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03.阿鼻叫喚

 ふあ、と欠伸あくびをしながら、灰色の髪をした少女は、目の前で繰り広げられている光景を暇そうに見つめている。

 骨と緑色のオークの戦闘。

 一見モンスター同士の同士討ちに見えるが、骨は少女――カエデ――の使役する不死生物である。彼女がスケルトンを複数体オークにけしかけ、あとは見ているだけ。実に楽な戦闘なのだが、とても暇。それが彼女の上げている死霊魔法の一般的な評価だ。直接敵に使う攻撃魔法もあるにはあるが、いかんせん燃費が悪い。

 強いことは強いが、暇。それはカエデにとっても例外ではなく、結い上げられたツインテールを揺らしながら、うつらうつらと寝そうになっている。だが、時折聞こえるクリティカルヒットの音は心地よい夢の世界へと踏み込もうとする彼女を引き戻す。

 彼女の召喚物である5体のスケルトンはオークを袋叩きにし続け、カエデが夢の中へと完全に旅立ってしまう前にオークを打ち倒す。豚によく似たその身体は地に伏した格好で動かなくなり、ゆっくりと消えていく。

 オークを倒したのを確認すると、カエデはのそのそと立ち上がりドロップアイテムを回収。

 そしてすぐ近くにいるオークへと骨を向かわせる。基本はこれの繰り返しだ。

 ただ、死霊魔法の低級に位置するスケルトンのAIは正直かしこいとはいえない。中級や上級の物ともなれば話は変わるが、ただのスケルトンは避けるという動作を絶対にしない。ひたすら殴りまくり、殴られまくる。本当は危なくなったらスケルトンを回復させなければいけないのだが、睡魔と激闘を繰り広げているカエデにそれは無茶というものだった。


 何度かスケルトンが全滅してオークに頭を小突かれたが、何とか死ぬことなくカエデは奮闘を続けた。とは言っても、危なくなったら全力で逃げるだけだったが。とはいえ、何とかかんとかオークを倒し続けたカエデのカバンは一杯になった。

 初心者というほどではないが、ゲームを始めてからさほど経っていない彼女のカバンは小さい。もう少しお金をためて大きなカバンを買いたいところではあるものの、武器も欲しいし防具も欲しい。あと美味しい食べ物も食べたい。そんなことを考えている彼女の財布はいささか寒い。

 とはいえ、財布の中身の寂しさは今回の狩りで集まったドロップアイテムで多少は暖かくなる。少しくらいなら美味しいものを食べても良いよね。なんてことを頭の中で巡らせつつ、カエデはファストラーデへと帰ることにした。

 が、彼女は帰還するための魔法をまだ覚えていない。


(移動系魔法を優先すれば良かった)


 そうカエデは後悔しつつも、街までの短いとはいえない距離をのんびりと歩いていった。





 ファストラーデへと戻ったカエデが最初に訪れたのは、露天や屋台が大量に並んでいるファストラーデの中央広場にある一つの露天だ。

 カエデはその露天へと近づくと、肩ひじをついてうつむいている露天の主へと声をかけた。


「ただいま」


 帰宅時にするときの挨拶。カエデが露天の主に投げかけたのはそんな言葉だった。うつむいていた主は彼女の声を聞き、顔を上げてお決まりの言葉を返す。


「おかえりぃ……」


 露天を開いている女――ツバキ――はカエデの言葉に力無く答えると、大きくため息をついた。


「やっぱり、だめ?」

「もうぜんっぜん駄目。まっっったく売れない」


 ツバキが出している露天のアイテム。それはカエデが狩りへと出発した時から1つも減っていなかった。だがそれも当然のことで、ツバキが売っているアイテムはパッと見ではなくじっくりと見ても、一体何なのか分からない物しか無かった。

 木の器に入った紫色の液体。細い棒状の炭に刺さった炭。それらを見ながら、カエデは思った。


(売れたら、奇跡)


 こんな謎の物体を買う物好きはいないだろうなぁ。と思っていたカエデだが、やはり彼女の勘は正しかった。

 ツバキ曰く、これは“料理”らしいが、どう見ても錬金術士が作った怪しいナニカにしか見えない。


「この売れ残りどうしよう……?」


 料理っぽい何かを持ち上げながら、ツバキは眉をしょんぼりと下げてカエデに問いかけた。


「NPCか、だれかにあげちゃう」


 NPCというのはつまるところ、超がつくほどの安値で電子の藻屑にするということだ。素材をプレイヤーから購入した場合は大赤字になること必至。よほど不出来な物であってもNPCに売却するという選択肢は出てこない。

