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第4話 燃え尽きるのはお前のプライドか、俺の借金か

 石舞台の上が、文字通り灼熱の地獄と化していた。


 グランヴィルの怒気によって生み出された焔は、もはや先ほどの比ではない。


 彼の両手には、周囲の酸素を根こそぎ奪い尽くすかのような、どす黒く明滅する超高圧縮の火球が形成されていた。


 あまりの熱量に、舞台を構成する強固な石畳がアメのようにドロドロと溶け出し、赤熱したマグマとなって床を這い回っている。


「お待ちください、グランヴィル様! それ以上の出力は結界が持ちません! 死人が出ますぞ!」


 実技担当の教官が血相を変えて割って入ろうとするが、激昂したグランヴィルの耳にはまったく届いていない。


「退けェ! 俺の、このハイデマンの至高の炎をコケにしたのだ! 死を以て償わせてやる!」


 血走った目で俺を睨みつけるグランヴィル。


(おおっ、良い顔してんなあ。プライドを粉々にされたエリート様の、純度百パーセントの殺意だ)


 観客席にいる生徒たちは、自分たちにも被害が及ぶことを悟り、悲鳴を上げながら後方へと逃げ散っていく。


 そんなパニック状態の闘技場の中で、俺だけが、ただ一人。

 両手を無防備に広げ、馬鹿を見るような薄ら笑いを浮かべて突っ立っていた。


(来い来い来い来い! いいぞお前、最高だ! さっきの火球の三倍……いや、五倍の魔力量はある! 立派な借金返済マシーンの完成だ!)


 内心では、小躍りしたい気分だった。

 相手が結界の限界を超えるほどの魔力をぶっ放してくれるなら、これほど都合のいいことはない。


 俺の視界の端で明滅する、残酷な借金タイマー。


猶予期限リミット:58時間 05分 11秒】

【負債額:S級複合魔力(純魔力・衝撃・発光)相当+利息】


 このふざけた莫大な負債をチャラにするには、俺自身がS級相当の魔法をシステムに「返済」しなければならない。

 だか、魔力ゼロの俺にそんな真似ができるはずもない。

 ならどうするか?

 簡単な話だ。

 他人が俺に向けて放った大魔法を、そのままそっくりシステムの借金取り立て窓口システムへと“横流し”してやればいい。


(さあ……仕事ログインの時間だ)


 俺は広げた腕をゆっくりと下ろし、ローブの胸元、その内側へと片手を滑り込ませた。

 そこにあるのは、冷え切った赤黒い金属の感触。

 ——生家の紋章が刻まれた、ボロボロの錆びた短剣だ。


 魔力を持たない俺が、世界の因果律という不可視のシステムに接続するための、唯一の物理キー(クレジットカード)。

 かつては忌まわしい追放の象徴でしかなかったこのガラクタが、今は俺の命をつなぐ最大の切り札だ。

 ローブ越しに短剣の柄を強く握りしめると、手のひらにジリッとした熱と、刺すような痛みが這い上がる。

 直後、脳髄に直接電流を流し込まれたような衝撃が走り、俺の意識は強引に世界の裏側——物理法則さえも数字で管理される『システム領域』へと引きずり込まれた。


 視界の隅に、俺にしか見えない無数の赤い数字と文字列が滝のように流れ落ちていく。

 息をするのも忘れるほどの極度の集中状態。

 俺は心の中で、強烈な自己暗示と並行するように、システムに対して冷徹に『契約コマンド』を打ち込んだ。


(——【決済申請プロセス・スタート】!)

(対象は、これからコンマ数秒後に俺の身体に激突するはずの『高圧縮の熱属性魔力および付随する物理衝撃』の全エネルギー量)

(直撃によるダメージを『防御魔法』で無効化するんじゃない。激突したエネルギーそのものを俺の口座に強制的に組み込み、現在抱えているS級負債の『返済』へとダイレクトに充当する!)


 これこそが、俺の代償魔術のもう一つの顔。

 『未来を前借りする』だけでなく、『他人の魔力を負債の返済として強引にシステムに押し付ける』、世界を欺く最悪のマネーロンダリング。

 成功させるための絶対条件は一つ。

 相手の魔法が「俺の身体に直撃」してエネルギーが転化されるその一瞬のプロセスを、一ミリの恐怖も疑念もなく、完全に受け入れなければならないことだ。


(熱いと思うな。痛いと想像するな。一歩でも逃げ腰になれば、認識のズレが生じて俺はただの黒焦げの死体になる!)

(信じろ。システムが俺の借金を一円残らずむしり取ってくれる結末を、絶対に、微塵も疑うな!!)


 俺の覚悟が決まったのと、グランヴィルが狂ったように吠えたのは同時だった。


「消し炭すら残さず消え失せろ、ゴミ屑がァ!! 『獄炎殲滅陣ヘルファイア・バースト』!!!」


 ゴオォォォォォォォォォッ!!


