丈夫ですよ、大丈夫……だから」


 優しい声に顔をあげると、前髪の奥の瞳がふわりと甘美な光を放つ。

 それから、ぽんぽんって触れるか触れないかの強さで頭がなでられる。その手から、優しさと戸惑いが伝わってきて、胸が締めつけられる。

 だって、私が近づかないでって言ったのに、雷が怖くて私からダサ男に抱きついていた。

 ダサ男が戸惑うのも無理はないと思った。

 私はダサ男のシャツを握りしめていた手を戸惑いながらゆっくりと離し、じりっと後ろに下がってダサ男との距離をとる。

 乱れた前髪の奥で澄んだ瞳がきらめいて、私を見つめてくる。その瞳から視線がそらせなくて、ドキドキと鼓動が速くなる。

 さんざんダサ男に酷い態度とってきたのに、ダサ男は雷が怖くて動くことが出来ない私の側を離れようとはしない。

 その優しさが、心にしみる。

 きっと今、ダサ男がいなくなってしまったら、一人っきりに耐えられなくて、こんな雷雨の中帰ることも出来ないだろう。

 耳の奥でうるさく鳴り響く鼓動に、これがときめきなんだって誰かがささやくから、私は頭を左右に勢いよく振ってそれを否定する。

 違う、こんなのときめきなんかじゃない。こんなのただの吊り橋効果よ――

 こんな状況じゃなかったら、ダサ男にドキドキしたりなんかしない。

 そう自分に言い聞かせて、それがダサ男にときめいていることを認めてしまったと気づく。

 私はうなだれるように俯いて、口元に苦笑いを浮かべる。

 ほんと、最悪――

 ダサ男と関わると、碌なことがない――

 小さな声でつぶやいて、ゆっくりと立ちあがる。



 いつの間にか雨は小降りになっていて、これならバス停まで行けそうだった。


「世良さん、傘、ないんですか?」


 必死に視界と思考からダサ男のことを追い出していたのに、ダサ男が腰をかがめて私の顔を覗きこんで来る。

 しかも、なんか私の名前知ってるし……

 まあ、特進クラスで常に試験で学年上位の頭がいい――らしい――ダサ男なら、学年全員の名前を覚えていてもおかしくなさそうで、ひくっと口元を引きつらせる。


「天気予報で雨降るなんて言ってなかったから」


 素直に答える必要はなかったかもと思いながら、さっき、近づかないでとか酷いことを言ってしまって少し負い目を感じて、無視することはできなかった。


「それなら、この傘、使ってください」


 言って差し出されたのは、ダサ男よろしく、真黒なメンズもんの傘。しかも、取っ手がJ型じゃなくてI型の木製……


「えっ、いいよ……」


 ぶるぶると寒気に背中を震わせて断ったんだけど、ダサ男が口元に薄い笑みを浮かべる。

 その不気味な笑みに身構えたんだけど、カタンッという音に首を傾げる。

 ダサ男は、手に持っていた傘を下駄箱にたてかけると、ゆっくりと踵を返して昇降口を出る。


「えっ!?」


 呼びとめる間もなく、外に出たダサ男は、雨の降りしきる校庭を走っていってしまった。

 雨の中、ダサ男の姿が見えなくなっても、私はしばらく呆然とその場に立ちつくした。

 ぽつんと置かれた傘に視線を向け、雨の中に視線を戻す。

 これで濡れて寒い思いしなくてすむのに、なんだか嬉しくなかった。



 どうしてダサ男は、私に傘を貸してくれたんだろう……?

 傘を貸したら、自分がずぶ濡れになるのに。

 悲鳴を聞いて心配して駆けつけてくれたダサ男に、近づかないでなんて酷いことを言ったのに、そのことについて何も言わなかったダサ男。ただ、少し寂しそうに瞳を陰らせて私を見ていた。

 頭に触れた手は温かくて、ダサ男なのに――って思う反面、安心していた私はなんなんだろう。

 さっきっから鳴り続ける鼓動に、かぁーっと顔が真っ赤になっていることに、気づかないふりをした。




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