 一方、誰かにあげるというのはタダでプレゼントすることになるが、出来次第ではリピーターになってくれることも多々ある。特に調理はリアルと同じで作る者によって微妙に味が違う。今はまだ脚光を浴びていないが、腕の良い料理人であることもよくある。損して得を取るのであれば、タダであげることは決して間違いではない。


「んー、どうせなら誰かの役に立ってもらいたいし……あげちゃおっか」

「うん」


 そういってツバキはカエデへと寂しそうに笑いかけた。

 露天をカバンの中へとしまい、ツバキがあたりを軽く見回すと、汚い格好をした男が目に入った。物乞いスキルを上げている変人と巷で有名な彼のことは、カエデと同様始めたばかりのツバキでさえも知っていた。


「じゃあ、あの人に渡そうかな」


 そう言って物乞い風の男へと近寄っていくツバキの後ろを、カエデはついていく。どうみてもやばい見た目の料理だが、もしかしたら美味しいんじゃないか。そういう淡い期待を抱いて、じっと見守る。



「はじめまして。これ余り物なんですけど、よかったら貰っていただけませんか? NPCに売るのももったいないので」

「い、良いんですかい……って、なんだ、これ」


 いらないものをあげるというツバキに、物乞いの男は感動した風な言葉と表情をしたが、ツバキが手に出現させている謎のアイテムを見てついつい出てしまった彼の地をカエデは見逃さなかった。

 そんなアイテムを見て硬直している男に、ツバキは首を傾げた。


「あの、どうかしましたか?」

「……あ、いや、なんでもないです。ええ、なんでも」


 一体何なのかとアイテムの観察を続ける男は、ツバキの声でハッと現実へと戻ってきた。

 二人はトレードウィンドウを出現させると、ツバキはウィンドウの中へとアイテムを入れ、男はそれを受け取った。


「それで、ですね」


 こりゃ儲けた。と嬉しそうな顔をしている物乞いにツバキは声をかけた。

 受け取ったアイテムを出現させ眺めていた男は、その声に顔を上げる。はて、これ以上何か用があるのだろうか。彼の顔からはそんな気持ちが伝わってくる。


「その、渡したアイテムの味見をお願いしたいんですけど……駄目でしょうか?」

「あじ、み……? え……?」


 あじみって何ですが。そんな顔をしている男に、ツバキの変わりにカエデが口を開いた。


「アイテム、食べて」

「……ああ」


 簡潔なカエデの言葉に男は納得がいったようで、受け取ったばかりの物を手の中に出してみた。

 そして、その出現させたアイテムを見て口元が引きつっていた。


(これを食えって言うのか……!?)


 と言わんばかりの顔で、男はカエデを見ていた。

 それにツバキの後ろにいるカエデは両手を合わせながら頷き、どうか食べてくださいと口ではなく身振りで頼んだ。


「ま、まあ、料理は見た目じゃないっていうし、ね」

「そうですっ。料理は1に愛情2に愛情です! それにそこそこ質の良い素材使ってますから大丈夫ですよっ!」


 そう両手でガッツポーズを取りながら言うツバキに、男は少し安心したのか紫色をしたスープらしき物を一口すすった。

 ここで残念だったのは、このゲームの料理に愛情値なんていう物が無いことと、質の良い素材を使用するのと美味いがイコールで結ばれているわけではないということだ。


「ウボァッ!」


 たった一口、ほんの少しすすっただけで、男は紫色のスープを噴出した。いや、正確に表すのであれば、紫という独創的な色をしたスープを彼の味覚という味覚が全力でお断りしたというほうが正しい。その結果、スープが自然に口から出てしまったのだ。決してわざと吐き出したではない。

 そして噴き出したスープで顔を紫に染め上げあげている彼の頭の上には、いくつもの小さな星がくるくると回り始めていた。


「……気絶してる」


 気絶。状態異常デバフの一種であり、これにかかると解けるまで一切行動することができない凶悪な物だが、数秒で切れるのが一般的だ。

 だが、男の気絶は長かった。

 長すぎると確実にゲームバランスを崩すであろう気絶で、実に10秒もの間それにかかっていた。


「グフッ……アフゥッ……」


 男が気絶状態から開放されると、口から紫色の汁を垂れ流しながら、地面に横たわった。今にも死にそうなほどに顔色が悪い。


「お水」


 そういって、カエデは物乞いへとただの水を渡した。彼女は内心、ああ、やっぱりなぁと思っているのだが、それを口にすることはない。言ってしまえば、ツバキがしょんぼりとしてしまうからだ。


