第5話 現実逃避
「遅いと思ったら、そんなことがあったんだぁ~?」
ちゅるちゅる~っと紙パックの牛乳を飲みほした希が、しまりのない顔でにやつく。
「もうっ! ほんとに鳥肌ものだよっ」
悲鳴のような叫びをあげて、私は寒さに震え上がる。
「ってか、なんで今日、屋上なの……」
特別教室から全力疾走で教室に戻ると、お弁当を食べてるはずの希達はいなくて、私の机の上に、「今日は屋上ランチ」って書かれたメモが置かれていた。
私は一人でランチするなんて考えられなくて、コートを着込んでマフラーも引っ張り出して、完全防備の格好で屋上に行ったんだけど、こんなに着こんでても寒い。
「だって、いい天気だったから」
「確かにそうだけど……」
今日は雲ひとつない晴天。冬らしい高い空は澄みわたるブルーで、とっても空気が澄んでいて、お日様はぽかぽかとする。だけどさ、屋上って風が強いのよっ。どんなに日差しがあっても寒すぎる。私は雪だるまみたいなもこもこの状態でさらに縮まってお弁当を食べる。
「窓際二列目の一番後ろの席って言ったら……」
そう言って希は思考を巡らせる。
選択授業はいちお席は自由で、毎回同じ場所に座らなくてもいい。まあ、だいたいみんな定位置になっているけど、私は自分たち以外誰がどこに座っているかなんてぜんぜん気にしたこともない。
そう言うと、「あんたはそうでしょうね」ってちょっと馬鹿にした感じで笑われて、なんかヤなカンジぃ――っ!
「それってさ、たぶん一組の植草 優真だよ」
「うえくさ ゆうま……」
私はぼんやりとその名を繰り返す。
「一組の植草君っていったら、試験で毎回上位に名前のってる?」
横でお弁当を食べていた梨佳ちゃんが首を傾げる。
試験で毎回上位――
あのダサ男が頭いいなんて思えないけど、梨佳ちゃんが嘘を言ってるとは思えない。向かいに座った希も頷いてるし。それに、一組っていったら特進クラスじゃん。一年の時は入試の結果の上位四十人、二、三年はその前の学年の一年間の成績上位者がそのまま選ばれる特進クラス。その一組にいるってことは、ダサ男が成績いいっていうのは間違いない。
外見で人を判断しちゃいけないってわかってるけど、ダサ男が私よりも成績がいいなんて――ショックだった。
信じられない情報を頭から消し去りたい気分に、眉根をぎゅっと寄せる。
「ふ~ん、美結のいうダサ男が植草君ねぇ~」
なんだか含みのある言葉をつぶやいた希は、にやにやっとからかうような笑みを私に向ける。
「なっ、なに……?」
「えー、だってねぇ?」
そう言って順子さんと梨佳ちゃんに相づちを求め、二人は苦笑する。
私はなにがだってなのかわからなくて、なんだかムッとする。
「自転車倒した時にはみんなが知らんぷりするなか助けてくれて? 図書館での偶然な出会い?」
「同じ本を同時にとろうとしたなんてロマンチック」
ぽそりと梨佳ちゃんが可愛い声で言葉を挟み、希がうんうんって頷きながら言葉を続ける。
「最後は教室で、ちらばったプリントを拾ってくれる――それってさ、運命じゃん!? 恋がはじまるシチュエーションを何度も同じ相手と繰り返すなんて運命だよっ! もうドキドキの胸きゅんでしょぉ~」
胸を両手で押さえてはぁ~っと甘ったるい吐息を出した希に、いぶかしんだ眼差しを向ける。
「運命なんて感じないけど? それにさ、それって最後にダサ男じゃなければ――って条件付きじゃない?」
私が冷めた声で言うと、希が明らかに気分を害した顔をして私を睨む。
「ダサ男だっていいじゃない! そんな何度も助けてくれて、宿題に必要な本だって譲ってくれるなんて、優しい人なんでしょー。ちょっとぐらい不細工でもさぁ~」
最後の言葉が、なんだかひとごとだからって楽しんでいる感が伝わってきて、ギロっと希を睨んでやった。
マジで、ひとごとだと思って――
そりゃあ、さっ。初めて助けてもらった時は、その優しさにドキッとした――かもしれないけど、あのボサボサの髪型、暑苦しいくらい量の多い前髪、それに隠されて見えない瞳、ぜったい目―悪くなるよ、あんな髪型! それにすごく丸まった猫背、ボソボソとした寒気する喋り方と、のっそりした動き。
もう、あのダサ男のなにもかもが受け付けないんだから、ぜったいに恋とかあり得ないから!
でも――
そこまで考えて、教室で見上げた背の高さ、揺れる前髪の奥にのぞいて見えた澄んだ瞳を思い出して、急激に鼓動が速くなる。
なに、なんなの――!?
かぁーっと血がのぼるのを感じて、私は必死に考えそうになった思考を追い払う。
あり得ない! 断じて、ないっ!
例え、あいつがいい奴で、綺麗な目をしてたとしても、私はあんなダサ男には金輪際関わり合いにならないのよぉーっ!!
そんな決意をしたのは、ほんの二時間前のことなのに、どうして私の横にダサ男がいるの!?
いますぐ、気絶出来たらいいのにぃ――……!!




