02.穴倉の主・上
ザク、ザクという音が洞窟に響く。時折それに混じってガキンという音がすることで、そこに金属があることを音を出している主へと伝える。
その音と、勘のみでただひたすらに洞窟を掘り進む小さな男。額に刻まれた無数の皺と、口元から胸まで届く豊満な白いひげが、壁へと取り付けられた松明により照らされている。
ドワーフの採掘士コルンド。スキルがカンストし、より良質な武器や鎧を自らの手で作ろうとする鍛冶屋ならば、彼を知らない者はいない。
おおよその人間は戦闘なり製造を中心とし、ちょっとした空き時間で採掘や伐採といった採集をするのだが、彼は違う。毎日採掘ばかりをし続け、掘ってきた鉱石を鍛冶屋などの必要な者へと売る。そうしたらまた採掘を始める。1人辺り1キャラしか作れないというこのゲームにおいて、そういった遊び方をする者は極めて稀だ。
スキルの合計値がマックスまで行っている者が新しいことをしたいのであれば、上げているスキルを下げて他のスキル上げるか、かなり高額なレアアイテムである封印石というアイテムを使用してスキル値を移しておくくらいしか手段がない。もっとも封印石は1個辺りスキル1つしか移せないということもあり、大量のスキルを保存しようとすると金がいくらあっても足りなくなる。
つまり、ひたすら掘ってばかりの彼が持ってくる鉱石は、鍛冶屋にとっては貴重なお宝といえなくもない。
何しろ良質な鉱石という物は岩肌をちょろっと掘って出てくるものではなく、それなりに掘り進めなければいけないのだから、コルンドのように採掘をメインにしている変わり者でなければ、量を集めることは難しい。
かといって普通の質の物で作ると、今度は戦闘を中心にしている者がもっと良いのは無いのかと言ってくる。
そんなわけで、製造人達は今日も彼の鉱石を待ちわびている。
(さて、そろそろ帰るとするかのう)
鉱石で満杯になったアイテム欄を満足げに眺めながら、コルンドはツルハシを杖代わりにし、ふぅと息を吐き出した。
一息ついた後、利便性のために取得した次元魔法から最寄の街へと戻るための魔法を起動させる。するとたちまち彼の周囲に青白い光が渦巻き、数秒後にコルンドは洞窟から姿を消した。
あとは無人となった洞窟だけが残り、時間経過により崩落してしまえば彼がひたすら掘った穴は痕跡すらも残らずに消滅する。
もしもこの仕様が無ければ、コルンドが掘りまくったおかげであちこち地盤沈下しているか、あるいはドワーフの地下王国でも出来ているだろう。
巨大な防壁に囲まれ、石や木はもちろん、中にはレンガで出来た建物が規則正しく並ぶ町並み。広場には料理に限らず、様々な物が並ぶ屋台の数々。コルンドのいる大陸で一番最初に作られた大きな街ファストラーデ。そのいつも通りな賑やかさを尻目に、コルンドは路地裏へと歩を進めた。
彼が入った路地裏の一番奥。そこには一人の鍛冶屋がいる。コルンドはその彼女に鉱石を売りにきたのだ。
彼女とはそこそこに付き合いが長く、採掘が終わると必ず一番に売りに行く。特に鉱石を売ると約束をしたわけでもなく、頼まれたというわけでもないのだが、どうせ売るなら知人に喜んでもらえる方が彼としても嬉しい。
「おう、百合根。元気しとるか?」
いくつかの曲がり角を曲がり、人っ子一人いない寂れたところまでくると、そこには屋台のようなものではなく、布を広げてその上にアイテムを置いただけという露天が一つだけあった。
その露天を出しているショートカットの女キャラへとコルンドが声をかけると、頬杖をついたままコルンドへと目を向けた。
「ああ、コルンド。元気と言えば元気だけどさ、見ての通りわたしの店は閑古鳥が鳴いててね、そういう意味ではあんまり元気ないかも?」
「そりゃこんな路地裏で屋台を出してれば当然じゃろ。折角良い物扱っとるんだから広場で出せば良いものを」
「いやいや、やっぱり名店は隠れてなきゃ!」
「その気持ちはわからんでもないのう……」
