第3話 鳥肌注意報
月曜日の放課後、倫理で宿題が出され、それに必要な本を探しに図書館に向かった。ソクラテスとかプラトンとかアリストテレスとか、ぜんっぜん授業で言っていることは分からない。ほんと意味不明。だけど、宿題はやらなきゃいけないじゃん。
で、その宿題をやるのに本が必要で、めったに行かない図書館に私は向かった。
本当は希達も誘ったんだけど、希はお兄さんがその本を持っているから図書館には行かないって言うし、順子さんと梨佳ちゃんは部活があるからって断られてしまった。
私はしぶしぶ一人で図書館に向かい、案内板を確認しながら目的の本がある本棚へと行く。
宗教とか心理学とか哲学関連の本が並ぶ中から、それらしい本を探したんだけど見つからない。うーうー唸りながら、そのあたりの本棚をぐるっと見回ったんだけど見つからない。自力では見つけられないと諦めて、仕方なくカウンターへ行って司書さんに尋ねる。
そうしたら、宿題の参考になりそうな本が一冊だけまだ貸しだされてないで図書館の中にあるという。本棚にはなかったことを伝えると、誰かが間違って他の本棚に片したのかもしれないと言われ、私は半分やけくそで図書館中の本棚を探すことにした。
探し始めてから十分ほどで目的の本を見つけることが出来たんだけど、一番上の棚にあるその本は、百五十五センチの私が手を伸ばしてやっと届くって高さにある。近くに踏み台が置いてあったけど、つま先立ちになればギリギリ手が届いたから、意地になって背伸びする。
届いた――そう思った時、私が本を引っ張り出すのと同時に誰かの手が重なって本を取り出した。
「えっ……!?」
私は驚きの声をもらして振り仰ぐ。そして悲鳴を上げる。
「きゃっ……」
だって、無理して背伸びしていた体勢から上を向いたからバランスを崩して後ろに倒れてしまったの。
頭とか背中に感じる衝撃に備えてぎゅっと目をつぶったんだけど、いつまで待っても痛みを感じない。そぉーっと目を開けてみれば、男の子が私の肩に腕をまわして、支えてくれていた。
しかもその男子っていうのが――自転車置き場で会ったダサ男だったから、驚きに目を見開く。
ダサ男ぉ――――っ!?
ぶわりと全身に鳥肌が立つのを感じながら、慌ててその男子から離れる。
なんでこの男がいるの――? 訝しげに見上げて、彼の手にある本を見つけて大声をあげていた。
「あーっ!!」
私が指さした先、ダサ男が持っているのはいま私が取ろうとした哲学の本だった。
ダサ男は相変わらずの丸まった猫背で、ゆらっと動くから、悲鳴をあげそうになるのをなんとか押さえる。
うっとおしい量の前髪に隠されて瞳は見えないけれど、私と視線が合っているように感じて全身を震わせる。
わぁー、やだ。関わりたくないっ! でも、やっと見つけた私の本……
私からちらっと手に持っている本に視線を向けたダサ男が、私を振り向く。
「この本、君も、借りようとしてたんだね……」
「うっ、うん」
「じゃあ、どうぞ……」
はいっと言って、あっさりと本を渡されて、面食らう。
「えっ、でも……」
もちろん、譲る気なんてないけど、良心がいいのかなって疑問を投げかける。
だって、他のクラスでも倫理の授業で同じ宿題が出たって聞いたもの。だから図書館の宿題に使えそうな哲学関係の本がぜんぜん残ってないわけで、これが最後の一冊なんだよ……
ダサ男もこの本を探していたってことは、この本がないと宿題が出来ないってことで……
ってか、同じ二年なんだって情報に気づいて、だからなによって自分に突っ込む。
そんなことをグダグダ考えていたら、ゆらっと男子が動いたのに気づいて、ビクッと肩を震わせて、顔をあげる。
「僕は、他の本、探すから、気にしないでください」
「気にしてなんて……っ」
反射的にそう言ってしまい、私はぎゅっと唇を噛みしめる。この言い方じゃ、気にしているってバレバレだよー。
ダサ男はぽってりとした唇に薄い笑みを浮かべると、踵を返して行ってしまい、私はその後ろ姿を呆然と見送るしかなかった。
なんなの――!?
我に返ってから、私はぶつぶつと文句を言う。もちろん独り言だけどさ。
だってさ、他の本を探すも何も、この本が最後だって知ってたから、あんな倫理とは関係ない本棚を探していたんじゃないの? この本が必要なくせに、あんな見え見えの嘘ついて――
はらわたが煮えくりかえるような思いでぐちって、それから怒りの感情がすっと引いていく。
分かってる、私のためなんだって。でもなんだかそれが余計にむかついてしょうがない。
なんなんだろう、この気持ち。ムカムカする胸を押さえて、私は首を傾げる。
やっぱ、ダメだ。ダサ男に関わるとろくなことがない。まだ鳥肌が引かないんだけどぉー!!
ほんと、金輪際、ダサ男と関わりあいになりませんように――
パンパンっと柏手を打って、心の中で真剣に願った。




