第15話 まがり角にご注意
「一目惚れっていうのかな? しかも春になって高校に進学したらその女の子と再会。こんなシチュエーション、運命かんじるだろ――?」
まさにピンチに現れる王子様じゃん――っていう順子さんの声と。
同じ本を同時にとろうとしたなんてロマンチック――といった梨佳ちゃんの声と。
恋がはじまるシチュエーションを何度も同じ相手と繰り返すなんて運命だよ――っていった希の声が、ミッキーの言葉と重なって、頭の中をぐるぐるとめぐる。
二年前、ZECUのコンサートで私のパスケースを拾ってくれたのがダサ男で、ダサ男が私に一目惚れ――?
ダサ男が私のことを好き――……?
憧れのミッキーの言葉なのに、自分に都合の良すぎる展開に、その言葉を信じる勇気が持てない。
黙りこんだ私を見て、ミッキーが困ったように目元を細めて顔を傾げる。
「僕はよく優真から美結の話を聞いてたんだ。優真はパスケースの名前を見て美結の名前を知っていたし、高校に入ってすぐに君に気づいた。時々、話の中に美結の名前が出てきて、僕は優真の恋が上手くいけばいいって思ってた。だから、昨日のイベントで優真が飛び出していったのを見て、僕はすぐに君が美結だって分かったよ」
ああ、それで。
「ミッキーは私の名前を知ってたんですね」
信じ難かった話が嘘のようにすぅーっと体にしみ込んで、穏やかな気持ちになる。
「僕の勘は当たるよ――」
真剣な表情でミッキーがまっすぐに私を見つめるから、ドキンっと胸が跳ねる。
えっ、なんのこと?
意味が分からなくて首を傾げた私に、ミッキーが空のティーカップをくるっと回して、口元に薄い笑みを浮かべた。その表情が儚くて、胸にしみる。
「美結も優真のことが好きだろ――」
きっと、ミッキーの瞳があまりにも澄んでいて、嘘がつけなかったんだ。
「はい――」
私は小さく頷いて、膝の上に置いた両手をぎゅっと握りしめた。
「やっぱりね」
ミッキーはそう言ってくすっと笑った。
「あいつは、美結が僕のファンだから優しくしろとか言ったけど、本音は自分の好きな子だから意地悪されたくなかったんだよ」
その言い分はよくわからないけど、ダサ男の言葉に傷ついていたことを見透かされて、慰めようとしたんじゃないかなって思えた。
ダサ男も、私に運命を感じてくれたのだろうか――
もしそうなら、私は自分の素直な気持ちを伝えてもいい?
希の言葉が私の背中を押して、いてもたってもいられなくなる。
「あの、ダっ……植草君の家ってこの近くなんですか?」
ダサ男と言いそうになって、慌てて言い直す。あぶない、あぶない……
「なんで?」
目をすがめてミッキーが尋ねる。
「植草君と会って話がしたいんです、いますぐ」
テーブルに身を乗り出して鼻息も荒く言った私に、ミッキーがくしゃっと顔に笑い皺をきざむ。
土手で話しかけられた時、ミッキーはうちの学校からの帰り道って言ってた。ってことはミッキーの家――とダサ男の家――はこの辺りなのかなって思って。
ミッキーが教えてくれたダサ男の家は思った通り、近くだった。最寄駅でいうと、私の家の最寄り駅とは隣の駅の近くになるんだけど、距離にしたら自転車で十五分くらい。行けない距離じゃない。
ミッキーの話を聞いて、希の言葉に背中を押されて、ダサ男に対して抱いてる気持ちをすべてぶちまけたい気分で、その勢いのまま立ち上がる。
「教えてくれて、ありがとうございます」
ミッキーにお礼を言ってダサ男の家に向かおうとしたら、ぐいっと腕を引っ張られる。
見上げると、にやりと意地悪な笑みを浮かべたミッキーがいて呆然とする。
「優真のうち行くなら、車で一緒に行こう」
「大丈夫ですよ、自転車で行けるんで。場所を教えてもらえただけで」
「どうせ僕も優真のうちに行くから」
「でも、私自転車なので……」
一度、家に置いてくるかどうにかしないと……そう思ったら。
「自転車なんて車に乗せればいいだろ」
っていうミッキーの言葉になにも反論できなくなって、なんだかウキウキしてるミッキーに引っ張られる形で、近くのパーキングに停めていた車まで連れていかれて、後部座席にちょこんと座らせられ、荷室に自転車が置かれ、助手席に座ったミッキーの合図で車が走り出した。
※
車は見知った道をしばらく走り、区画整理の行われて綺麗になった駅前を通り過ぎて住宅街を少し走り、青い屋根の家の横で停まった。
「ついたよ」
振り返ったミッキーが言って、運転席に座っているマネージャーさんの方を向く。
「桐山さん、悪いんだけど、帰り美結のこと送ってくれる?」
「わかりました」
「えっ、悪いです。道も分かるので、帰りは自転車で帰ります」
「美結……?」
ミッキーが不服そうに眉根を寄せるが、私も頑として譲らない。
しばらくにらみ合いが続いて、マネージャーさんがふぅーっとため息をついてミッキーの肩を叩く。
「幹君、美結さんがいいって言ってるんだから、ここは君が折れようね」
柔らかい口調で言うマネージャーさんは、テレビの中のミッキーとなんだかかぶる。もしかしてミッキーは、猫かぶる時マネージャーさんの口調をまねてるのかな……?
「わかったよ」
ぷいっとふてくされて私から視線をそらしたミッキーは、マネージャーさんに自転車を下ろすように言って、自分は後部座席のドアを開けて、車から降りようとした私の手をとって支えてくれた。
こんなふうにされるとミッキーが本当の王子様みたいに見えて、ふふっと笑みがもれる。
「ありがとうございます」
こんなこと自然にできるなんて、ミッキーってすごいんだなって思った。でも。
「幹? 世良、さん……?」
その声に振り返ると、制服姿のダサ男がこっちに歩いてくるところだった。
「おう、優真」
ミッキーが片手をあげると、ダサ男はくしゃっと前髪をかき上げて、そこに植草君が現れる。その瞳は驚きに揺れていて、ドキドキと鼓動が速くなる。
ダサ男に会いに来たのに、ダサ男じゃない植草君が目の前にいると、なんだか調子が狂う。
「どうして、世良さんがここに……?」
その問いは、誰にといわけではなくぽつっとつぶやかれる。
「ああ、僕が呼んだんだよ」
「幹が……?」
ゆっくりと言葉を反芻した植草君は、私とミッキーを交互に見比べて、口元に薄い笑みを浮かべる。
「そう、そういうことか。はは……」
乾いた笑いをもらした植草君は、ぐしゃっと前髪に手を入れて掻きむしって下ろすと、ゆっくりと私とミッキーの横を通り過ぎて行った。
前髪を下ろす瞬間、瞳の中にやりきれないほど切なげな一筋の光を帯びて――