彼の友人である百合根はなかなかに腕の良い鍛冶屋なのだが、そのこだわりのせいで売り上げはいささか寂しい。それでも彼が毎回鉱石を持ってくると喜んで買うのだから、彼女の店を探し当てる者は意外といるのかもしれない。
「さて、今日はこれくらい採ってきたのだが、いくらで買うかね?」
「こりゃまた、随分と採ってきたこと……赤鉄、黒鉄、銀に霊銀、それに龍眼鉱まであるし、おまけにこの量。どれだけ掘ってたんだか……っと、ちょっと待ってね。今計算するから」
百合根はアイテムの相場を書いておいたメモ帳ツールを呼び出し、それと一緒に電卓ツールを呼び出した。
コルンドのカバンに入っているアイテム相場を一つずつ調べながら、電卓の数字をどんどん増やしていく。
「っと、これくらいかな?」
電卓をくるんと裏返しにし、コルンドへと買い取り金額を提示。
彼はドワーフ族自慢のあご髭を撫でながら、百合根が出してきた数字を見つめた。
「ふぅむ、そこから10%ほど安くってとこじゃなぁ」
「いやいや、それは悪いってば。いっつも安く売ってくれてるし、たまには適正価格で買い取るよ」
コルンドは、百合根に売る時は必ず相場より安く鉱石を卸す。なぜかといえば、別に彼女とお近づきになりたいとかそういうのではなく、それなりのメリットがあるからだ。
「なに、また近いうちに研磨の結晶を売ってほしいところでな。ギブアンドテイクっていうヤツじゃよ。それにツルハシの修理もお願いしたいからの」
研磨の結晶。プレイヤーの中でも、大規模なギルドでなければいけないような危険地帯の敵がドロップするアイテムであり、アイテムの最大耐久を回復させる効果がある。なかなか手に入らないような業物に使う高級なアイテムだ。
一般的なプレイヤーは並の武器を最大耐久がある程度落ちるまで使い込み、厳しくなってきたら新しい物を買う方が安上がりなため、研磨の結晶を使うことはない。使用する者といえば、強い装備をして強敵と戦う必要のある者。つまりは研磨の結晶を取れるような者達くらいであり、その辺の屋台に置いてあるわけもない。稀にあったとしても、屋台の賑やかしなのか売るつもりのない値段がついている。
それをコルンドはツルハシに使う。
入手困難な完全ハンドメイドの超級品でもなく、良い物ではあるがいたって普通のツルハシの耐久を回復させるためだけに、百合根から結晶を購入する。
これがいくつかあるメリットの内の一つ。
「んー、こっちとしてはコルンドのためなら、研磨の結晶の一つや二つ喜んで売るけど、っていうか譲るけどさ、何か申し訳ないなぁ」
「よいよい、金はきちんと払う。それに、いざとなったら力を貸してもらうからの。そういう意味でもただ単に安く売っているわけではないのだから、気にせんでくれ」
「そんなこといっても、力を貸してほしいって言ってきたことないじゃない。欲がないっていうか、なんていうか……」
「わからんぞ? その内無茶苦茶なことを要求するかもしれん。たぶん無いがな」
「もう……何か困ったことがあったら、すぐに言ってね。無茶苦茶でも良いから」
「うむ、そのときは頼りにしておるよ」
コルンドは百合根へと鉱石を売却し、ついでにちゃちゃっとツルハシの修理をしてもらうと、鉱石の買取をしている者が多い広場へ残りを売却するために来た道を引き返していく。
広場に戻り、待っていましたとばかりにコルンドに声をかける鍛冶スキル持ち達へと、不公平にならないようにと平均的に鉱石を売り、彼の所持金はかなり増えた。
しかし、コルンドは金を余り使わない。
研磨の結晶は高いとは言え、頻繁に使うものではないし、修理は当然安い。これまでに彼が大金を使ったのは精々家を作るための土地の権利チケットを買った時くらいのもの。それ以外には飲み物や食事といった消耗品を買う程度だ。必然、コルンドはとてつもなく金を持っている。日々採掘ばかりをして使っていないのだから、むしろたまっていないほうがおかしい。
そして、どうせたまっていくばかりで使い道が少ないのだからと、無駄に良い食べ物をいつも買っている。