(来い来い来い! 全部まとめて丸呑みしてやるっ!)


 視界が、文字通り純白の炎に塗り潰された。

 爆発などという生易しいものではない。極大の火炎放射器で舞台全体を焼き払うかのような、圧倒的な熱の奔流。

 対人用の保護結界など紙くずのように一瞬で蒸発し、分厚い熱波が真っ直ぐに俺の全身を呑み込んだ。


「ああっ! アルト様っ!」

「馬鹿な、避けもしないで直撃したぞ!?」


 観客席のどこかで、悲鳴とも絶叫ともつかない声が上がった。

 俺の身体は、完全に数十メートルに及ぶ炎の竜巻の中心に囚われていた。


(熱ッ……! いや、熱くない! 俺は今、借金を返している最中だ!)


 視界は炎で真っ白。

 だが、その裏側で、俺は確かに感じ取っていた。

 懐の短剣を通して、グランヴィルの放った膨大な熱エネルギーと魔力が、ダイソンの掃除機のごとく世界のシステムに「返済分」として吸い上げられていく感覚を。

 俺の肌を焼こうとする炎は、触れる先から「ジュエル(返済額)」に変換され、借金の赤字をゴリゴリと削り落としていく。


 五秒。十秒。

 長い、永遠にすら感じる灼熱の時間が過ぎ去り——やがて、火炎の奔流が急激に勢いを失い、シュン、と音を立てて鎮火した。


 闘技場の石舞台は、完全に原型を留めないほど崩壊していた。

 数十メートル四方にわたって焼け焦げた黒いクレーターが口を開け、ドロドロに溶けた岩の表面からシューシューと不気味な白煙が立ち上っている。

 あまりの破壊力に、教官すらも絶句し、観客席の生徒たちの中には腰を抜かしてへたり込んでいる者も大勢いた。

 誰もが、俺が跡形もなく、文字通り「消し飛んだ」と思い込んでいた。哀れな平民の無鉄砲な最期だと。


 だが。

 そんな息の詰まるような静寂を破るように、白煙が風に流れて晴れた先。


 カツン、と。

 硬いブーツの踵が、焼け焦げた石畳を叩く音が響いた。


「——なんだ。期待外れにもほどがある」


 俺の声は、水を打ったように静まり返った闘技場の隅々にまで、驚くほどクリアに通り抜けた。

 ただの「退屈しのぎ」にすらならなかったというように、これ以上なく冷淡な声でため息を吐く。


「…………え?」


 グランヴィルの口から、間抜けな声が漏れる。


 俺は、焼け焦げたクレーターの中心に、立っていた。

 ローブの裾が少しだけ風に揺れている。

 火傷一つない無傷の肌。煤一つ付いていない漆黒の特待生ローブ。

 髪の毛一本すら焦げていない、完璧な無傷状態。


「な、ば、ばかな……」


 グランヴィルが、信じられないものを見る目で後ずさる。


(ふっ……「自分の最強の切り札が、ただ突っ立ってるだけの平民に完全に無効化された」って顔だな。痛快すぎるぜ)


 膝が笑い、ガタガタと震えているのが数十メートル先からでも分かった。

 教官も、観客席の生徒たちも、もはや声を発することすら忘れて呆然としている。


「あ、あれだけの獄炎を直撃して……結界もなしで、火傷一つないだと……!?」

「防護魔法すら展開していなかったぞ!? ただ突っ立って、A級の切り札を……『無かったこと』にしやがったのか!?」


 周囲の戦慄の声が、静まり返った闘技場にヒソヒソと響く。

 彼らの眼には、俺が「圧倒的な魔力差で炎を相殺した」あるいは「常識外れの防御魔法を無詠唱で展開した」ように見えているのだろう。


 だが、俺の視界の端では、まったく別の激しいログが流れていた。


【対象エネルギー:A級中位の熱属性魔力を確認】

【回収処理完了。S級負債の返済プロセスに入ります】

【——決済承認。借金元本の一部および利息の返済が完了しました】


【現在の猶予期限リミット:132時間 45分 20秒】


(よっしゃあああああああああああああっ!!)


 内心で、千切れるほど拳を振り上げ、世界中の神という神に感謝のダンスを捧げた。

 借金完済とまではいかなかったものの、当初の「72時間」から大幅に寿命が延びた!

 グランヴィルのバカみたいに魔力だけを込めた大火力が、ほぼ全額、俺の利息と元本の返済に充てられたのだ。


(ありがとうグランヴィル! お前はマジで最高のATMだよ! 一生愛してるぜ!!)


