02.穴倉の主・下
作戦を思いついてから、二人の行動は速かった。
コルンドはすぐさま街へと飛び、必要なアイテムを買い漁り、足りない分は百合根達のPKKギルドの職人へと依頼した。
これを受けたギルド側の職人は、PK達との闘争に巻き込んでしまったことを侘びながら、彼の始めての頼みともあって張り切ってアイテム作成を始めた。
自宅に戻り、色々と準備をしながらも、恩を売っておくことはやはり大切じゃなーと笑うドワーフに、元PKギルドの男グラースは、彼の頼みを最優先にしてPKKギルドが動き始めたということを聞き、驚いていた。
この大陸での有数の規模を誇るPKKギルド。その彼らがただ一人の採掘士のためだけにほとんどの者が動いている。アイテムを量産し続ける職人達もそうだが、素材が足りないとなれば戦闘が出来るものが調達しにいく。色々とやらなければいけないこともあるはずだというのに、それはグラースにとって異様ともいえる光景だった。
そして、必要なものがあらかたそろうと、二人はスキル上げを始めた。
コルンドはで対PK用のスキルを一つだけ。
グラースはいくつかある弱点を一つだけだが克服出来るスキルを。
時にはPKKギルドの面々に手伝ってもらい、またある時は二人でモンスターに突撃をかけながら、使える時間を惜しげもなく使い上げていった。
「しかし、これでよかったのかのう」
「何がだ?」
短くも、長く感じたスキル上げを終えたコルンドが、ぼそりとつぶやいた。
「結局、スキル上げにしろ対PK用のアイテムにしろ、百合根達に頼ってばかりというところが何だか申し訳なくての」
「ああ、そういうことか。なに、借りはたまには返してもらうもんだ。貸しっぱなしってのは貸してるほうは良いかもしないが、借りてる方は居心地が悪いからな」
「そういうもんかの」
「そういうもんだ」
岩の中にあるコルンド宅にて、雑談をしながら茶をすする二人。
いまだ名前の赤いグラースは普通の街ではガードに狙われてしまうため、買い物ですら命がけになる。かといってPKが作った街ではPKに狙われる。大規模なPKギルドのルールを破ったということは敵対したことに等しい。グラースの知る新しくギルドのマスターになった人物は、そういう者。ゲームをゲームだと思わないような人物だった。彼に残された道は適当にモンスターや赤ネームのNPCを倒してゆっくりと傾向を変えていくか、PKを殺して早めに中立に近づけるかのどちらかしかない。
つまり、時間のない今は赤ネームから他へと変更することも出来ず、買出しはもっぱらコルンド任せとなった。
「では、行こうかの」
「ああ」
食後の茶も飲み終わり、彼らは立ち上がった。
ただ頭にきたという理由で始まった、ささやかな復讐。
何度でも復活出来るゲームでの、小さなリベンジ。
森の中、木々に隠されているかのようにひっそりと存在する洞窟。その入り口には三人のプレイヤーがいた。マルレノと、その部下二人だ。
そのマルレノは、ついにグラースを追い出すことが出来たために、飛び上がりたい気分だった。ギルド内でもプレイヤースキルが高いことで知られていたグラース。それがいなくなったことにより、ようやくリーダーの方針に対して口を出せるだけの立場になることが出来たし、立場の良くなった中立へも攻撃派である自分にすり寄って来るやつも出てきた。そう考えただけで小躍りしたくてたまらなかった。
「ヒヒッ」
いまどきギルドで幹部だとかくだらない。そう言っていたグラースはどうだ。ギルドの方針に逆らって追放され、今じゃ買い物すらロクに出来ない体たらく。それに比べて自分はどうだ。今じゃギルドを構成する幹部の一人になっているし、パシリも出来た。とにかくマルレノは、ようやく目の上のこぶを追い出せて嬉しくて嬉しくてしかたがなかった。
そして、今日もドワーフの家へと向かう。
ここしばらくは自宅に近寄っていなかったらしいが、引越しさえしなければ必ずヤツはあそこに戻ってくる。もしかしたらグラースも一緒にいるかもしれない。だとすれば好都合。ロクに戦闘スキルのないであろう採集士と、グラースが手を組んだとしても脅威ではない。いくらヤツが近接同士での1vs1では無類の強さを誇るとはいえ、魔法抵抗が低いうえに、こちらは複数。勝ち目なんてあるわけがない。そうマルレノはほくそ笑みながら洞窟の入り口を見つめた。
「おい、お前ら先いけ」
「は、はい」
「任せてください」
最近マルレノに近寄ってきたギルドに入りたての二人へと指示を出し、先に行かせる。これで曲がり角の先でグラースが待ち構えていても安心出来る。それどころか簡単に倒せるじゃないか。マルレノは下手クソだか盾としては使える役立たず二人の背中を見ながら、口から漏れ出る笑いを隠そうともせず、洞窟を進んでいく。
「しっかし、ドワーフのじーさんまだいますかねぇ」
