第16話 踏み出した一歩
ちょっと待って……
そういうことかって、どういうこと……!?
まったく状況が理解できなくて、ぽかんと口を開けたまま隣に立つミッキーを見上げると、ミッキーも私同様、呆然としている。
それから、はぁーっと肩を揺らしながら大きなため息をついて、顔を傾げて私を見たミッキーの瞳が切なくきらめく。
「あー、あいつ、僕が美結と付き合うつもりだって勘違いしてるんだ」
私とミッキーが付き合う……って、どこをどう見たらそんな誤解をするのか理解できなくて、うさんくさそうな目をミッキーに向けてしまった。
だって、アイドルのミッキーと私が付き合うなんて、それこそあり得ないじゃんっ!
私がもっと驚くと思ったのか、うさんくさそうな視線が気に食わなかったのか、ミッキーは唇をぎゅっと噛みしめて不服そうに鋭い眼差しを向ける。
「僕にそんな顔しても仕方ないだろ」
ほんと、そのとおりで……
なんなのダサ男はっ!
私はダサ男に話があってこんなとこまで来たのに、勝手に誤解して、勝手に話を終わらせて行っちゃうなんて、信じられない。
体の奥からムカムカとした気持ちがこみ上げてきて、私は衝動のまま駆けだして長い足でさくさく歩くダサ男を追い越して前に回り込む。私が追いかけてきたことに驚いたダサ男が足を止めて、ゆらっと肩が揺れる。
私は俯いてきゅっと唇を噛みしめてから、ダサ男を振り仰いで一気にまくしたてるように口を開いた。
「勝手に自己完結しないでよ。私がこんなとこまで来たのは、あんたに話があったからなのに……」
「えっ……?」
ダサ男の口から動揺した声が漏れて、私はキッと瞳を鋭くする。
「私は、あんたみたいなダサい男タイプじゃないんだからっ。だいたい男子なんて下品なことばかり考えてて乱暴で、平気な顔で浮気するし、汚いしなんか匂うし、側に近寄られただけで全身鳥肌立つし。むさくるしい男子は嫌いだし、たとえ見た目が王子様でも恋なんかはじまらない。私の心を揺さぶるのはミッキーの笑顔だけなんだから仕方がないじゃないっ」
息継ぎなしで言った私の言葉にダサ男が押し黙って、私達の側にきていたミッキーが複雑そうな笑みを浮かべてダサ男をちらっと見た。
「でも――」
細く長く空気を吸い込んで、私はまっすぐにダサ男を見上げる。
「普段の私はどんなに男子に嫌悪感抱いていても、普通に接してこれた。どんなにダサいって思っても気にしなかった。むしろ、ダサいって思ったら思考から即座に消去するよ。考えるのだけでも嫌だもんね。それなのに、ダサ男を見た瞬間、嫌悪感にざわっと鳥肌が立って、同じ教室にいると思っただけで落ち着かないし、ムカムカするし、イライラするし。こんな感情自体、男子に抱いたことなかったのに」
喋ってたらいろんな気持ちがこみ上げてきて、頭の中ぐちゃぐちゃで、なにが言いたいのか分からなくなってくる。本人目の前にダサ男って言っちゃったことも気づいてなかった。
「ダサ男だけが例外だった……こんな男って思ってたのに頭から離れなくて、何度も助けてもらって優しい人だって知っちゃったら、嫌いになれないよ。あの時だって……」
いつのまにか、ポロポロと涙がこぼれ落ちて、嗚咽交じりの言葉になる。
「ステージの上で輝くアイドルじゃなかった……倒れた私を助けてくれたのは、いつだってダサ男だった……運命感じたのはダサ男だったのよ……」
涙でにじんだ視界の先、瞳は暑苦しい前髪に隠されて、ダサ男がどんな表情をしているのか分からなかった。
「私のこと、外見で人を判断するって軽蔑しててもいい……でも、植草君がどんな外見でも優しい人だって思ってるってことは、信じてほしい。それだけ言いたかったの」
ぐす……って涙と鼻水をすすって、手の甲で拭う。
「じゃあ、私は帰るから……」
言いながらダサ男から視線をそらして歩き出した私は、強い力で腕を掴まれて驚きに顔をあげる。
そこに息が止まるほど綺麗な瞳があって私を見つめているから、ドキドキと鼓動が駆けだす。いつのまに前髪をかき上げたのか、ダサ男じゃなくて端正な顔が上から私を見下ろしていた。
「世良さん、それは俺のことを好きってことだって思っていいんですか――?」
美しい瞳の中にうっとりするほど甘い光がきらめいて、私を射とめ誘うように揺れていて、かぁーっと自分でも分かるくらい顔が赤くなってしまう。
ダメだ……、ダサ男相手ならとんでもないことでも言えるのに、この瞳に見つめられると頭がぼぉーっとしちゃう。
「うっ……あっ……」
「ん?」
言いくるめるような魅惑的な瞳で聞き返されて、私は頷かずくしかなかった。
植草君は私の手を両手で優しく握って、にこにこと嬉しそうな笑みを浮かべてる。その笑顔に逆らえなくなるっていうかなんというか……
うぅ……っと言葉に詰まって俯く。
好きって言葉を言えなくて誤魔化したのに、それすらも見透かされたように感じて、なんだか悔しい。
「やっぱ詐欺だ……」
横向いてぼそってつぶやいた声に、ミッキーが吹き出してお腹を抱えて笑いだした。
私は繋がれていた手をぶんって振ってふりほどく。そんな私を植草君はキョトンと見下ろして、ふっと甘い笑みを浮かべた。
「好きですよ、世良さん」
極上の笑みを浮かべられて、その眩しさに私はつま先立ちになってぐしゃぐしゃって植草君の前髪を下ろす。
「よしっ」
「なにがですか……?」
ふんって荒く鼻息を吐き出して言った私に、ダサ男は不服そうに前髪をかき分けて私を見た。
「絶対、明日からもこの姿で学校に来てよねっ!」
念を押した私に、植草君は首を傾げる。
「なぜです? 世良さんはダサ男は嫌いなんですよね? それなら……」
「いいからっ、いつも通りのもさもさの髪型に暑苦しい前髪、それにすごく丸まった猫背とボソボソとした寒気する喋り方とのっそりした動きでいてよねっ」
ぜいぜいしながら言うと、植草君は綺麗な眉をわずかに持ち上げて、私を見下ろす。
「そんなふうに思われていたって分かったら、今まで通りのスタイルでは行けないですよ」
「ダメっ! 絶対ダメぇ~~っ!!」
こんな姿で来られたら、私の心臓が持たないっ。
「はぁ……わかりました」
納得いかないという顔でそう言った植草君に、私ははぁーっと大きなため息をついた。
ダサ男を好きだと認めたら、なんだかすごく端正な人がついてきたんですけど……
恋愛初心者、なめんなよぉ……
恋の分岐点に迷い込んだ私は矢印の下に書かれた「恋が始まる」と「恋が始まらない」の案内標識を見上げて、「恋が始まる」クロスロードに一歩踏み出した。
さあ、この恋の行き先は――?
これにて完結です!
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