 だが、そんな歓喜の涙は心の奥底の金庫に厳重にしまい込み、俺の顔に貼り付けるのは、どこまでも傲岸不遜な、絶対強者の仮面だ。


「……グランヴィル・フォン・ハイデマン、だったか」


 俺は足音を立てず、クレーターの斜面をゆうゆうと歩き、腰を抜かしかけている金髪の青年の目の前まで近付いた。


(さあ、仕上げのオーバーキルだ。二度と俺に出しゃばろうなんて気が起きないように、魂の根元から恐怖を刻み込んでやるよ)


 俺が歩み寄るだけで、グランヴィルは「ヒッ」と小さな悲鳴を上げて後ずさる。


「お前の全力を懸けた殺意は、この程度か?」

「あ、あ、ああ……」

「俺の肌を温めるどころか、埃一つ払えないような惨めな火の手。それが、名門ハイデマン家の『炎の極地』とやららしいな」


 冷たく見下ろし、俺は声のトーンを極限まで落として告げる。


「二度と俺の前で、最強などと喚くな。底辺のゴミが」


「ひっ、ああっ……ああああっ!」


 グランヴィルは完全にプライドを粉砕され、己よりも強大な「絶対的な恐怖」に心を圧し折られた。

 彼は怯えた犬のように這いつくばると、両手で頭を抱えてすすり泣きを始めてしまった。


 勝負あったな。


(ちょっと可哀想だったか? まあいい、命を取られたわけじゃあるまいし。これも授業料だと思え)


 俺はつまらなそうに鼻を鳴らし、踵を返した。


「教官。俺はもう帰るぞ」

「えっ、あ、アルト様!? ですが、まだ模擬戦のカリキュラムが……っ」

「やる意味があるのか? ここの生徒たちが放つ魔法は、すべて俺の欠伸あくびの風圧以下だ。これ以上、俺の貴重な時間を浪費させるなら、次はこの闘技場ごと消し飛ばすぞ」


 冷徹に言い放つと、教官はビクッと肩を震わせ、力強く首を縦に振った。


「は、はいっ! 特例を認めます! アルト様の実技演習は……満点として処理いたします!」

「いい判断だ」


 誰にも背中を見せることなく、俺は颯爽と闘技場の出口へと向かった。

 やはり観客席の生徒たちは、誰一人として声すら出せずに押し黙っている。

 俺の横顔を見つめる公爵令嬢リーゼの、値踏みするような熱っぽい視線すら完全に無視して、俺は闘技場の外へ出た。


     ◆


 ——ガチャリ。


 闘技場の重厚な扉が閉まり、周囲に誰もいないことを完全に確認した瞬間。

 俺の足首から力が抜け、そのまま石畳の廊下にへたり込んだ。


「はぁっ……はあああっっ……死ぬ……マジで死ぬかと思った……!!」


 懐の短剣を掴んでいた手が、ガタガタと笑うように震えている。

 無傷だなんだと偉そうにハッタリをかましていたが、一歩間違えば本当に骨も残らず蒸発していたのだ。

 全身から滝のような冷や汗が吹き出し、心臓が痛いほど高鳴っている。


(だけど、とりあえず急場はしのいだ! リミットは130時間だ。向こう五日間は、魔法を撃たれなくても死ぬことはない……!)


 俺は震える手で何度も顔を拭いながら、荒い息を整えた。


 だが、問題がすべて片付いたわけではない。

 俺の背負った『S級特待生』という巨大すぎる借金元本は、まだウンザリするほど残っている。

 しかも、今日の闘技場での圧倒的すぎるパフォーマンスを通して、「アルト・レーエンはとんでもない化け物だ」という噂が、これから熱病のように学園中へ広まるだろう。


(やばい。みんな俺にビビりまくって、誰も向こうから魔法を撃ってこなくなったらどうするんだ……?)


 代償魔術による返済は、「相手が俺に対して放った、明確な攻撃エネルギー」でなければ吸収効率が格段に落ちる。

 最悪の場合、誰にも手出しされず、ただ畏怖されるだけの「安全な学園生活」を送ることになったら——俺は文字通り、利息で首が回らなくなって孤独に消滅する。


(平和が一番の猛毒だなんて、どんなギャグだよ……っ! 返済の『カモ』がいなくなったら、俺は完全に詰む!)


 俺の命懸けの自転車操業は、まだまだ安全圏には程遠い。

 次に目を付けるべき、極上のカモは誰だ?

 どうやってそいつのプライドを刺激し、公衆の面前でブチギレさせ、俺という的に向かって全力の大魔法を撃ち込ませる?

 できれば今回のように、単細胞で火力がやたらと高い貴族が望ましいが、そう都合よく見つかる保証もない。


「……休んでる暇はねえな」


 冷たい石畳の上に座り込んだまま、俺は再び立ち上がるために力を込めた。

 誰もいない回廊の闇に紛れながら、それでも顔にはいけ好かない悪党のような、余裕たっぷりの笑みを浮かべる。

 生き残るためには、騙し続けるしかない。

 嘘を真実だとシステムに誤認させ、この学園すべてを相手に回して、最弱の俺が最強を演じ切る。


 狂気のマネーゲーム——王立魔術学園での綱渡りのような生活は、まだようやく幕を開けたばかりだ。


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