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04.テイマーと二匹の従者

 調教というスキルがある。

 魔物を捕獲し、味方にすることが出来るというスキル。モンスターを仲間にすることに成功すれば、一緒に戦うことで戦闘がより楽になる。そして始めは弱いものの、育成して強くしていくという要素もあるために人気スキルとなっている。

 ある者はドラゴンを使役するために日々挑戦を繰り返し、またある物は新発見のモンスターを探すためにペット達と旅に出る。

 そんな様々な遊び方をする調教士達の中に、一人の男がいる。

 白銀の鎧を着込み、派手な刺繍がなされた紅のマントを身に着けている男。それが調教士、自称“王者”のヨツアルである。



「フェルナンド、ファイアブレスッ!」


 ヨツアルはペットの子豚へと指示を出しながら、両の手にそれぞれ持った鞭を振るい巨大な蜘蛛を拘束する。蜘蛛は棘がついた二本の鞭に縛られ、うめき声をあげながら鞭を解こうともがく。だがその行動は無駄にHPを減らすだけのモノとなり、蜘蛛はついに己を束縛する物から逃れることは出来なかった。

 とことこと短い足を忙しなく動かしながら子豚のフェルナンドは蜘蛛へと走り、接近と同時に口から炎の息を吐き出した。動きようのない蜘蛛はどんどんHPを減らされ、ついには体力が無くなり霧散して消えた。

 ヨツアルは蜘蛛が落としたドロップアイテムを拾い、カバンへと入れる。


「ふむ、この辺りの敵は余には弱すぎるようだな」

「らくしょー」


 と、ヨツアルの頭の上から彼に同意する少女のような声が響いた。

 回復と強化を担当しているペット、子猫のシルビアである。もこもことした毛並みが特徴的なメインクーンである彼女は自慢の尻尾をふりふりと振りながら、ヨツアルの額で爪を磨ぐ。


「こらシルビア、余の額で爪を磨ぐでない」

「えぇー」


 ネコは機嫌を損ねたのか、尻尾でヨツアルの後頭部をぺしぺしっと二回叩いた。

 そんな風にいつもペットの猫と戯れている彼だが、王を自称する通りに一人称として“余”を使っている。

 モニタ越しでネットゲームをしていた時代と違い、ゲームの中に直接入り込むVRでは、ロールプレイをする者は以前と比べて随分と多くなった。それでも少数派には変わりないが、ヨツアルのようにロールプレイを好む者にとってはありがたい時代になったことだろう。


「それよりおいら腹減ったんよ……」


 じゃれついている人と猫を尻目に、子豚は少年のような声で主へと抗議し、ぺちゃりと地面に崩れ落ち、それに同意見だとフェルナンドの腹からも早く食い物よこせと胃袋の主が鳴き声をあげた。


「うむ、余も腹が減った。久しぶりにファストラーデに戻るとしよう」

「やきぶたー」


 シルビアがフェルナンドを見ながら涎を垂らした。身の危険を感じているはずなのだが、当のフェルナンドは微かに顔を赤らめ、息を荒くしている。

 頭の上から垂れてくる猫汁を手で拭きながら、ヨツアルは小さな子豚の上に乗り、直立不動の姿勢になった。


「さぁファストラーデに出発せよフェルナンドッ!」


 主の命令により、子豚は文句も言わずにてくてくと走り始めた。

 フェルナンドと呼ばれるピンク色の子豚は、モンスターとの戦闘においても大いに活躍するのだが、普段はこのようにヨツアル専用の騎乗生物(マウント)となっている。なりは小さいが、潰れることなく主人を乗せて懸命に四本の足を動かす様は愛らしいことこの上ない。もっとも、まだ子豚なためにあまり移動速度が速くないのが玉に瑕。



 蜘蛛が大量にいた森を抜け、ファストラーデへと繋がる道を進んでいると、ヨツアルの耳に電子音が聞こえてきた。NPCからクエストを受けたときのSEによく似ているその音と共に、視界の隅にクエストを受領したという一文が表示された。