「あり、あり、ありが、とう……」


 男は手をぷるぷると震わせながら水を受け取ると、身体を起こし、まるで何日も水の一滴すら口にしていないかのようにそれを飲み干した。


「水うめええええええッ!!」


 死にそうな状態から一変、男は元気になった。カエデはそれが不思議に思ったものの、恐ろしく不味いツバキの料理の後なら水ですらの天上の美味になるだろうことは何となく想像できた。


「あ、あの……すいませんでした。その……えと」

「ごめんなさい。これ、お詫び」


 オタオタとしながら二の句が継げないツバキの代わりに、カエデが少しではあるがお金を男へと渡した。それでも金のないカエデとしては無理をした金額といえる。


「ああ、うん。貰っておくよ……」


 いやいや、大丈夫だからとは決していえない味だったのを男は思い出しながら、カエデが差し出したゲーム内通貨をありがたく頂戴した。


「はぁ……やっぱり、駄目だった……」


 がっくりとうな垂れるツバキの頭を、カエデは無言で撫で続けた。





「つまり、姉のメシがマズイ、と」


 口直しに近くの屋台で買ったフライドポテトをつまみながら、グロリアスは二人から説明された事情を頭の中でまとめたものを口に出した。


「はい……」


 しょんぼりとしながらグロリアスへと返事をしたのがツバキ。彼女が姉であり、その横でしきりに頷いているのが妹のカエデ。彼女達はリアルで姉妹なのだ。

 彼女達がこのゲームを始めた理由。それは姉のメシマズを治すためだった。なぜこのゲームでなければ駄目なのかと言えば、ここまで生産にこだわった物が少ないというのも理由の一つだが、一番大きいのがツバキは台所に近づくのを禁止されていることだ。

 何年も前の話。料理に興味を持ったツバキは、親の居ない間に好き勝手に料理をはじめ、それを食べた。

 結果、食べた瞬間から三日ほどの記憶が飛び、ツバキは病院のベッドで目覚めた。それからというもの、母親は必死にツバキのメシマズを治そうとしたのだが、成果はいまひとつに終わった。

 次から次へと不味い飯を作っては持ってくるツバキ。そしてそれを娘のためにと食べる父親。ついには父が根負けし、ツバキ料理禁止令が出てしまう。

 そしてリアルが駄目ならゲームで作れば良いという提案をカエデが出し、このゲームを始める。

 カエデが素材を調達し、それをツバキが作る。

 姉のためにと、せっせと働き蟻のように食材を持ってくるカエデの応援に答えなくてはと奮闘するも、グロリアスが紫色の汁を口から垂れ流す惨事を引き起こし、深刻そうな表情をしている二人を心配し、グロリアスは事情を聞いてみることにする。そして今に至る。


 二人から長々と説明を受けたグロリアスは、こめかみをヒクつかせながら、現状を把握した。


「つまり、毒見役をさせられた、と」


 ビクリ、とツバキとカエデが縮こまったのを見て、グロリアスはため息をついた。何だか妙なのに関わってしまったのを少しばかり後悔する。


「せめて自分達で味をみてから売らないと、恨まれると面倒だぞ」


 例えばPKや、でかいギルドのメンバーだとか、そういった人物にあんな物を食わせたらそれはもう面倒くさいことになるのは目に見えている。


「まだ死にたくない」

「カ、カエデちゃん酷い……」


 涼しげな顔できっぱりと事実を言うカエデに、ツバキは泣きそうな顔で抗議するのだが、本当のことなので仕方が無いために強く抗議出来なかった。

 五感を再現することの出来る最近のVRのデメリット。それがツバキの料理だ。味覚があるということは、つまるところ不味いというのが分かってしまうということに他ならない。

 五感の中でも、特に味覚というものは扱いが難しい。触覚や痛覚などは簡単に制御できるが、美味い不味いの基準は非常に曖昧であり、不味いという言葉一つとっても多種多様。どういう掛け合わせをすれば不味くなるのかを設定するだけでも一苦労ということもあって、味覚のデメリットだけを遮断する機能はまだついていない。


