第12話 乙女の事情
近づかないで――とかさんざん酷い態度を取ってきたのに、ダサ男に好かれたいなんて、なんて図々しい願いなのかしら。
この時になってやっと自分の気持ちを認めた。
私はダサ男が好き――
本当はもっと前に自覚していた。それを認めようとしていなかっただけ。
いつもピンチを助けてくれるダサ男のことを希が騒ぐのがうっとおしくて、そんなのあり得ないって自分に言い聞かせた。
ボサボサの髪型、暑苦しいくらい量の多い前髪、それに隠されて見えない瞳、すごく丸まった猫背、ボソボソとした喋り方、のっそりした動き――それらすべてが私に嫌悪を抱かせて鳥肌が立つ。でも、私は知ってしまったから。
ダサ男が優しい人だって――
みんなが見て見ぬふりした自転車置き場でも、図書館の時も、選択授業の時も、雷雨の放課後も……いつも助けてくれるのはダサ男だった。
外見で判断しちゃいけないって分かっていたのに、外見で判断していたのは私。
ダサい外見に惑わされて、ダサ男の優しさに気づかないふりして、酷い態度ばっかとってきた。
ドキドキもときめきもない――って言いながら、本当は、初めて会った自転車置き場で、ドキドキしていたんだ。
でも――
『俺は、外見だけで中身も知らないのに、好きだとか言われても信用できないです』
あの言葉が私に向かって言ったんじゃないって分かってても、私の胸に深く突き刺さって抜けない。
いまさら、ダサ男のことが好きになったなんて言っても、きっとダサ男は信じってくれないだろう。
ダサ男が本当はダサくなくて、外見で判断されるのが嫌だからあんな格好してて、本当はカッコイイのを見てしまった私の言葉は、きっと見た目で判断したんだって思われる。
そうじゃないって言っても、私の言葉にどれほどの信憑性があるだろうか……
※
自転車を漕ぎながらぐだぐだ考えてたら、学校についてしまった。
私はスピードを徐々に落としながら校門を抜けて、右側にある自転車置き場に向かう。いつ見てもごちゃっと置かれた自転車にイライラしながら、空いてる場所を探して停める。
ほんの十日前に、ここで自転車倒したのがダサ男との出会いだったんだって思い出して、なんだか頬がほてってくる。
やっ、やだな。なに、ダサ男のことなんて考えてるんだろ、私……
嫌っていうほど好きだと思い知って、それでもやっぱり自分の気持ちを認められない。
だって、あり得ない。あんなダサ男に自分が恋に落ちるなんて……
ブツブツ言いながら、昇降口で上履きに履き替えて階段を登ろうとして、ちゃんと階段を見てなかったから足が滑って踏み外す。だけど。
「きゃっ……」
後ろに倒れた体が逞しい両腕に支えられて、倒れずにすむ。
ほっと安堵のため息をつくと、肩越しに顔を覗きこまれて、ぎょっとする。
「おはようございます、世良さん。大丈夫、ですか……?」
斜めに見上げた視線の中には、ボサボサ頭のダサ男がいて鳥肌――じゃなくて、かぁーっと頬が赤くなる。
もっさりとした前髪の奥に垣間見えた瞳がまたたいて、私はとっさにダサ男を両手で突き飛ばしていた。
っといっても、体格差で私の押した力はダサ男には大したことがなかったみたいで、私の方が後ろによろめいてしまう。
キョトンとした顔で見下ろされて――私の方が数段上にいるのにまだダサ男の方が目線が高い――、慌てて私は階段を駆け上がって教室へと飛び込んだ。
教室の真ん中あたりで他の子と話してた梨佳ちゃんに抱きついて、何かに耐えかねるようにぶるぶるっと体を震わせて叫んでいた。
「無理ぃ~~……っ!」
私の大声に教室にいた人がいっせいにこっちを向いたけど、そんなことも気にならなくて、ぶるぶるっと体を震わせる。
なんなのあれ、何なのアレっ!
ダサ男なのに、なんで私ったらこんなに意識しちゃってるのぉ――!?
信じられない事実に、自分でも顔が真っ赤になってるのが分かって、必死に梨佳ちゃんの背中に顔をうずめて隠す。
「美結ちゃんっ?」
梨佳ちゃんがとても困った声で背中にしがみつく私を振り返ったけど、私は顔を上げられない。
少しして、ケラケラと笑いながら希がやってきた。
「おはよ、美結、梨佳ちゃん」
「おはよう……」
梨佳ちゃんが苦笑する。
「美結~、見てたわよぁ~」
いひひって口元をにたつかせた希が言う。
「階段、踏み外したとこを、また! ダサ男に助けられたのよね、美結」
にやにやと言う希の声が耳の奥に響いて、むずがゆくなる。
私は梨佳ちゃんにしがみついていた手をぱっと離して、自分の耳を覆う。
いやぁー、やめてぇ――、思い出させないでぇ――……
「わっ、美結ちゃん、顔真っ赤……」
驚いた梨佳ちゃんの声に、ますます顔が赤くなる。
にこりと笑った梨佳ちゃんと、得心したようににやりとする希にこの場から逃げ出したくなる。
「マジでダサ男に惚れちゃったわけ――?」
さんざん、恋が始まってもおかしくないとか、運命だとかドキドキの胸きゅんシチュエーションだって言ってたのは希なのに、気持ちを自覚してまでからかわれることに居たたまれなくなる。
「もっ、もう、しょうがないじゃない……自分でもこんなのあり得ないって思ってたんだから。こんな気持ち、なかったことに出来るものなら、そうしたいわよっ」
真っ赤になった顔を腕で隠しながら少し押さえた声で叫んだ私に、希がキョトンと首を傾げる。
「なんで? いいじゃん」
「えっ……?」
「心配してたのよ? アイドルに夢中になって現実の男に興味示さない美結が、ちゃんと恋できるのかって」
まさかそんなふうに希が心配しててくれたなんて知らなくて、ただからかってるだけだと思ってたから、泣きそうになる。
「のぞみ……」
「よしよし」
涙目になった私の頭を希が優しくなでてくれる。スピーカーからチャイムが鳴り、担任が教室に入ってきた。
「美結がダサ男への恋をどうやって自覚したかは、お昼休みにじぃ~っくり聞かせてもらうからね」
そう言ってにやりと笑った希に、ぎょっとする。
やっぱりからかうつもりなんだ……
私の感動を返せぇ――っ!