「む……イベントか?」


 クエスト日誌と名付けられたクエスト一覧を表示させ、その中に彼が受けた覚えの無いモノが一つあった。

 『魔人王降臨』という名前のクエスト。

 内容を要約すると、アークデーモンを一定数倒したために怒り狂った魔人の王デーモンロードが出現し、各都市級の街へと攻撃をかける。というモノだ。

 ふむ、とアゴに手をあてながらヨツアルは思考を巡らせる。

 自分は王。だが、それを知る者は少ない。今回の大規模イベントクエストは、自分という存在を知らしめるにはまたとない好機なのではないだろうか。彼の脳内は素早い速度で計算をし始めた。

 イベントで目立つことが出来れば、みんなが自分を王と認めるのではないか、と。


「ふ、ふふ、ふふふ! これはいける……! ついに自称が取れる日が来たのだ!」


 そうと決まれば急がなくてはと、ヨツアルはフェルナンドにもっと早く走るように指示を飛ばし、一路ファストラーデへと急ぐのだった。





 一番最初に作られた大規模都市ファストラーデ、そこはイベントの宣言があったために普段よりも更にプレイヤーが多く、どこもかしこも人で溢れかえっていた。

 これを商売のチャンスと見た職人達はこぞって秘蔵の逸品や安い量産型の武器を売りに出し、「良い武器あるよー!」と声を張り上げる。当然ながら鍛冶屋だけではなく、ありとあらゆる職人達がそれに負けじと叫ぶ。

 イベントともなれば、プレイヤーの財布の紐は緩くなる。何しろイベントを達成できれば色々なご褒美が貰えるのだ。多少アイテムを買っても、余裕で黒字だ。

 そんな中央広場に集まっている人の多さにヨツアルは軽く眉をひそめながらも、人ごみをかき分けて屋台の前まで到着する。

 こういったイベントで必ずといっても良い頻度で出没するスリに注意を払いつつ、即効性の回復用ポーションをいくつかと、あとは食料アイテムを購入。人が多すぎるせいでじっくりと選んでいる暇は無いので、手ごろな値段の物をヨツアルは適当に選んだ。

 そして再び人をかき分け、比較的プレイヤーの少ない路地裏へと逃げ込み一息つくことができた。


「たまらんな、これは」


 あまりの人に辟易としながら、人だらけの中央広場へと目を向けた。

 もうあそこには近寄らぬ、と中央広場を避け遠回りでファストラーデの出入り口に比較的近い路地裏でイベントの開始を待つことにした。

 なぜなら既に出入り口付近から外にかけてイベント開始を待つプレイヤーで一杯一杯だったからだ。あんなバーゲンを今か今かと待つおばちゃん達の群れと化したプレイヤーの渦に飛び込みたい者はお祭り好きくらいのものだろう。そんなところに彼が飛び込みたいわけもなく、人の少ないところでぼうっとしていた方がいくらかマシだと考えたのだ。


「さて、今のうちに食事を取ってしまうとしよう」


 と言いながら、カバンの中にアイテム化していれておいたフェルナンドとシルビアを出現させ、実体化させる。次いで購入した食事アイテムを手のひらに出現させる。


「ようやく、ようやく食べ物が……!」


 子豚のフェルナンドは、嬉しさのあまり主人の周りと飛び跳ねながら溢れるうれしさを全身で表現していた。


「三日ぶりぃー」


 だらーんと力なくヨツアルの頭の上に乗っかっているシルビアも、そのやる気のないような口調と格好はともかく、尻尾を嬉しそうに振りまくっている。


「うむうむ、さぁ共に食べよう」


 喜ぶお供の二匹に微笑みながら満足げに頷き、購入したよくわからない食べ物に口をつけた。その瞬間、口の中にまだイベントが開始していないというのに、デーモンロードが出現したかのような衝撃が走った。


『ウボェッ』


 哀れ、間違えて最近流行っている地獄料理を買った一人と二匹は揃って地に伏すこととなった。





 ヨツアルが仕様上ではなく、精神的なダウン状態から回復したときにはイベント開始間もない時間となっていた。先に回復したらしい豚と猫は彼の傍でじっと主人が起きるのを待っていたらしく、主が起きるとともにマズイ飯に軽く抗議を入れてきた。が、そんなもの聞こえないと、ヨツアルは空を見上げた。

 食事をする前は雲ひとつ無い快晴だった空は黒く厚い雲に覆われ、今にも一雨きそうな空模様になっている。そして南にいけばいくほど空はより黒くなり、そこが魔人の王が出現する場所だと全てのPCに教えているようだった。