鉄製の全身鎧に身を包んだ男と、金が無いのか銅で作られた安いハーフプレートの鎧を着込んだ下っ端が、マルレノへと声をかけてきた。
「さーねェ、ボクはグラースをやれればそれで良いし、ジジイはどうでも良いヨ」
「グラースのヤロウが出てきたら、お願いしますよマルレノさんっ」
「そうそう、俺達じゃ壁をするぐらいがやっとですし」
つい先日までグラースさんグラースさんと親しげにしていた二人は、あろうことかグラースのヤロウと口に出した。それがまたマルレノの心をくすぐり、心地よさを感じさせた。
「まぁ、安心して任せ――」
そういった瞬間、シュンッと音を立てて左右から何かが飛んできた。
「うぁっ!」
「ってぇっ!」
飛来物に驚き、前を行く二人は声をあげた。
今飛んできた物の正体、それは矢だ。周囲に何かいるわけでもなく、となればこの矢の正体はたった一つしかない。
今までには無かった罠の存在に、マルレノは少し驚いた。まさかこんな短期間に罠スキルを上げていたのか。いや、確かに金持ちだと言われている爺ならやってやれなくはないかもしれない。PKKギルドとも繋がりがあるということを考えれば、その可能性はもっと高くなる。何しろ職人を大勢抱えている上に作成方法のわからないアイテムのレシピをいくつか所持しているのだから。そう考えながら、唇を噛んだ。
しかし、まさかPKを撃退するためだけに対人用の罠なんていう高級品を持ち出してくるとは思わなかったが、マルレノはここで退くつもりは毛頭無い。むしろ、この罠を突破してぶち殺してやりたいと考えていた。
「マ、マルレノさん。罠がなんて物があるなら帰った方がいいんじゃ」
「そ、そうですよ。俺ら罠探知ありませんし……」
「良いから進め。回復アイテムあんだろ? ヒヒッ」
撤退は許さない。暗にそういうマルレノに二人は従うしかなかった。いまどき流行らない上下関係の強いギルドに入っている以上、文句を言える立場ではない。最近になって脱退者が増えているということの理由がようやくわかった二人だった。
「はい……わかりました」
モニタ越しではなく、直接対面して会話をするVRでのデメリットがコレだ。外見がアバターになっているとはいえ、実際に対面して話しているわけだから、中の人の普段の気の強さというものがよく出てしまう。この二人はモニタ越しでは強気だが、本来の性格でいえば気の弱い方である。
しぶしぶ、といった風に歩き出した二人だが、すぐにハーフプレートの方が何かを踏んづけた。
シュオン、という音と共に、周囲を取り囲むようにモンスターが現れた。
対人トラップの一つ、モンスター召喚罠。これを踏むとその周囲で沸くモンスターを数匹出現させるのだが、彼らがいる洞窟のようにモンスターが出ない場所で使うとゲーム内に存在するモンスターをランダムで出現させることが出来る。
そして召喚されたのは、きちんと戦闘に特化した者が二人でようやく倒せるというファイアドレイクだった。
「げっ!」
「クソッ、こんな狭いところでファイアドレイクとか出すんじゃねえヨ!」
マルレノは毒づきながらも、目の前に出てきた障害物を排除するために詠唱をはじめた。
「はぁ……何とかなりましたね……」
そういう全身鎧のPKは地面に座り込み、回復をするために包帯を取り出した。
ファイアドレイクはかろうじて倒せたが、銅の鎧を着た貧乏人の方が死んでしまったことに、マルレノは苛立たしげに舌打ちをした。
マルレノはパーティ会話でさっさと戻って来いと伝え、合流するのをひとまずは待つことにしていた。罠があるとなれば、肉壁は多いほうが良かったからだ。
『あの、マルレノさん……』
死んだへっぽこから、離れていても会話できるようにと実装されている念話がパーティ会話で二人へと飛んでくる。
『あんだよ? いいからさっさとこいって』
『それがその……PKKが入り口にですね……いるんですよ』
『はぁっ!? ってことはアレか、こっちにきそうってことか?』
『いえ、違うんです。えっと、バーベキューしてます』
『……はぁ?』
入り口でワイワイとバーベキューをしているPKKというのがイマイチ連想できなかったマルレノだが、どうせドワーフが頼んだのだろうと考え、役に立たないヤツは置いておくことに決定した。いても大して変わらないのだから、待っていなくても良かったなと少し時間を無駄にしたことに後悔しながら、座り込んでいる鎧の男を足で小突きながら立てと促した。
「もう行くぞ。さぁて、PKKに頼ってながら負けたらどんな顔すんだろうな」
「は、はい」
そこからは、罠、罠、罠の嵐。とにかくひたすら回復し続け、両者は奥を目指し続けるが、どんどん減っていく回復薬に、マルレノは馬鹿らしくなり始めていた。
(何だって一人、よくて二人をヤるためだけにここまでしなきゃいけないんだ?)