例えば龍の肉の中でも特に美味いと言われている部位を使ったドラゴンのステーキや、尻尾を使ったテールスープ。空の王と呼ばれる大鷲型のユニークモンスター“白尾のグウィン”の焼き鳥だとか、その卵を使ったいくつもの卵料理やデザート。どれもこれも食べると強烈なバフがかかるアイテムであり、日常的に使うの物ではない。
だが、現実では食べれないような物を好きに食べられるのがこの世界の良い所。そこに金をかけずにどこに金をかけろというのか、そう言わんばかりに彼は広場の屋台を一つ一つのぞいては料理を購入していく。
ひとしきり買い物を楽しんだコルンドは、自宅に帰るために帰還用の次元魔法を発動させる。
街に戻るために使ったものではなく、設定された場所に戻るための魔法だ。
戦闘で有用な魔法もあれば、移動関係の便利な物まである次元魔法は当然人気であり、上げるのは他のスキルと比べて倍近い時間を要する。他にも刀剣や鍛冶といった人気スキルも次元と同じ程度の時間が必要だろう。
詠唱が終わり、コルンドの身体の回りに渦を巻いている光が最高潮に達すると、シュン、という音と共に彼の身体は瞬時に設定されている場所へと帰還する。
そしてコルンドが目を開けると、いつもの見慣れた風景が目に飛び込んできた。
木製の壁に、値の張るオークという木で作られたテーブルにそれとセットの椅子。
ここは彼の自宅。折角だからと無駄と言って良いほどに高い素材を使って木工職人に作ってもらったものだ。とはいえ、家そのものはさほど金のかかる物でもなく、本当に高いのは家を建てる為の土地の権利チケットのほうだ。何しろNPCしか売っていないのだから安くする方法なんて物は無く、運営側にとって丁度良い通貨回収手段になっている。
コルンドはあまった通貨や、今は食べない料理をチェストにしまうと、待ってましたとばかりにテーブルに料理の数々を並べ舌鼓を打つのだった。
(さて、行くとするかの)
と、空腹度が上限値になっても尚食べたせいで満腹な腹をさすりながら、コルンドはガタリと音をさせながら椅子から立ち上がった。
装備はこげ茶色の簡素な普段着の上下とツルハシのみ。アイテム欄にあるのも予備のツルハシが1本と途中で食べるための少しばかりの食料だけ。
採掘士なら誰でもコルンドのようにカバンを可能な限り軽くする。戦闘をする人間であれば回復関係や食事などを持っていったりするが、採集をする者は一度に持って帰れる量が最も重要であり、そのためなら途中で腹が減っても我慢する者は多い。それは彼も同じことで、食料が無くなってからは空腹を我慢しながら良質な鉱石としょぼい物を交換し続けることになる。だからゲーム上の満腹ではなく、精神的な満腹になるまで食事をとったのだ。
コルンドが家から出ると、やはりそこもお馴染みな光景。
周囲どこを見渡しても、目に飛び込んでくるのは灰色。南側には外へと続く通路。
岩を掘って掘って掘りまくって作られた巨大な空間に、彼の家は建っている。
コルンドにとっても不思議なことだが、この世界の地下は崩落する場所と崩落しない場所の二つがある。いったいコレにどういう意味があるのか分からないが、何の意味もなくこうしている訳も無いだろうと考え、その内くまなく掘って調べてみるのも良いだろうなどと彼は思っている。だが、当分は採掘をしていることだろう。
手近な壁をなんとなくで選び、狙いを定める。そしてツルハシの先端を突き刺す。すると刺さったツルハシを中心に無数の亀裂が入り、あとはそれを崩していく。
力が必要なように見える採掘だが、流石は採掘カンストの力なのか、壁はサックサックと軽快な音を奏でながらどんどん崩れていく。砕けて石となった欠片はふわふわと地面スレスレの位置で浮かび、自分はアイテムだということをコルンドへ伝えるのだが、彼はそれを拾うことは無い。なにしろ用途も少ない上にとてつもなく安いのだから、拾うだけ時間の無駄になる。彼が狙うのは鉄よりも上の物。例えば炎系の魔力で変質した赤鉄と呼ばれる鉱石であったり、変質のし過ぎで魔力を通さなくなったといわれる黒鉄であったりだ。もちろん鍛冶用としても彫金用としても使える金や銀も拾っていく。