 空のことを皆気付いたのか、ヨツアルのいるファストラーデ東門付近には人っ子一人いない。全員南門の辺りに移動したのだろうと考え、彼もまたそこに行くべきだろうと腰を上げた。

 だが、そこでヨツアルはふと思った。


(何も正直に南門から行く必要は無い、か)


 南門と、そこから出てすぐの場所辺りはかなり混雑しているはずだ。なら、無理にそっちに行かずに回り込んだ方が得策なのではないだろうか。そう考えると同時に、彼の中で既に答えは出ていた。


「よし、余達は東門から行くぞ! さぁフェルナンド、出発だ!」


 そう言うやいなや、小さな子豚の上に飛び乗り、子猫が頭の上によじ登るのを待ってから街の外へと向けて進みだした。

 だが、彼の予想は大きく裏切られることとなった。

 敵が来るのは南門方面だけだと、そう思っていた。




 ファストラーデの東門、それは高い石壁の内側と外側に一つずつ存在する。門がある場所の壁は外側に向けて長く飛び出るような形になっており、いざという時にその狭い通路で敵を迎撃できるようになっているのだ。

 そして内側の門を抜け通路の中央まで来た瞬間、南の方角から轟音が響いてきた。それをデーモンロードの出現を知らせる物であるとヨツアルは確信した。

 次いで、ヨツアルの視界におかしな物が映し出された。

 東門から真っ直ぐ進んだところにある森。大して長くない通路のずっと先にあるそこから、何か黒い物がこちらへと向かってきている。それも一つや二つではない。大量に、まるで何かの影のように、速い速度で一直線にファストラーデへと向かってきているではないか。


「別働隊、か……ふっ、良いだろう」


 ニィ、と口角をつりあげながら、ヨツアルはフェルナンドから降りた。そして両の手に愛用の鞭を出現させながら叫ぶ。


「我らは東門を死守するぞッ! 敵は雑兵、恐るるに足りぬわ!」


 願わくば、この声が誰かに届くよう祈りながら、ヨツアルはただ一人で東門内部の通路に立ちはだかった。


 黒い群れ、それはぐんぐんとヨツアル達の下へと近づき、正体をついに晒した。

 何体かのインプとレッサーデーモンの混成部隊。デーモンが前衛をつとめ、インプが後方からその支援をする。一体一体はただの雑魚だが、この数、そしてこの隊列は脅威と言えるものだった。


「ふん、群れることしか知らぬ雑魚共がッ! シルビアッ!」


 名前を呼ばれただけだが、NPCであるシルビアは主人の思考を読み取り、命令を理解する。そしてヨツアルとフェルナンドへと攻撃力増加や防御力増加の魔法をかける。魔法のエフェクトがいくつも多重にかさなり、消える。

 戦闘の準備は整った。


「フェルナンド、レッサーデーモンに攻撃を集中しろ。シルビアはフェルナンドの回復に努めよ」


 主人に声に二匹は深く頷き、迫りつつある敵を待った。


 そして、始まった。


 まずフェルナンドが口から火球を吐き出し、先鋒の体力を一気に減らす。一匹一匹はフェルナンドの使う魔法によりほとんど一撃か、少しHPが残る程度の雑魚だ。だが、遠目からでも分かったとおり、数が多すぎる。

 インプがフェルナンドに向かって魔法を唱え始める。敵の群れはフェルナンドの攻撃により子豚へと敵対心を向けたからだ。

 だが、インプの魔法を簡単に使われては、この門を死守することは不可能だ。よって、それをヨツアルが防ぐ。

 デーモンとデーモンの隙間に器用に鞭を走らせ、インプを絡め取る。そうすることでインプの魔法を中断させることが出来る。

 フェルナンドが敵を火球か火の息で焼き尽くし、接近しすぎた敵やインプを絡めとりスキルを使って後方へと放り投げる。そして両者が倒れぬようにシルビアが回復や各種サポートを行う。


「シッ!」


 炎の攻撃により炎上しもがき苦しんでいるデーモンは無視し、燃え上がっていないデーモンへと鞭を飛ばす。巻きつけるのではなく、純粋に鞭で叩く通常攻撃。それを三回立て続けに繰り出し敵を消滅させる。