元は彼が行くと言い出したことだが、ここまで大量の罠を仕掛けられるとめんどくさくなってきたのだ。回復アイテムの代金だってばかにならない。よくPKKに倒されているマルレノはあまり金がないのだ。
「あれ、こっち行き止まりッスね」
「チッ、もう良い。今回は引き返すぞ!」
苛立たしげに語気を強め、振り向いた。
そして、その瞬間に何かを踏んだ感触がし、また腹が立った。
ガチャンという音と共に、振り返ったマルレノの目の前に竹やりを組み合わせて作られた格子が落ちてきた。
なんだ。設置場所ミスってんじゃねえか。そう思ったマルレノの期待を裏切るように、天井から鈍い轟音が聞こえてくる。
対人用のトラップの中でも特に値段の高い物。その上設置できる場所が限られすぎてて不人気な罠、吊り天井。
そもそも罠自体が罠を探知するためのスキルがあれば見破れてしまう上、費用対効果が低いために上げている者は少ない。なのに、こんなクソ高い物を惜しげもなく使う馬鹿をマルレノは見たことが無かった。
「お、俺もう無理っす!」
そういって、一人残った肉壁はHP残量が0になった。
どうする、帰還するか。それとも探索を続けるか。マルレノには選択肢は無いに等しい。だが――。
「ほっほ、どうじゃった? ワシが仕掛けた遊び道具は楽しかったかの? もっと仕掛けておくから、精々楽しむといいわ」
格子の向こう側に行き成り現れ、マルレノをおちょくる者の存在で、帰還する選択肢はどこかへ蹴り飛ばされた。
「ぶっっっっっっコロス! ぜってぇコロス!」
マルレノの感情が怒りに傾いたことにより、システムは彼の顔を赤くした。それを見たコルンドは満足げに笑いながら、洞窟の奥へと消えていった。
「ファイア・ストーム!!」
精霊魔法の中級程度のスキルである炎の嵐でもって格子を焼き払い、ドワーフが走っていった方向へと駆け出した。
もはや罠がどうとか細かいことは良い。かかったら回復するし、モンスターが出たら何がなんでもぶっ殺す。マルレノの頭にはもうそれしかなかった。
そして、大量の罠にかかりながらも、ついにマルレノはドワーフを追い詰めることに成功したのだ。
「へへ、へへへ……ヒヒッ、クソジジイ、そこはもう行き止まりだぜェ? どうすんのかな? なぁなぁ、どうすんの? ヒヒヒッ」
追い詰めたことにより、ようやく落ち着いてきたマルレノは、ゆっくりとドワーフへと近づいた。
まだ魔法をかけるには遠い。ただ、後ろからグラースが来てグサリというのも警戒しなくてはいけない。そう考え、背後をチラチラと見ながら、じっくりと近づく。それに何よりも、こうして相手をいたぶることが彼の好きなことの一つでもあった。
「く、ううっ……これまで、か……」
コルンドは諦めたかのように、がくりと項垂れた。
「チッ、ちょっとは抵抗してよォ、ねぇねぇ、抵抗しようよォ」
ニヤ、とした笑みを浮かべ、マルレノは接近を続ける。
もう少しで魔法の射程内に入ることを経験から悟り、赤い宝玉のついた杖を出現させてその先端に炎を灯す。普段は全体的に魔法の効果を底上げする手袋型のものを使用しているが、攻撃に専念する場合は違う。炎系の精霊魔法を底上げする赤鉄と、巨大なルビーを用いた杖を使うのだ。何ヶ月も金策をし続けてようやく買えた逸品。マルレノはこれを何よりも大切にしている。
「ヒヒッ、これで終わりだなァ!」
そして一歩踏み出したときに、マルレノはがくりと体勢を崩した。急に地面が無くなったことに彼は驚き、咄嗟に手を伸ばした。
「ぷふっ」
コルンドは、思わず噴出してしまった。
岩を掘りぬいただけのじめっとした洞窟の行き止まりにある一つの違和感。よくよく見れば、灰色の薄い板を置いてあるのが普通ならば分かったはずだろう。
だが、マルレノはついにその違和感を見破ることは出来なかった。
「罠と言えば、これじゃよ。なぁPKさんや」
「て、てめっ! 落とし穴なんてアイテムに無いだろうがヨォ!」
「はっは、そりゃそうじゃ。何しろツルハシで掘っただけじゃからなぁ」
