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第10話  秘密の×××



『それってさ、たぶん一組の植草 優真(うえくさ ゆうま)だよ』


 脳裏に希の声が響いて、目が飛び出すんじゃないかってくらい、そこに立つイケメンをジロジロと見つめる。

 だけど、どこをどう見てもあのダサ男には思えなくて、頭が混乱してくる。


「えっと、うえくさ君……?」


 試しに聞いてみたけど、「うえくさ君」なんて呼んだことないからその名前さえしっくりこない。まあ、かといって「ダサ男」って聞いても分からないだろうし……ってか、聞けないよね……

 ミッキーの後ろに立つ男の子に視線をあげると、首を傾げてくすりと苦笑した。


「やっぱり、気づいてなかったんですね」

「なに? 優真の知り合いじゃないの?」

「学校の同級生」


 そう言って笑った植草君は、ミッキーよりも眩しい微笑みを浮かべていて、ビックリしてしまう。

 やっぱりまだ、信じられない……この人がダサ男なんて……

 植草君から呆然としてる私に視線を向けたミッキーが立ち上がり、納得したようににやりと笑う。


「あー」


 言いながら、ぐしゃぐしゃっと植草君の髪の毛に手を入れて、得意満面で振り返ったミッキーの後ろには、学校でいつも見かけるあのボサボサ髪のダサ男が立っていた。

 もともとほとんどセットされてない髪型に暑苦しいくらい量の多い前髪が下ろされて瞳が隠れただけで――猫背でもないし、ボソボソした喋り方ものっそりした動きもない、それでも――そこにいるのはダサ男だった。


「学校のこいつってこんなだから分からなかったんだろ? 君」

「えっ……はい……」


 まさか自分に話をふられるとは思わなくて、声が裏返ってしまう。

 ダサ男は口元に薄い笑みを浮かべて、困ったようなため息をもらす。


「幹、わざわざばらしてくれてありがとう」

「なんだよ、お前だって猫かぶってるくせによ」


 ぷくっと頬を膨らませたミッキーは、そんな顔さえ見とれてしまうくらい絵になって、私は現実逃避したくなってきた。

 そうだよ、今はミッキーに見とれてる場合じゃなくない!? なんだか聞き捨てならないことを聞いたよ……?

 ダサ男も猫かぶってる? 猫ってか、ダサ男の皮……?

 選択授業の時に感じた違和感はこれだったの? わざと猫背にしてると思ったけど、それだけじゃなくてボサボサの頭も喋り方ものっそりした動きも、全部わざと――?

 でも、なんでそんなことをするのかが分からなかった。

 普通、猫って良く思われたくて被るものじゃないの?? ダサ男の場合、逆行してるよね……?

 きっとその時の私は、ちょーうさんくさげな視線をミッキーとダサ男に向けていたんだろうな……


「あはははっ、君、すごい顔っ」


 ミッキーがお腹抱えて大笑いして、大きな薄茶の瞳に涙なんか浮かべてる。


「幹、女の子にそういう言い方は良くないよ」

「なにが良くないだよ、そういうお前だって口元が引きつってるぞ」


 その言葉にミッキーからダサ男に視線を向けると、ダサ男がすっと口元を引き結んで、ふっと吐息と一緒に笑みがもれる。


「ごめん、世良さん。世良さんのことを笑ったわけじゃないんですよ、すごく驚いてるみたいだったから」

「そりゃ、驚くでしょ……詐欺じゃん……」


 ぼそっとつぶやいた言葉に、ミッキーがまたしても爆笑。

 ミッキーの笑い壺は浅いのかな……?


「あー、確かに優真のは詐欺だよなぁ~。でも」


 そこで言葉を切ったミッキーは、笑みをすっと消して真剣な表情になる。


「優真にとっては死活問題なんだよな」


 死活問題――

 心の中でつぶやいて、首を傾げる。


「俺と優真は近所に住んでてさ、幼稚園、小学校、中学って同じだったんだけど」


 すっとダサ男が腕をかざして、ミッキーの話を遮る。ダサ男が代わりに話すらしい。

 ダサ男は小さなため息をついて、邪魔そうに前髪をかきあげる。そこには私の知ってるダサ男はいなくて、知らない“植草君”が立っていた。

 無造作にかきあげられたヘアスタイルさえカッコよく見える端正な顔に、なんだか居心地が悪くなる。


「幹は小さい頃から誰が見ても格好良いヤツでした。ファンクラブが出来るくらいね」


 そう言ってふっと笑った植草君の笑顔は、ミッキーのアイドルスマイルに負けないくらい輝いてて――

 いえ、あなたもじゅうぶんカッコイイですよ……とか言いたくなってしまった。

 もちろん、ぎゅっと唇をかみしめましたが。


「中学になって幹は芸能事務所にスカウトされて、その頃から一緒にいる俺もなんでか周りから騒がれるようになったんですよ」


 うんうん、と頷きながら話を聞くミッキーの鼻は天狗になっていて「僕って小さい頃からカッコよかったから」って自画自賛してる。

 植草君は苦笑して、「なんで俺なんか……」ってもう一度つぶやく。


「僕はさ、アイドルになるのは生まれ持っての使命だと思ってるから迷わなかったけど、優真は周りに騒がれるのが苦手なんだってさ。だから、事務所のスカウトもけってパンピーってわけ」

「えっ!?」


 驚きに、思わず大きな声をあげれば、ミッキーも植草君も大きく目を見開いて固まっている。

 ダサ男も芸能界にスカウトされてたの――!?

 どうしてこんなヤツがって驚きでいっぱいだったけど、冷静になってみれば、ダサ男じゃなくて植草君がスカウトされたのなら納得する。

 この美しさは尋常じゃないもんね。

 ミッキーと二人並ぶと、それこそここは天上の世界のように光り輝いて眩しすぎです。凡人の私が霞むほど……


「俺は幹ほど格好良くないのに騒がれて、いろいろ大変な目にあったんですよ」

「あー、中二の時のアレはマジ大変だったよな。あと、あのオバサン! あれはちょーヤバかった……」


 ミッキーの口調と黙り込んでぎゅっと眉根を寄せた植草君から、中学生の時にそうとう大変なことが起きたらしいことが伝わってきて、ごくんと喉を鳴らす。

 見た目なんて自分で選んで生まれてこれないから、綺麗な容姿は羨ましいと思ってたけど、美しすぎても苦労が絶えないんだろうな……と想像してみる。


「僕より優真の方がしょっちゅう呼びだされて告白されてたよな?」


 植草君は中学の時を思い出したのか、少し青ざめた顔でため息をつく。


「あれは……幹はアイドルデビューして、近寄りがたいと思ったんでしょうね。俺は、外見だけで中身も知らないのに、好きだとか言われても信用できないです」


 その言葉が深く胸に突き刺さる――


「ってわけで、優真は見た目コンプレックスなのさ。だから、こういうヘアスタイルにしたら、騒がれないんじゃないかって僕が提案したら、この格好で高校にいってやんの」


 言いながらミッキーが植草君の前髪をいじって、ダサ男に変身。

 ダサ男の秘密が分かってすっきりしたはずなのに、私は悲痛な思いで俯いた。




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