「とにかく、今度からは作りながら味見した方が良いと思う。口の中で広がる地獄を体験する犠牲者を増やしたくなければ、だけど」

「うう……はい、わかりましたぁ……」


 うな垂れるツバキに申し訳なさそうにしながらも、それじゃ、俺はこの辺で、とグロリアスは去っていった。なぜなら、このまま付き合い続けると毒見役をやらされる予感がしたからである。


「おねえちゃん、がんばろ」

「うん……そうだね、頑張る!」


 こうして、二人のメシマズ克服大作戦は始まりを告げた。

 ファストラーデの空は、この先を予見しているかのように、厚い灰色の雲がどこまでも広がっていた。




「無理、死ぬ」


 街にある職人工房。その中の調理用専用スペースにて、カエデが呟いた台詞だ。

 カエデが取ってきたドロップアイテムで、食材にはならないものを全て売却し、出来た金でたんまりと食材を購入すると、二人はこの専用スペースにこもった。パーティを組んでさえいればインスタンスなスペースに一緒に入れるため、作ってすぐに試食するにはありがたい仕様だ。

 そして気合を入れてツバキが作った地獄料理を食べたカエデは、一口でギブアップした。もはやこれは試食ではなく、死食です姉さん。とツバキへとアイコンタクトを送るも、ツバキには全く伝わっていなかった。


「じゃあ次はコレ!」

「……味見は?」

「こっちもしたよ? それで、大丈夫そうだったから相性の良さそうなのを入れてみたのっ! 今食べてもらったのは、ええと……きっと相性が良くなかったのね」


 うんうん。と頷くツバキに疑わしいまなざしを向けるカエデだが、食えと言われれば食べるしかない。

 仕方なしに、肉を焼いたような何かをナイフで切り分け口に運んだ。


「……っ」


 肉はとても表現の出来ない味だった。おまけに毒状態を表す紫色の泡がカエデの頭の上でぽわぽわと出現してははじけている。


「どう? 美味しい?」

「……すごい」


 美味しいかと聞かれて、凄いでは返答になっていないが、カエデにはコレ以外に適切な言葉を紡ぐことができなかった。


「凄い? どう凄いんだろう……凄く美味しいとか?」


 今回試食した物にはよほど自信があるようで、ツバキは晴れやかな顔でカエデに感想を促した。


「……すごい」

「だから、どう凄いの!? 美味しいとか、不味いとか、色々あるでしょ?」

「そういうの、超越してる」

「簡単に言うと?」

「まずい」


 自信満々な顔を一転、ふにゃっとツバキは机に突っ伏した。


「何がいけなかったんだろ……拾った草とかキノコとか入れたのがいけなかったのかなぁ……うー、でもでも、そのまま食べてみたときは美味しかったのになぁ。オークのお肉と合うと思ったんだけどなー」

「……」


 その辺で拾った正体不明な草やキノコを何故入れる。とカエデは自分の姉ながらツバキの事がよく分からなくなっていた。料理以外のことは何でも出来るというのに、なんでこんなにメシマズなのだろうかと、不思議でしかたがなかった。

 ただ、カエデは一つ妙案を思いついた。

 料理上手になるという目的からはかけ離れすぎているが、料理の試作をするのに重要なお金を稼げるかもしれない。そんな案だ。


「おねえちゃん、これもらっていい?」

「うん? もちろん良いけど、どうするの?」

「ないしょ」


 不思議そうな顔でカエデを見つめているツバキを尻目に、カエデは専用スペースから退出し、外へと向かった。





 街を出てすぐの場所はカエデにとっては格下すぎる敵しかいないが、実験するには丁度良い。


『来たれ、我が下僕』


 スケルトン召喚の呪文を唱えると、地面をボコリと突き破り骨の戦士が出現した。それを幾度か繰り返し、準備を整えた。

 骨の召喚を終え、近くにいた動物へとアイテムを放り投げた。

 ツバキ自慢の地獄料理を。

 それはカエデの狙い通りにシカの顔面にヒットすると、鹿はとたんにぷるぷると震えだし、一目散に逃げ始めた。

 恐怖という状態異常にかかっているのは間違いなかった。


「ふ、ふふふ……!」


 やっぱり、とカエデは笑いをこらえられなかった。

 どういう理屈なのか分からないが、ツバキの料理には強力な状態異常効果がある。それはグロリアスと名乗った男が受けた気絶もそうだし、カエデが食らった毒も同様だった。

 効果が強いうえ、料理の種類で状態異常も変わる。これはちょっと面白い発見。

 とはいえ、いかに強いアイテムだったとしても直接ダメージを与えられるわけじゃない。毒にしたってそれ単体では敵を削り殺すには時間がかかる。ではこのアイテムをどう有効活用するのか。