落とし穴。それもただ下に向けて地面を掘っただけの物。コルンドが最後にどうしても使いたかった採掘を駆使した攻撃手段だ。
「んぐ、くっそ!」
穴のふちを何とかつかんでいる手に力を入れ、マルレノは必死に這い上がろうとするも、ドワーフが近寄ってきたことによって自分の未来が見えた。
「ではな、下でお客さんがまっとるぞ」
そういって、コルンドはPKの手を蹴り飛ばし、穴へと落とした。
痛みはほとんど無いが、強い衝撃を受けたことで地面に叩きつけられたことに気付いたマルレノは、あまりの大きなダメージに赤く脈打つ視界も気にせずに周囲を見渡した。
このゲームではどれだけ落下しようとHPが1でとまる。それが幸いし、マルレノは即死を免れた。ただ、随分と落ちてきたせいでHPが1になってしまっている。赤く脈打つ視界はそれを分かりやすく表現しているエフェクトの一つ。
「ヒ、ヒヒ……ヒヒヒッ」
黒い石か何かで作られた部屋。床も天井も、何もかもが黒く、ただ松明の光がゆらゆらと周囲を照らすだけの場所に、モンスターなどではなく一人の男いた。それが彼の視界にうつると、マルレノは思わず笑った。
「待っていたぞ、マルレノ」
「ヒハッ、ヒヒヘッ」
可笑しな笑い声を発しながら、腰を地につけたままの体勢でずりずりと後ずさりしながらグラースと距離をとろうとするマルレノに、赤い革製の鎧を着た男は一つのアイテムを投げ渡した。
「回復する時間くらいはやる。さぁ、回復して立ち上がれ」
そういいながら直剣を抜き、その刀身は松明のおぼろげな光を反射する。
助けるためにいたのではない。その反射してマルレノの目に届いた光はそう言っている。
「ま、待って、待ってヨ、ネェ……ほら、同じギルドだった仲じゃない? 何もお互いやりあうことまではしなくてもさ、ネェ?」
「回復しろ」
「ほ、ほら。これ、この杖。これボクの宝物なんだよ? 今死んじゃうと落としちゃうじゃない? じーさんの大切な物を返してあげたグラースさんなら、分かるよネ? ネ?」
「……回復しないのなら、仕方が無い。名前を白くする糧になってもらおうか」
「ぐ、分かった。回復するから近づくなよォ!」
説得するのが無駄だと分かり、マルレノは回復の薬を何本か飲み干し立ち上がる。
それと同時に――
「アース・バインドォ!」
――グラースへと拘束魔法をかけた。
なんてことはない、魔法の範囲内に近づくまでグラースを接近させ、範囲に入ったところで要求を受け入れるフリをする。そうしたら回復し、一気に動きを止める。それだけで簡単に優勢になる。危機を脱出するためにマルレノが瞬時に考えたアイデアである。
「……」
「ヒヒッ、やっぱ脳筋だよねェ、グラース。これだから馬鹿は困るんだ。戦いっていうのはもっと頭を使わなきゃァ。もっとも、敵の言うことを律儀に聞くようなあんたにゃ無理だろうけど? クヒヒヒッ」
楽しげに笑うマルレノだが、グラースは無表情を貫いていた。
それをポーカーフェイスを装っているだけだと考え、マルレノは詠唱を始める。
炎の嵐よりも更に強い精霊魔法を使えば、魔法抵抗の低いグラースはひとたまりも無い。なら、使うのは炎系の最高位魔法以外に有り得ない。
この呪文は中級であるファイア・ストームのように無詠唱では発動できない。数秒から十秒程度時間魔力をため、その間決められた言葉を紡がなければいけない。
だが、グラースはアース・バインドによって拘束されている。
勝利、それをマルレノは確信している。
「……」
しかし、グラースは無言で一歩踏み出した。
その瞬間、彼の足に絡みついた変形させられた地面は脆くも崩れ去った。
「へ……? なんで……まさか、魔法抵抗上げた……? あれほど、あれほど上げるつもりはないとか言ってたくせに、上げやがったのかてめェ!」
「それがどうかしたか?」
魔法を完成させたマルレノは、かつて言っていたことをあっさりと無かったことにした目の前の人物へと声を張り上げたが、グラースはそれを平然と聞き流した。
「弱点をフォローできる味方がいない、そんな状態で仲間の援護ありきなビルドにしているわけがないだろう。馬鹿が」