 イベントの雑魚だからだろうか、本来の物よりもずっと弱い。

 しかし、敵の数は一向に減少しなかった。

 大して広くもない通路、そこを通って同時に向かってくるデーモンは3体。それ以上になれば身動きが取りにくくなってしまう。となれば、必然的にフェルナンドのファイアブレスが範囲攻撃であることの利点は薄くなってしまう。だがこれで良い、とヨツアルは考える。同時に相手をする数を増やすということは、それだけダメージを食らう機会が多くなってしまうということだ。当然、ダメージを食らえばシルビアに回復を頼むことになる。豊富なMPを持つフェルナンドはともかくとして、各種有用な魔法を持つ代償としてMPが平均よりも低いシルビアのことを考慮すれば、ノーダメージで粘るしか道は無い。


「ハッ!」


 鞭で地面を強く叩くことによって、ヨツアルはスキルを発動させた。

 モンスターを一時的に恐怖状態にさせることにより足止めや逃走にと使い道の多い鞭専用のアクティブスキル。ただし、範囲スキルなために適当に使うと追いかけてくるモンスターが増えることもある。だが今は倒すべき敵しかいない。デメリットなどありはしなかった。

 デーモンの足が一時的に止まったことにより、ヨツアルはごく僅かな時間だが精神的な休息を得られた。

 負ければ、後ろには戦える者はいないのだから、倒れることはあってはいけない。ヨツアルはそう自分に言い聞かせる。

 別に負けたって良いじゃん、イベントだし。街の一部が壊れても、直せば良いじゃん。ゲームなんだから。待ち時間中、そういうプレイヤーは数多くいた。ヨツアルはそう言った考えは好きではないが、否定はしない。ただ、自分はここを死守する。そう決めた。たとえゲームであっても、一度決めたからには守り通す。いや、本気で遊んでこそゲームというものは面白い。

 必死にゲームをすることと、本気でゲームをすることは違う。

 前者は無理をし、後者は無理をしない。

 ヨツアルは東門を死守すると決め、自分ならばそれが可能だと考えた。たとえそれに意味が無くとも。


 恐怖状態に陥っているデーモンを注視しながら、それが解ける前に彼はMP回復用のポーションを二匹へと使用した。回復量は多くないが、この二匹のMPが尽きたときが、攻防の終わりとなる。微量であったとしても積もり積もれば無視は出来ない量となるのだから、使わない手はないだろう。

 と、ポーションを使用した直後にデーモンが動き出した。

 同時にフェルナンドはファイアブレスを前面のデーモン3体へと吐き、真っ黒な身体は赤々とした炎に包み込まれる。

 レッサーデーモンはグウウ、と深く唸りながらそれでもフェルナンドに向かって突き進んできた。そして魔法タイプならば、さぞ柔らかいであろうその身体を切り刻まんと、手にもった粗末な剣を振り上げた。

 しかし、それをヨツアルの鞭が絡め取り、防ぐ。吐き出したままになっているファイアブレスにより、デーモンはまた一匹消え去った。

 どれだけそうやって続けたか分からないほど、彼らは奮闘を続けた。

 デーモンを鞭で屠り、火球で倒し、ファイアブレスで燃やす。

 そして度々魔法を唱えようとするインプをヨツアルが拘束し、デーモン達への後方へと放るか、あるいはファイアブレスの範囲内に投げ入れて倒す。時には天井に向かって飛ばし激突による追加ダメージを与えつつ、落ちてくるインプにもう片方の鞭で攻撃をいれ倒すなどということもやってみせた。

 それでも、減らない。

 減らすスピードが遅いわけじゃない。敵が多すぎるのだ。


「くそっ……」


 思わず、ヨツアルの口から自嘲じみた呟きが漏れ出た。

 ジリ貧。彼の脳裏を過ぎったのはそんな言葉だった。


(結局、数には勝てないのか)