 それは、販売に他ならない。

 他に類を見ない効果時間と効果。それだけで馬鹿みたいに稼げるはず。カエデはそう考えた。




 カエデの予想通り、ツバキの暗黒料理はその効果が知れ渡ると同時に、凄まじい勢いで売れ始めた。それはもう屋台の商品をここからここまで頂戴な、といえるくらいの収入になった。消耗品なために一個辺りの値段は安いものだが、作れば作っただけ瞬く間に売れるのだから、黒字であればどんどん儲けが出る。

 ただ彼女にとって予想外だったのは、“わざとマズイ物を作る者”が出てきたことだろう。

 ツバキだけが特別な力を持っている何ていう事は無く、死ぬほどマズイ物を作れば誰でも超強力アイテムが作れてしまう。何せ調理をやっている者は多いし、持っている金はカエデよりも遥かに多い。金に物を言わせたマズイ飯を作られては、カエデ達に勝ち目は無かった。


「かねもちどもめ……!」


 ギリギリ、と歯噛みしながら、カエデはマズイ料理を売りさばく金持ち料理人達を忌々しげに睨み付けた。

 こっちが元祖であり本家だとはいえ、そんなことプレイヤーには関係の無い話。より強い状態異常アイテムが手に入ればそれで良いというのが総意だ。

 どこまでも続く不毛なメシマズ合戦。

 それで一番得をしたのは予想外に強力なアイテムを手に入れることの出来たプレイヤーであるのは確かだが、それで一番損をしたのもプレイヤーといえる。

 何しろ、街に出ている屋台や露天のほぼ全てが我先にとメシマズ屋になってしまったのだから、阿鼻叫喚の地獄絵図となるのも頷ける話だろう。

 屋台や露天に出せるアイテムの数には限りがあるし、ずっと中身がいる状態で販売を続けるわけにもいかない。プレイヤー達にもリアルがあり、延々とゲームをし続けるわけではない。そんなプレイヤー達は代理で販売してくれるNPCを雇うか、オートプレイヤーキャラ――中身はいないが簡単な事を自分のキャラにさせることの出来る状態。通称APC――と呼ばれる状態にし、販売をする。当然、出している商品を自動で変えてくれるなんていう便利な機能は無い。出せる種類に限りがあり、なおかつ補充するのは手動でなければならない。必然、美味い料理を出品するプレイヤーはかなり少なくなっていた。

 そんなわけで、カエデは大幅にそれていた目標を見つめなおした。

 今は美味しい物の供給が不足しているのだから、少し値段を上げて美味しい食べ物を販売すれば確実に儲かる。これは確実だ。


「というわけで、おいしいごはん、ぷりーず」

「これとかどう?」


 両手を差し出すカエデの手に、青いおにぎりを乗せるツバキ。


「むねん……!」


 ツバキのメシマズは一向に治らなかった。

 少し出来が良いと、適当に美味しくなりそうな物をぶち込み始める。このなかなか抜けない悪癖のせいで、彼女の姉の作った料理は100%の確率で不味くなる。もはやここまでいくとわざとやっているのではないかと疑いたくなるほどだった。

 がっくりとヒザと両手をつき、カエデは自身の立てた計画が動き出す前に破綻していたことを悟った。


「夫婦漫才ならぬ、姉妹漫才か」


 カエデの耳に届いたのは、ツバキのものではなく男の物。とある動画で一躍有名人になった物乞いの王グロリアス、その人である。

 グロリアスは呆れた表情をしながら肩をすくめた。


「変な物を入れる癖さえ抜けりゃあなぁ……」

「変なものじゃないですよー、美味しそうな物です!」


 美味しい物ではなく、美味し“そう”な物だと力説するツバキに、カエデとグロリアスはそろってため息を吐き出した。


「ま、それは良いとして……ほら、これ。一番簡単なレシピ取ってきた」


 アイテム欄からアイテムを手の中へと出し、テーブルの上へと置いた。それに書いてあることをツバキとカエデが身を乗り出して読み始めた。


「んじゃ、俺は帰る。またなー」


 椅子から立ち上がり、グロリアスはさっさと帰宅しようと専用スペースの出口へと向かっていく。

 暇そうにしていたグロリアスに、彼女達はドロップでしか手に入らない料理のレシピを取ってきてもらうように依頼しており、それを渡してしまえば特に用はない。何より味見するのがイヤなので基本的に長居はしない。