「クソッ、インフェルノ・ブ――」
魔法を発動させようとした瞬間、グラースは一気にマルレノとの間合いを詰めた。マルレノは魔法を一旦中断させて真後ろへと飛びのく。
魔法は発動寸前で中断しようとも、意図的にこめられた魔力を消さないい限りは詠唱完了状態を維持する。だが、発動させようとする時に攻撃されれば、魔法は不発で終わってしまう。それを警戒しての中断。
が、それは悪手だった。
グラースは再びマルレノへと対象との間合いをつめることの出来る刀剣スキル、チャージを使用すると、その勢いのまま突きを放つ。
グラースの直剣はマルレノの肩を抉りながら突き進む。
そして柄まで深々と突き刺さった剣はそのままに、空いた左手で次なる一撃を叩き込む。
「はッ!」
掌底をマルレノの口へと打つ。閉口掌といわれる対象を静寂状態にするスキルがマルレノにヒットし、魔法戦に特化した男は静寂状態になる。
口を強打された男は、言葉を発しようとしても何も出てこない口を抑えながら、ふらふらと数歩後退し、壁に背をつけた。
静寂になった魔法使いほど哀れな物は無く、そのような者はグラースという対人マニアの敵ではない。
「しかし、死体をルートしないとは、やはりPKらしくないのう」
コルンドは茶をすすりながら、目の前に座るグラースへと声をかけた。
あの後、戦意を喪失したマルレノを打ち倒したグラースだったが、その死体からアイテムを奪おうとはしなかった。コルンドが聞いても、「さあ、ただなんとなくだ」というばかりで、その真意を聞くことは出来なかった。
「俺達はリベンジに成功した。後はPKKに任せてのんびり茶をすする。それで良いだろう、細かいことは気にするな」
「全く、頑固者め」
そう言い、二人は再び茶を一口すする。
ふう、と思わず出てしまう声も、どこかのんびりとした色を含んでいる。
「ところで、一つ聞いても良いか」
「んん? なんじゃ?」
グラースは、ここしばらくの疑問であったことをいい機会とばかりに聞いてみることにした。
「PKKギルドの連中にあんなに親切にするのは何でだ? 鉱石を安く売るくらいは別に良いとして……相談を受けたりしてたのを見たぞ」
「はっは、見られとったか。ま、あれじゃ……例のツルハシを作ってくれた知人が、あのギルドの創設者でな。リアルの都合で仕方なしにやめるとは言え、メンバーがちと心配だったもんじゃから、ワシがたまに様子を見ると約束したんじゃよ」
だから相談にものっているし、時には人生相談まで受けるんじゃ。とコルンドはグラースに穏やかな顔で伝えた。
きっと今は居ない知人と遊んでいたときのことを思い出しているのだろうとグラースは思いながら、ふと一つひっかかった。
「じ、人生相談って、普通ゲームの知り合いにするものなのか?」
「いや、普通はせんじゃろ」
グラースに問いに、コルンドは軽く笑いながら答えた。
「じゃがな。悩みも同じことではあるが、ゲーム内でそこそこ仲が良く、なおかつギルド員ではないワシだからこそ言えることもあるものでな。それに、相談とはいっても大概自分の仲で結論が出ているような物も多いしの」
「そのアバターで言われると、なんだか本当に中身までじいさん何じゃないかと思えてくるな」
「はっは、案外中身は美少女かもしれんぞ?」
「それはない」
「即答しおった……」
久しぶりののんびりとした時間に、グラースは自然と頬が緩んでいることに気がついた。
戦うだけばかりがゲームじゃないんだな。そう思いながら、彼はコルンドと他愛も無い会話を続けていく。
「平和じゃなー」
「ああ、平和だ」
プレイヤーキルから始まった白ネームの男と、いまだ赤ネームな男の友人関係は、まだ始まったばかり。
このしばらく後、とある採掘士の掘った洞窟が謎の黒い部屋につながったことによりダンジョン化するのだが、それがコルンドの掘った物かどうかは定かでは無い。
というわけで、02.穴倉の主でした。
今回は採掘+罠なコルンドと刀剣と格闘という人気な組み合わせを使うグラースという男二人の組み合わせでした。