 そんな彼の心に追い討ちをかけるように、一つの重要な物が無くなった。

 フェルナンドのMP。それがついに尽きた。


「フェルナンドッ! 下がってMPを回復しろ!」


 声をかけると同時に、鞭を地面へと叩きつける。その間に二匹にMPポーションを使用するが焼け石に水。MPを自然回復させるために後ろへと下がらせ、彼は前に歩み出た。


「ここからは、余が相手になろうッ!」


 宣言しながら、一つのスキルを使用する。

 戦闘理論と呼ばれるスキル項目にある一つのアクティブスキル。

 ヘイトサークルと言う敵からのターゲットを強制的に集める物。使用すると使用者の周囲に輪が出現し、範囲内に入ったものは無条件で使用者を攻撃し始める。

 恐怖状態から回復したモンスター達は輪の中に進入し、こぞって狂ったかのように雄たけびをあげる。これでフェルナンドが攻撃を受けることはない。

 ただし、ヨツアルのHPが尽きるまでの話だ。


「行くぞ!」


 掛け声と共に、大きく鞭を振り回す。それによって範囲内にいるレッサーデーモンの身体は何度も叩かれ、HPを減少させる。ただしダメージはさほど高くは無いために決定打にはならない。

 一瞬の仰け反りのあと、当然のように3体のデーモンはヨツアルへと殺到した。


「止まれッ!」


 瞬時に戦闘理論のバトルクライ――ダメージと気絶の追加効果を持つスキル――を放ち敵の足を止める。

 停止した敵から距離をとるために後ろへと飛び退き、それぞれを二本の鞭で強かに打ち据える。

 一体が消滅し、二体目、三体目も同様に霧散していく。


(まだか……!)


 彼は待っていた。イベントの終了の瞬間か、それが駄目ならともう一つのコトを。

 この街に設置してある、複数の復活ポイント。それは東門のすぐ近くにもある。そこに、蘇生ポイントの変更をし忘れたプレイヤーがやってくるその時を。


「まだかっ!」


 いかに攻撃を食らわないように立ち回ろうと、スキルを使わなければどうしようもない時があるが、MPとて限りがあるものだ。いずれ、カラになるときが来る。


「MPやばーい」


 シルビアからのんびりとピンチであることが伝えられた。

 どれだけ巧く回避したところで、3体からの同時攻撃は避けようが無い。出来るだけダメージが低くなるように動くヨツアルだが、回復が受けられなくなったら一巻の終わり。

 だが、ここでようやく状況を好転させる声が響いた。


「MP回復完了なんよ!」


 フェルナンドの声。これでまた少しだけ時間が稼げる。


「フェルナンド、ブレスを使え!」

「らじゃー!」


 そう言ってヨツアルの隣に並び、口から火炎の息を放出した。


(しかし……このままでは……)


 彼は考えた。フェルナンドが復帰しようと、結局は同じ展開になることは目に見えている。そしてアイテムが減ってきている今、何度もこれを繰り返すことなんて出来はしない。

 そうして苦々しい表情をするヨツアルの耳に、フェルナンドでも、シルビアでもない声が届いた。


「ちょ……まじかよ!」

「これはびっくり」


 ヨツアルは背後から聞こえてくる声に、思わず全身の力が抜けそうになった。ここでかっこ悪く攻撃を食らうわけにはいかぬと心を引き締めなおし、レッサーデーモンが繰り出す一閃を回避する。


「俺達も手伝うぞ!」

『来たれ、我が盟友』


 そういって、どう見ても戦闘に向いていなさそうな男と、死霊魔法の呪文を唱える少女が東門の攻防へと参戦した。

 一人ではギリギリだったモノが、三人になったことでデーモンを倒すスピードは格段に速くなった。

 これならば、ここを死守することは容易くなった。


「助太刀感謝するッ! こいつらを片付け、共にデーモンロードへと向かおうぞ!」


 ヨツアルは鞭を振るい、それと共に自身の心も奮わせた。





 大規模イベントが行われた次の日の昼。

 開発チームとGMを取りまとめる社員チーム合同での会議が行われた。

 『議題:激マズ料理と採掘と物乞いスキルについて』

 それぞれに皆が頭を抱えた。

 というのも、問題は昨日のイベント。複数のデーモンロードが各都市を攻撃するというものなのだが、5つの都市の内ほとんどは開発側が辛くも勝ちを収めた。もちろん負けたところもあり、それは別に問題ではない。

