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第14話  過去の交差点



 土手を少し走ってから下に降り、指定されたカフェを目指す。

 店内に入ると、グレーの帽子を目深にかぶって黒ぶち眼鏡をかけたミッキーがお店の奥の方の席に座っていて、私を見て片手を上げた。

 私は店内を進んで、ミッキーが座る席の向かいの椅子に座る。


「お待たせしました、あの、さっき運転してた人は?」


 席にはミッキーしか座っていなくて、車を運転してた二十代後半の男性が見当たらない。


「ああ、桐山さん? 彼は僕のマネージャーで、いまは車で待っててもらってる。美結と二人だけで話したかったから」


 そう言ったミッキーは、テーブルについた腕に顔を乗せてふわりと微笑む。帽子と眼鏡で変装しててもアイドルのキラキラオーラが全開で、ほんの少し細めた瞳が艶やめいて、ドキマギしてしまう。

 うぅ、アイドルスマイルをこの至近距離で見るのは眩しすぎる……

 私は身じろいで、笑顔が引きつってしまう。


「それで、話って……?」

「ああ」


 ミッキーははにかんで、店員さんが持ってきたミルクティーを受け取る。

 私もミルクティーを頼んで、すぐに運ばれてきたそれに口をつける。熱い液体が体に流れ込んで、生き返る心地がする。二十分以上自転車漕いで立ち話してたから、完全に体が冷えてしまっていた。

 ミッキーもミルクティーを飲んで、それからカチャっとカップをソーサーに戻す。


「昨日はありがとう」

「えっ……?」


 ミッキーにお礼を言われるようなことはした覚えがなくて首を傾げると、ミッキーが薄茶の瞳に甘やかなきらめきを宿して、口元に綺麗な笑みを浮かべる。うっとりするような微笑みを向けられて、ドキドキと鼓動が速くなる。


「僕のこと、素のままでいいなんて言ってくれたのは美結が初めてだ」


 昨日、そんなことを言ったのを思い出して、かぁーっと顔が赤くなる。


「それは……本当にそう感じたから言っただけです」

「うん、だからありがとう」


 そう言って天使のスマイルを浮かべるミッキー。それから眩しい笑みがすっとひいて、ティーカップを口元に運びながらミッキーが言った。


「話っていうのは、優真のこと」


 私は肩を小さく震わせて、目の前のミッキーを見つめる。


「昨日、イベント中に倒れた美結を救護室まで運んだのは、優真だよ」


 思いもよらないことを告げられて、言葉が出ない。

 救護室で目が覚めた時、最初に目の前に現れた植草君を、この人が救護室まで運んでくれたのかなって思ったけど、私が尋ねたら答えてくれなくて違うのかなって思って。そうこうしてたらミッキーが現れてビックリして、そのことをすっかり聞きそびれてしまっていた。

 どこか頭の片隅で、「ああ、やっぱり助けてくれたのはダサ男だったんだ」って思う。


「ステージの横に控えてた優真がすごい勢いで飛び出していって、人混みをかき分けて美結をこう、ね。お姫様抱っこして運んでったんだ」


 その時の仕草をまねたミッキーが、ウインクして見せる。

 私はドクン、ドクンって耳の奥で大きくなっていく鼓動を聞いて、静かな声で尋ねた。


「なんでそのことを私に知らせるんですか――?」


 知りたかったことだけど、知りたくなかった……

 私のピンチを助けてくれたのが、スポットライトに照らされたアイドルのミッキーじゃなくて、ダサ男だなんて――

 こんなの、好きにならないでなんていられないよ――

 ミッキーはコクンと首を横に傾げて、儚げな笑みを浮かべる。


「僕さ、美結のこともっと前から知ってるんだよね」

「えっ? それってどういう……?」

「美結さ、僕たちのデビューコンサートで定期を落としただろ?」


 デビューコンサートっていうと二年前……中学三年の春休みだ。その時のことを思い出して、私は首を縦に振る。

 そういえば、駅を出たあたりで定期を落として、すっごく探して……それでどうしたっけかな??


「その定期を拾ったの優真なんだけど、覚えてない?」


 えっ、私の定期を拾ったのがダサ男……?

 呆然としてる私の顔を見て、ミッキーがふっと目元を細めて苦笑する。


「覚えてないみたいだね……。優真はさ、スカウトを断ったんだけど、社長がすごく優真のこと気に入っちゃって、僕たちのデビューが決まってもまだ優真を芸能界に誘い続けてたんだ。結局、あまりにしつこい社長に優真がおれて、ステージには立たない約束でZECUのマネジャーの手伝いをすることになったんだ。まあ、幼馴染の僕のことが心配だったんだろうね」


 ミッキーはそう付け足して、くすりと笑みをもらす。


「で、あの日も優真は僕達と一緒に会場にいたんだけど、リハとかない優真は一人電車で後から来て、女の子のパスケースを持ってたんだ。なんだよそれって聞いたら、改札出たとこで女の子が落とすのを拾って追いかけたけど渡せなかったって。でもこの会場に入ったから、帰りに渡そうと思うって言うんだ。僕は正直、優真は馬鹿だと思ったね。僕達のデビューコンサートに来てるファンの子は数十人じゃない、数万って数なのに、その中からたった一人の女の子を探そうとするなんて、って」


 ミッキーはふんって鼻を鳴らして、人を馬鹿にするような笑みを浮かべる。その周りに黒い妖艶なオーラが見えてしまった。

 それと同時にその時のことを思い出して、私は口を開く。


「私、パスケースの中にコンサートのチケット入れてたから、中に入れなくてすごく困ったの。受付の人も、チケットがないなら入れられないって言うし、泣きたい気分で……そしたら、そこに男の子が――」


 そうだ! パスケースは見つからないし、チケットはなくて会場に入れないし、泣きそうになってたら、綺麗な男の子が受付の後ろ側から現れて、私のパスケースを渡してくれて、中に通してくれたんだった。


「優真はさ、パスケースの中にチケット入ってるのに気づいてて、きっと入り口で困ってるだろうからって届けに行ったんだ。優真は優しいヤツだけど、その時の優真の顔は今まで見たどんな顔よりも優しい顔してて、パスケースを落とした女の子に興味があって、優真について僕も近くまで行ったんだ」


 そこで言葉を切ったミッキーはその時のことを思い出すように視線を上に向けて、くすりと甘い笑みをもらす。


「美結はさ、パスケースを受け取るとすごい勢いで頭下げてお礼いって、中に駆けてったんだよ――優真が話しかけようとしてるのにも気づかない、すごいスピードで」


 そう言って、くすくすと笑う。

 ええっと、そうだったかな……?

 そのへんの記憶って曖昧でよく覚えてない。パスケースを届けてくれた男の子も綺麗な子だったなってだけで、どんな顔だったかは思い出せない。


「あはははっ、美結、すごい顔になってる」


 私、そんなに間抜けな顔をしてたのだろうか……


「あの時、美結の周りの子はみんな優真に見とれてキャーキャー騒いでたのに、美結だけだよ、優真に目もくれなかったのは」


 うん、まあ、そうだろうね……

 綺麗な男の子だろうとなんだろうと、基本、男の子と関わりあいになろうなんて思わないし。例外はミッキーだけで。

 その時の自分の行動が想像できるだけに、苦笑するしかなかった。


「たぶん、それ、私です……」

「優真はさ、自分の外見で騒がれなかったことに驚いたみたい。一目惚れっていうのかな? しかも春になって高校に進学したらその女の子と再会。こんなシチュエーション、運命かんじるだろ――?」




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