第13話 恋の分かれ道
ランチタイム、またも屋上に引っ張り出されて、好奇に瞳を輝かせた希と梨佳ちゃんと順子さんに囲まれる。
私はコートを着こみ、マフラーをぐるぐる巻きにした状態で、寒さとは違うものにぶるりと体を震わせた。
金曜日まではさんざんダサ男のことになると鳥肌立てて嫌悪していた私が、どうしてダサ男を好きだと自覚したのかを根掘り葉掘り聞かれる。
なんだか希の言い方だと、私がダサ男に嫌悪しながらも惹かれていたことに気づいていたという口ぶりに、ドギマギしてしまう。
私は日曜日にZECUの新曲イベントに行ってファンの波に押されて倒れたこと、救護室でミッキーとダサ男と話したことを三人に話した。
もちろん、ダサ男が実はイケメンだったってのは、ダサ男のために黙っておいた。
「自分でもまだ信じられない。男なんて……って思ってた私がよりにもよってダサ男を好きになるなんて」
「いいじゃん。好きになっちゃったんなら、自分の気持ちに素直になれば」
「むっ、無理だよ。私、ダサ男には触らないでと近かづかないでとか、いっぱい傷付けるようなこと言って、絶対嫌われてると思う」
触らないでっていうのはプリントをっていう意味なんだけど、でも、散らばったプリントを拾ってくれたダサ男に対して言っていい言葉じゃなかったといまさらながら反省する。
「なんでそう思うの?」
梨佳ちゃんが小首を傾げて尋ね、希も不服そうに私を見ている。
ダサ男が実はイケメンで――ってことを説明してないから、ダサ男が外見で判断されるのが嫌とか、外見で人を判断した私を軽蔑してるとか言えないから、上手く説明できなくてもどかしい。
黙りこんだ私に、希がはぁーと呆れたようなため息をつく。
「なんでダサ男に嫌われてると思ってるのか知らないけど、美結がこのままでいいと思うなら別に今のままでもいいんじゃん。でもさ、もしこのままが嫌なら、思い切って気持ちを伝えてみたら?」
ダサ男と私の関係がこのままか、変わることを望むのか……
そんなふうに考えてなくて、なにも言えない私に希が呆れ果てて空を仰ぐ。
だって、こんな気持ちになるのは初めてで、どうしたいかなんて考えてもいなかった。
※
このままか、前に進むか――
何度もその言葉を頭の中で反芻する。いくら考えても自分がどうしたいかなんて分からない。
初めての気持ちに戸惑うばかりで、その先なんて想像も出来ない。
初恋って、もっとわくわくしてウキウキするものなんだって、友達の話聞いてて想像してたけど、なんか違うんだよね。
ダサ男のこと考えると――一気に蒸気があがって何も考えられなくなる。これってわくわくでもウキウキでも、ましてやドキドキでもないじゃん?
恋ってこんな気持ちになるの? それとも私が変なのかな――??
こんなこと希にも相談できなくて、一人でぐるぐる考えて、迷宮に迷い込む。恋愛初心者が一人でいくら考えたって分かるはずないのに……
ってか、私っていつもダサ男の登場にてんぱって反射的な行動しか出来なくて、後でいっつも後悔してる。こんなんじゃ、告白とかまず無理だと思う。好きっていう前にダサ男とか言っちゃいそう……
そう考えて、さぁーっと顔が青ざめる。
ミッキーにダサいって言われて気にしてる様子はなかったけど、ダサ男なんて呼んでることを知ったら絶対傷付ける。
どうするかなんて、やっぱ今のまましかあり得ないんじゃないの――?
これ以上ダサ男の前で変な言動する前に、ダサ男のことなんて忘れた方がいいんだよ。そうすればダサ男を傷付けずにすむし、私だってこんなのは一時の気の迷いとか思うかも……
その時、「いいじゃん」って笑う希の声が聞こえた。
いいじゃん、自分の気持ちに素直になれば――
キューっとブレーキをかけて、両足を地面におろして自転車を止める。
土手の遊歩道のど真ん中、ほんの少し冷たくなった風がさぁーっと吹いて、マフラーのフリンジを揺らした。
プップーって車のクラクションが聞こえて遊歩道の横の道路に視線を向けると、黒のワンボックスカーが私のすぐ間横で止まって、後部座席の窓が開いてそこからミッキーが顔を出した。
「美結っ!」
ミッキーが現れたことだけでも驚いたのに、いきなり名前を呼ばれてビックリする。
私の名前だけど、同名の違う誰かを呼んでるんじゃないかって思ってあたりをキョロキョロ見回してたら、イラッとした口調でもう一度名前を呼ばれた。
「美結、こっちに来いっ」
命令口調なのが少し気になるけど、ミッキーが車から降りたらきっと大変なことになるだろうと想像して、私は仕方なく自転車のまま道路と遊歩道の間にある草が生えた坂を下りていく。
道路より五十センチくらい高くなった所から坂になっていて、一番下まで降りると車の中のミッキーとちょうどいいぐらいの視線になった。
「どうしたんですか?」
ってか、なんで私の名前知ってるの……?
「優真をむかえに学校行った帰りに見かけたから」
「えっ!?」
ダサ男も車に一緒に乗ってるのかと思って驚きの声をあげて車内に視線を走らせると、ミッキーが妖艶な笑みを浮かべてて、ドキっとする。
「優真はいないよ、いたほうが良かった?」
「えっと……」
ダサ男がいたらなにか酷いことを言ってしまいそうでいなくてほっとしたんだけど、そんなことミッキーに言っていいのかどうか迷う。
「幹君、そろそろ」
運転席に座っている二十代後半くらいのスーツ着た男性がミラー越しにミッキーに声をかける。
車は端に寄せてはいるものの、土手沿いの道は狭くて、そんなに車通りが激しくなくても、あまり長い時間止まっていては迷惑になるだろう。
そろそろ行かないと――そういう意味だと思っていたら。
「美結、少し君と話がしたいんだけど、いま時間ある?」
「大丈夫ですけど……?」
家に帰る途中で、家に帰っても特に予定はないんだけど、ミッキーが私にどんな話があるというのだろうか……
「じゃあ、ここのお店に来て」
そう言ってミッキーがiフォンを私の前にかざす。そこには地図が表示されてて、今いる場所からわりと近くのカフェの場所が示されていた。
もう自宅まで五分でつける場所で、この辺りは私のテリトリーといっても過言ではない。指定されたカフェは行ったことはないけど場所は分かる。
「はい……」
話っていうのがどんなことなのか想像もつかなくて不安だけど、嫌だとも言えなくて渋々頷く。
「じゃあ、後で」
そう言ってミッキーが窓を閉めると同時に車は走り出した。