 最大の問題は――

 一つ目、デーモンロードを操作してたイベント担当のGMが料理アイテムを口に投げ込まれて酷い目にあったということ。

 二つ目、採掘士が掘った巨大な穴にデーモンロードが落っこち、身動きが取れなくなったところを集団でぼこぼこにされたこと。

 三つ目、ぼこぼこにされていてもHPの多さで早々負けることは無かったというのに、物乞いで簡単に倒されたこと。

 ――といった三つの問題点だ。


「全部弱体ですよ弱体! すぐに弱体しましょう!」


 今回の最大の被害者。イベントボスの操作を担当するGMがこめかみに血管を浮き立たせながら声高に叫んだ。彼の気持ちは他の面子も何となく分かる。何しろ落とし穴に落とされて、胸まで穴にハマったあげく、大勢のプレイヤーが一斉に死ぬほどまずいと形容出来るほどの危険物を投げ始めたのだからたまったものではない。

 とはいえ、開発したのは自分達の会社。悪いのは自分達であり、プレイヤーに責任があるわけではない。彼らは使えるものを全て使い全力で敵に立ち向かっただけだ。


「そうはいってもねぇ、安易な弱体はねぇ……」


 会議室に用意されたテーブルへと頬杖をつきながら、戦闘バランスの調整を担当している男が難しそうな顔をつくった。

 それに同意だと味覚や様々な感覚を実装した男が発言をする。


「ですね。物乞いは弱体するとしても、他の二つはちょっと微妙ですよね。特に料理は、マズさだけをいじるのはすぐには出来ませんし」

「そんなこと言わないで、お願いしますよ! じゃなきゃイベントの度に拷問されるようなものじゃないですか! イベントGM達はみんな震え上がってますよ!?」


 イベントGMの男は、立ち上がりテーブルへと両手をつき、続ける。


「すぐに解決は出来ないと思いますが、味の問題が解決するまではイベントを全て延期してください! 既に他の部署に変えて欲しいと言う者も出てきていますし、それも駄目なら辞めますとまで言い出す者までいるんです……!」

「ひとまず、マズイ料理についている追加効果を無くすのはどうでしょう」


 感覚担当の男の提案を聞き、一同はその意見に賛成したが、ずっと黙っていたディレクターが口を開いた。


「ただのマズイ飯にしてもさ、嫌がらせで使ってくるかもね」

「あー、使いそうですよねぇ……そういうの好きな人、どこにでもいますもんねぇ」


 おお、なるほどたしかに。とバトルの担当者は頷く。


「僕はやらなかったけど、投げ入れてるユーザーは実に楽しそうだったよ」

「ありゃ、こっそりイベントに参加してました?」

「一度ユーザー視点でイベントを見てみたくて、ちょこっとね。みんな笑顔でさ、ああ、このイベント頑張って考えた甲斐があったなぁ、って思ったよ」


 満足げに頷きながら、ディレクターである男はイベントを思い出していた。


「こっちはそれどころじゃ無かったっすよぉ……もう、ほんと、あの味は……うう、思い出しただけで気持ち悪くなってきた……」


 GMは胸の辺りをさすりながら、青くなった顔をうつむける。


「んん、そうだ。敵の味覚だけを無くせば良いんじゃないかな」


 ディレクターの発言に、一同はそれが良いですね。と頷く。

 が、一人納得できない者がいた。


「あの、ふとした疑問なんですけど、何で敵にまで味覚があるんでしょう……?」


 GMの男がそう言い、ディレクターと感覚を担当する男へ交互に顔を向けた。


「ほら、こだわるなら細部まで徹底的に行きたいじゃないですか」


 と、感覚の担当者は言うが、GMはそれではとてもじゃないが納得出来ない。


「こだわりすぎっすよぉ……」


 メジャーは狙わず、自由度の高いゲームを好む特定の層を狙い撃ちしたゲーム。そのVRMMO開発者達の溢れるこだわりは、とどまることを知らなかった。

 今日も彼らは情熱を注ぎ込み、プレイヤー達を楽しませることだろう。

 もっとも、その全てを楽しめるかどうかは、プレイヤー次第だ。

 そのVRMMOは、決して大人気とは言えなかったが、熱狂的なプレイヤー達の指示により、長くサービスを続けることが出来た。

ここまで読んでいただきましてありがとうございました。

連作風味の短編集、いかがだったでしょうか。


このたびの短編集はここで一時完結となります。

次の同じようなVRMMOでの短編集を書く場合は、同シリーズの別投稿となりますが、時期は当分先になると思われます。

ではでは

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