サックサック、ザックザックと砂でも掘っているのかと言わんばかりに掘り進めるコルンドのツルハシが、ガキンッと何か硬いものに当たった。
彼はそれを無理に掘ることはせず、何かがある場所の周囲を丁寧に崩す。
すると、灰色の岩に混じって薄っすらと黄緑がかった銀色の部分が出てきた。
(ほ、霊銀とは幸先良いの)
採掘開始して間もなく、しかも一番最初に出てきた思わぬ貴重な鉱物にコルンドはにんまりと笑みを浮かべながら霊銀の採掘を開始した。
霊銀。またはミスリルとも呼ばれる高価な鉱物。これは魔力を良く通し、なおかつ増幅させるという設定があり、実際に職人達がミスリルを用いて作った武器は設定通り魔法系のダメージにプラス補正をかける。逆に防具にしてしまうと魔力の通りが良いという設定のせいで、敵の魔法までよく通してしまう。そのためにミスリルの防具は、魔法の被ダメージが多少高くなってしまうのだが、霊銀本来の硬さなどもあって物理防御の方は高い。デメリットは確かにあるものの、薄っすらと黄緑がかった銀色という見た目の良さもあって人気のある鉱石のひとつといえる。
コルンドは掘り出した霊銀の塊をカバンへと入れ、ほくほく顔で再び洞窟を形成していく。
彼の採掘は非常に気まぐれだ。
効率よく鉱石を得ようとする他の採掘士と違い、コルンドは適当といっても良いほどめちゃくちゃに掘り進める。
時には真っ直ぐ、時にはくねくねと蛇行しながら。かと思えば、大きな部屋を作るかのように掘り始める。
何故彼はこんな掘り方をするのかといえば、特に理由は無い。
何となくこっちを掘りたいから掘り、何か違うと思えば別の場所を掘る。自由気ままに採掘生活をしたいからこそ、効率は求めずに好きにやろうと考えた結果こうなったのだ。
もしも製造をやる合間に採掘をやるのであれば、彼も他の採掘士のようにより効率の良い採掘方法を行っていたかもしれないが、採掘しかしないのであればむしろ効率というものは邪魔だった。コルンドは採掘を面白いとおもっているからこそ、それを上げる。だから効率を求めて作業的にしてしまうのはもったいない。そうやって良い鉱物を掘り出しても、得た時に感じる喜びはきっと半減してしまうことだろう。そう彼は思った。ゆえに、彼は自由気ままに勘を頼りに掘り進む。
幸先の良い出だしに、次なる鉱物に期待していたコルンドだったが、何事も全てがうまく行くわけがなかった。なぜなら、背後で何者かがやってくる音が反響によって彼の耳に聞こえてきたからだ。
人の多い場所からかなり離れた僻地にある彼の家に客がくることは少ない。その少ない訪問者も、大抵は百合根のギルドの人間であったり、同じように採掘をメインにしている変わり者であったりだ。その誰もが、必ず彼へと事前に連絡を入れてからやってくる。とすれば一体誰だろうか。コルンドはそう思いながら背後へと振り向き、曲がりくねった道を歩いてくるであろう人物を待った。
そしてその姿が現れた瞬間、背筋が凍りついた。
機動性を重視した革製の鎧は良い。手に持っている長い直剣も良い。
彼の背筋を凍らせたのは、目の前の人物の頭上にある物。
赤い名前。PKである証拠。
「探したぞ、じいさん」
「な……さ、探した? い、一体ワシに何のようじゃ」
ただ迷い込んだわけではない。お前を殺しにきた。暗にそう言うPKの男に向かって、コルンドは焦りを隠せないままに問いを投げた。
コルンドの焦りを見逃さなかったのか、赤い短髪のPKは静かに笑い、彼の疑問に答えた。
「上に言われてな。殺しに来た」
「ち、ちょっと待て、今のお前さんのギルドは中立は狙わんのでは無かったか?」
赤い名前の男の鎧には、有名なPKギルドの紋章がつけられている。
そしてそのギルドは中立プレイヤーへの攻撃を制限し、PKとPKKでの対人戦、あるいは攻城戦を楽しもうという方針を掲げていることは誰でも知っていた。あくまでも対人をするためだけの赤ネームであり、むやみにPKすることをギルドリーダーが嫌っていた。
では何故このPKは自分を狙ったのか。
コルンドには心当たりがあった。
