第6話 ラブ×ハプニング
放課後、帰ろうとしたところを担任に呼びとめられて、私のテンションはガタ落ち。そんな心情を表したように、窓の外にはどんよりした雲が広がっていく。
「悪いな~、世良。先生は職員会議があるから、全部閉じ終わったら、職員室の先生の机の上に置いといてくれ」
そう言って両手にずっしりと重い紙の束を渡し、先生は職員室を出て行ってしまった。
悪いと思うなら頼まないでよ――そう私が文句を言う暇もなく。
二学年の先生の机には誰も先生は残っていなくて、一年と三年の先生が数人残っていた。
私は重たい紙束を持って、職員室から階段を登って教室に向かう。教室に誰か残っていたら手伝ってもらおうって思ったのに、誰もいなくてガクッと肩を落とす。
いつもだったら、まだ誰かしら残っていてもいいような時間なのにな。
とことん運がついてないって思いながら、しぶしぶ、机の上に紙束を置いて、ロッカーからハサミとホッチキスとのりの入っている袋を取ってくる。
隣の席にいちお「借ります」って言ってから席をくっつけて作業を始める。
先生に渡されたプリントには、「春ハイキング」と書かれている。おそらく、春休みに希望者で行うハイキングのしおり。
うちの学校はこうやって季節ごとにいろんな行事が行われて楽しいんだけど、こういうのは学級委員とか春ハイの実行委員に頼んでほしいものだ。
たまたま廊下を歩いていたからって私にしおり作りを押し付けるなんて、先生酷すぎる……
って、ぶつぶつぐちりながら、手は必死に動かす。せめてもの救いなのが、プリントが全部半分におられていること。
ページ番号順に一からテーブルの端に並べて、一番最後にホッチキスを置く。それから私は、一枚ずつ順番にプリントを取って、最後に綺麗にまとめてホッチキスで二ヵ所止める。
ぐちりながらやるのは、私も春ハイに参加するから。まったく自分に関係ないことじゃないから、半分くらいは仕方ないって気持ちになる。
黙々と作業を続けて、一時間以上が経った頃、窓に視線を向ければ、どんよりとした雲が空を埋め尽くしていた。
今にも、ゴロゴロ……っとか、雷が鳴りそうな雲行きに、ぞくぞくっと背筋を震わせる。
うっ……私、雷って苦手なのよね……
天気予報では今日、雨降るなんて言ってなかった。ロッカーに置き傘してた折りたたみは、この前使ってまだ家にある。
雨が降ったら困る――そう思った瞬間に、ザァーッと降り始めて、私は手に持っていたしおりをぱさりと落としてしまった。
まだ閉じていなかったしおりは、ぱらぱらと足元に散らばる。だけど、それをすぐに拾う気にもなれなくしばらく呆然としていると、教室に先生が現れた。
「おっ、なんだ、世良一人でやってたのか?」
「はい……もうみんな帰ってて誰もいなかったんです……」
「そうか、それはすまんかった。一人でやって大変だったろう?」
「ええ、それはもう……」
ボソッと聞こえない様な声で言って、恨めしげに視線をあげる。
先生には聞こえなかったらしく、不思議そうに首を傾げてる。
「雨も降ってきたし、ここまででいいぞ。ごくろうさんっ! 気をつけて帰れよ」
「はーい。さようなら」
私はホッチキスを袋にしまうと、椅子にかけていたコートを羽織って、ロッカーに道具を片して昇降口へと降りて行った。
だけどさ、帰るにしてもこの雨の中どうしよう――って途方に暮れる。
普段、雨の日はバス使ってるんだけど、傘がない今、バス停までこのどしゃぶりの中を走っていくことになる。
正直……運動は苦手。走るっていっても、歩くよりほんの少し早いくらいなんじゃないかなって思うくらい。
学校から一番近いバス停は、校門を出て少し行ったところだから、近いには近いんだけど、雨に濡れるのは躊躇する。
だって濡れたら寒そう……
自転車で帰るなんて、完全にずぶぬれになるからあり得ないけど、せめて小ぶりになるまで待つことにする。
家の近くのバス停まではお母さんに迎えに来てもらえるかメールで聞いて、私は昇降口で靴を履き替えてその場に座る。
だけどいくら待っても、雨の勢いがおさまる感じはしない。むしろ、空には黒い雲が広がり当分雨がやみそうな気配はない。
諦めてバス停まで走ろうと思った時、空がピカッ――っと光る。
「きゃあぁぁぁ――――っ」
大きな悲鳴を上げて耳をおおう。
ゴロゴロゴロ、ゴ――――ンッ!!!!
すさまじい落雷の音が響き、その場に下腿をつけて丸まる。音の大きさに、近くに落ちたことが分かって、体を小刻みに震わせる。
なんで、こんな一人の日に限って、雷が鳴るのぉ――!?
雷の恐ろしさと一人だということの不安に、起き上がることも出来なくて、頭を抱えてその場にうずくまっていると、ザァーっと降りしきる雨音の中に足音が聞こえ、低く澄んだ声が聞こえた。
「大丈夫……ですか?」
人がいたことにほっとし、声のした方に恐る恐る顔を向けると、隣の下駄箱から男子生徒が駆けつけてくる。だけど、その男子の顔を見て、私の顔がピクッと引きつる。
こんな心細い状況で現れた男の子がヒーローに見えたのに、それがダサ男だったから、雷に対してとは違う恐怖にぶるぶると体を震わせる。
なんで、ダサ男がいるのよぉーっ!?
まあ、ここの生徒なんだからいてもおかしくはないんだけど、雷の怖さも忘れて、ぶるぶると怒りがこみ上げてくる。
ゆっくりと私に近づいて来たと思ったら、片膝を床について私に手を差し伸べる。
その格好だけなら、まるでおとぎ話に出てくる王子様みたいだけど――って、こんなこと考えるなんて順子さんの乙女チックな思考にやられたのかしら……
そこにいるのは、ボサボサの髪の、暑苦しい前髪の、ぽってりした唇のダサ男なんだよ――っ!
ときめきとかあり得ない!
今日、すでにダサ男にあって全身鳥肌になって震えが止まらなかったっていうのに、こうしてまた会ってしまったことに悔しくなる。
なんで、私の前に現れるのよぉ――っ!?
床に膝から下とお尻をぺちゃりとつけて、肘までついて頭を抱える格好で、憎々しくダサ男を睨み上げた。
「近づかないでっ」
雷に驚いて腰を抜かしている状況で、精一杯の虚勢を張る。
ダサ男が私になにかしたわけじゃない。でも、ダサ男が目の前に現れると、イライラしてどうしようもなくなる。
私の言葉にぴくっと肩を揺らし、私に伸ばされかけていた腕が止まる。長い前髪の奥の瞳が一瞬、切なげに光った気がした。
傷付けた――
そう思っても、ダサ男に対する拒否反応は自分でもどうしようもできなくて。だけど――
ピカッ――ッ!
空に青白い稲妻が走り、薄暗いあたりを照らす。
「きゃあぁぁぁ――――っ!?」
悲鳴を上げると同時に、ダサ男に抱きついていた――