「おうさま、ありがとう」

「グロリアスさん、ありがとうございました」


 彼の背中へと二人そろって感謝を述べる。グロリアスは振り向かず、手を軽く上げて返答とした。


「さぁて、お姉ちゃん張り切って作っちゃうぞー!」


 腕まくりをしながら気合を入れるツバキをカエデは「ストップ」と声で制した。


「どうしたの、カエデちゃん」

「アイテムあずかる」


 といって、カエデはツバキへと出し、食材の受け渡しを要求する。

 カエデが思いついたのは、食材の全てを管理し、必要分しかツバキに使わせないという最終手段。本当は姉であるツバキに対してこんな事をしたくは無いカエデだったのだが、メシマズを治すのであればもうこれしか方法が無かった。


「う……ど、どうしても?」

「どーしても」

「絶対渡さなきゃ駄目?」

「だめ」


 口を尖らせながら、渋々といった表情で食材をカエデへとツバキが渡していく。何だかんだで自分のためにと頑張っている妹の言う事を無視するわけにもいかず、カバンに限界まで詰め込んでいる食材を全部渡すと、スカスカになったカバンに何ともいえない寂しさを感じた。


「うーんと、コレでつくって」


 カエデはいくつか素材を見繕い、ツバキへと渡す。それで何か作って、とツバキへとお願いした。彼女が渡した素材をそのまま使えば、ごくありふれたオークステーキが出来上がることだろう。


「はいはい、ちょっと待っててねー」


 と言いながらフライパンを装備し、火にかける。ほどよくフライパンが熱くなったところでオークの肉を投入すると、肉の焼ける美味しそうな音が工房の中に広がる。あとは焼けるのを待ち、いい具合に焼けたところで皿にうつす。そして塩とコショウを適量パパッとふりかければ、ただ焼いただけではあるが、立派なステーキの完成となる。


「はい、どうぞ」

「いただきます」


 これならば安心して食べられる。とカエデは手をあわせて食事前のお約束をし、ナイフでステーキを一口サイズに切り分けると、その断面からは肉汁がこれでもかと滴り落ち、オークの肉の脂の乗り具合に軽く感動した。

 フォークで肉を突き刺し、口へと運ぶ。もぐ、と肉をかみ締めると、豚肉と牛肉の中間のようなオークの肉の味が口いっぱいに広がり、カエデの頬を落とそうと攻撃してきた。それに頬を緩めながら肉を咀嚼し、飲み込む。オークの見た目からはとても想像出来ない芳醇な香りが鼻へと抜け、飲み込んでなおその存在感を示す。


「おいしい」


 評するのであれば、それ以外には無い。あれこれと褒め言葉を付け加えるなどしてしまっては無粋となるほどの美味。それがカエデの食べた普通のオークステーキへの感想である。

 もっとも、ツバキの地獄料理を連日試食したからこその美味ではあるのだが。


「むう……納得いかない」


 と、ツバキは不満げな顔でアゴに手をあてて唸った。


「なっとくしなさい」


 どちらが姉なのか分からない言葉をカエデがツバキへとかける。それにツバキは苦笑いを返しつつ、カエデが切り分けた肉をひょいと指で摘んで口へと放り入れた。


「……うん、美味しい」


 美味しい食べ物は、自然と人に笑顔を与える物。ツバキも、カエデも、意識せずに笑っていた。そして、その笑顔にさせてくれた物がツバキの作った料理という事実がカエデにはたまらなく嬉しかった。


「私でも、やれば出来るんだね……!」


 ツバキは料理というモノに少し自信がついた。

 そこで――


「次はオリジナルだね!」


 ――好きに作ろうとした。


「だめ。ぜったい、だめ。だんこ、きょひ」

「ええっ!? 絶対!?」

「だめ」

「どうしても!?」

「だめ」

「何が何でも!?」

「……うう、たまに、なら」


 どうやら、自分の思うように滅茶苦茶な料理を作るのが、ツバキは好きなようだった。カエデはそれに気がつくと、軽くため息をついて了承した。やはり、ゲームは好きにやってこと楽しい物なのだから、こうしろと強くいっても良い事はない。料理が下手なのは、独創的な料理の合間に少しずつ学んでもらおう。そう思った。

 今日も、仲の良い姉妹はのんびりと、自分達のペースでゲームを楽しむのだった。

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