百合根の所属するギルド。この大陸でも有数の精強さを誇る廃プレイヤーが集うそのギルドは、PKKの集団だからだ。それに率先して素材を売っている自分も、彼らの仲間だとみなされたのだろう。と、少し考えてみれば合点がいった。
「知りたいなら教えてやる。理由は二つ。一つ目、PKKギルドに関わった者もギルドの一員としてみなすことになった。二つ目……」
「くっ……」
コルンドの導き出した結論通りのことを言いながらも、剣を抜き放ちジリジリと迫り来るPKに、彼はツルハシを両の手でしっかりと握り締め迎撃の構えを見せた。
「……中立へのPK解禁」
「ば、馬鹿な! お前のところは対人がやりたかっただけではなかったのか!?」
自分のことはともかく、何故中立にまで攻撃することにしたのか。コルンドには分からなかった。
ただ分かることは、魔法での帰還も詠唱時間を考えれば不可能であり、どこにも逃げ場がないということだけだ。
「なに、簡単なことだ。上が変わった。ただ、それだけのことッ!」
「ぬぅっ!」
PKは言い終わると同時に袈裟懸けにコルンドへと斬りかかる。それをツルハシでもって受けようとするも、戦闘面のスキルに乏しいコルンドはそれを完全に防ぐことは出来なかった。
わずかながら肩を斬られ、視界の左上に表示されているHPバーが瞬時に被ダメージを反映し、減っていく。
微かに受け流されたものの、そんなことは関係ないと体勢を崩すことのなかった赤髪が次の攻撃のモーションに入る。袈裟懸けに斬ったため右へと流れている剣の先を上げコルンドへと向ける。そしてそのまま軽く引き狙いを定める。ごく短い時間のうちにその動作を終える。
刺突。これのダメージを上げるためにより刃先を鋭利にするという改良を加えられている直剣の利点通り、男はコルンドの胸元めがけて突きを放った。
しかしコルンドは刺突が来ることを放たれるよりも早く察知すると、その身をひねりすんでのところでそれをかわす。
刺突攻撃の弱点。それは隙の大きさにある。
ならば今しかない、とコルンドは身体を正面に向きなおすと同時にPKの脇をすり抜けるべく、足を踏み出した。
「はッ!」
だが、脇を抜けられると思った次の瞬間、腹部への強い衝撃と共に背後の岩壁まで飛ばされ、背中をしたたかに打ちつけた。
「ぐ……格闘、か」
横をすり抜けるようとしたときに彼の腹部を襲ったモノの正体。それはヒザだ。
このPKは刀剣とは別に、超近距離用に格闘スキルを上げていた。
ダメージとリーチにはやや不安があるものの、ノックバックやスタンといった多種多様な追加効果を誇るスキル。それが格闘である。
(ここまでか……)
コルンドは覚悟した。狭い通路での刺突攻撃の強さというのももちろん、それに加えて格闘まである相手に勝つことは、どうやったって出来ない。
「すまないな」
そう微かなPKの言葉が聞こえると同時にコルンドの視界は赤く染まり、次いで視界が暗転した。
死んだことによる復活地点への転送が行われたのだ。
(まさかPKがくるとはのう)
まあ良い。どうせのんびりしていれば衰弱も治るのだ。復活拠点である自宅に戻されたコルンドは、突如視界にあらわれたログに驚愕した。
『スチールピッケルを奪われました』
「そんな、まさか……」
すぐさま死体付近を見るためのサブカメラを起動し確認してみると、確かにPKはピッケルをその手に持っていたところが映されていた。
「ま、待て!」
耐久が減れば修理し、最大耐久が減れば回復させ、長く使い続けてきた愛用の品。それを持っていこうとするPKよ、それだけはやめてくれと、意識するよりも早く口が勝手に動いていた。
それがたとえ聞こえていなかったとしても、それでも彼の口は自然と言葉を発してしまう。
「頼む、待ってくれ!!」
PKのそばに死体が残ったままだというのに、コルンドはそんなことも忘れて走り出した。その状態では全ての能力値にペナルティがかかり、いかに戦闘スキルがカンストしていようと雑魚にすら苦戦するほどだというのに。
(たのむ、そのままそこにいてくれ!)
PKがいる場所から外までは一本道になっている。それなら帰還魔法を覚えていない者であれば必ず遭遇するはずだと、彼は確率の低い望みにすがるように走った。
「……また来たのか」
途中、コルンドは広く掘りぬいた部分でPKに遭遇することが出来た。
「頼む、そのツルハシを返してくれ! 金、金を払う! だからそれだけは!」
てっきり無謀にもやり返そうとしてきたと思っていたPKは、突然の必死な懇願に面食らいつつも、たったいま奪い取ったばかりのツルハシがこのドワーフにとって大事な物だということを理解した。
「それほど大切な物なのか?」
「そう、そうなんじゃ。それは昔、知人が作ってくれた物なのだ。たかがゲームのアイテム、そう思っていたというのに、いざ無くなってみればこの通り、焦りに焦る馬鹿な爺を笑ってくれ。ただ、それだけはどうか返してもらえないだろうか……」
そういってコルンドは深く頭を下げた。
PKは無表情ながらも、何かを考えているかのように少しの間だけ目をつむると、手にツルハシを出現させた。
「……ここに置いていく。勝手にもって行くかどうかはお前に任せる」
コルンドの願いが伝わったのか、PKは遠まわしにアイテムを返すと告げた。
「おお、おお……!」
ドワーフは頭を上げ、安堵の笑みを浮かべる。
彼自身も、本当に戻ってくるとは思わなかった。それでももしかしたらと思い、必死に頼んだ。それが功を奏した。
「俺も、似た経験がある。使ってこそ作った者も喜ぶだろうと使い続け、失ってしまった時の何ともいえない辛さ。きっと、誰にでもあることなんだろうな」
そう言って、PKはツルハシを地面へと落とし、外へと向かうためにゆっくりと踏み出そうとした。
「アース・バインド」
ここにいるドワーフと赤髪のPKとは別の声が突如響いた。
それと同時に、PKとコルンドの足にぐねぐねと動き始めた地面が絡みつき、両者を束縛する。
精霊魔法の一種。攻撃系だらけなこのスキルの中に一つだけ存在する拘束系の範囲魔法だと、PKは声と同時に気付いたが彼の低い魔法抵抗でこれをレジストすることは出来なかった。
表情の無かった顔を驚きに変え、PKは新しくやってきた者がいるであろう方向へと目を向けた。
「ヒヒッ、やっぱり裏切ったねェ。中立へ攻撃することに最後まで反対してたお前のことだ、後をつけてりゃ絶対裏切ると思ってたよ……ヒヒヒッ」
コルンドは新しく現れた者へと軽く身体をよじって顔を向けると、やはりそこにいたのは赤い髪の男と同じくPKだった。
「チッ、相変わらず気持ち悪いロールプレイだな。マルレノ」
「ヒヒッ、何とでも言えよ。あ、そうそう。そのツルハシはきちんとボクがNPC商店に売却してあげっから、感謝しろよ? ヒヒヒッ、ヒヒッ」
「ま、待て! それは――」
趣味の笑い声をあげながらツルハシへと近づいていく新しいPKに、やめてくれと伝えようとしたコルンドの言葉は最後まで紡がれることは無かった。言い終わるよりも早く、PKは敵の詠唱など防ぐ呪文。サイレントという名称のソレをコルンドへかけていた。
「いやあ、さっすが採集しかやらないだけあって、オートでも簡単にかかるねェ。んじゃま、ボクはこの辺で帰るからネ。ゴミの処分は任せなさいナ。それと、このことはきちんとリーダーに伝えておくからさ、安心しすると良いヨ」
「ま、待て! せめてそのツルハシだけでも返してもらうぞ!」
自分が返すと判断した物なのだから、ここで持って行かせるなんてことは赤髪は到底納得出来ないものだった。これならば、捨てたのだから拾うのは自由などと格好つけずに、おとなしくトレードで渡しておけばよかったと後悔しながら、PKのマルレノへと声を張り上げた。
「無理無理、遠距離攻撃も無い上に魔法抵抗も低い脳筋が、拘束された状態で何か出来るわけないジャン?」
ニタニタと笑いながら、PKは姿を透明にした。
隠密や自然同調と同じ効果を持つ姿隠しの魔法を扱うこのPKを追いかける術は、コルンドにも、赤髪にも無かった。
「全て俺の責任だ……本当に申し訳ない」
赤い髪の男は、コルンドへと深く頭を下げた。魔法タイプのPKが去ってから、二人の拘束はすぐに解けたために両者とも自由の身。あのPKは拘束時間を正確に把握出来ていたからこそ、悠長に会話をするなんていうことが出来たのだ。
「いや、お主が悪いことはあるまいて……しいていえば、無くしたくない物を持っておったワシが悪い」
「そんなことは無い、悪いのは俺だ」
「だからヌシは悪くないと……まあ、運が悪かったということかのう……」
がっくりと肩を落とすコルンドに、PKは声をかけることが出来なかった。
元はといえば、中立に攻撃をしかけることに対して嫌々だったとはいえ、ギルドを抜けたくないがために目の前の男をPKをした自分の責任だ。なら、責任を取ろう。そう考え、PKは外へと続く洞窟に目を向けた。
「何を考えておる」
PKがじっと出口へと続く通路を見ていることに気がついたコルンドは、彼へと声を投げかけた。
「……」
「やつらのアジトに行って暴れる。違うか? 元々対人派と昔ながらのPK派で別れてたようじゃしな。違っていても似たようなことをしようとは思っているじゃろ」
「……せめてアイツらを数人やれば気も晴れるかと」
PKの言葉を聴き、コルンドはため息をついた。
「そんなことで気が晴れるわけないだろうに……それに、別にお前さんを恨んでなんておらんよ。頭にきていないわけではないがな。じゃが、それよりもあの気色悪いPKの方がよほど頭にくる。いうに事欠いてゴミじゃと? そりゃデータでいえば大したことはないが、ゴミは無いとおもうがな……!」
「なら、やはり俺が」
「待て待て、それではお主がアイテムを落とすだけで、全然面白くないじゃろが」
歩き始めた赤髪を、コルンドはいいからちょっと待てと制止する。
確かに奇襲を仕掛ければ数人倒す程度のことは出来るかもしれない。だが、それでは自分は面白くない。彼はそう言った。
「なら、PKKに頼むのか? 確かにやつらなら徹底的にやってくれるとは思うが」
「ま、PKK達の手を借りはするが、全部を丸投げするのものう……そうじゃな、ワシらで一矢報いてみるのはどうかな?」
ふふん、としたり顔でいうドワーフの考えがPKには分からなかった。PKKの手を借りるのは分かるが、その前にヤツらにリベンジするとはどういうことだろうか。それも、ワシらと複数形になっているということは、このドワーフもPKギルドとの戦いに参加するということだ。しかしこの男は採集専門なのだから、戦闘なんて出来はしない。たった一つであれば比較的早いかもしれないが、まともにやろうとするならば長い時間をかけなければいけないのだから、と。
「さて、ここで質問じゃ。主はここに来るまでの道をどう思った?」
「は? ん、道か……そうだな、やたら入り組んでいるは行き止まりはあるは、こんなところに家なんてあるのか? と思ったな。まるでダンジョンのよう――ああ、なるほど。そういうことか」
なるほど、やりたいことが分かったぞ。そう言うように、男はニヤリと笑った。それを見たコルンドも、やはりニヤリと笑い返した。
「この洞窟はな、行き止まりは複数あるが、出入り口は一本しかない。なら、ここまでの道をダンジョンにしてしまえば、それはもう楽しいことにならんかのう」
「いやいや、それは実に楽しそうな提案だな。となれば、上げるスキルは一つ、といったところか」
「うむ、協力してもらうぞ?」
「まさか、赤ネームが白ネームに協力することになるとはな」
赤髪のPKは肩をすくめながら、ドワーフの提案を呑んだ。
こうして、二人は一旦手を取り合いPKギルド達と立ち向かうこととなった。