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異世界帰りのおっさん勇者 ~金と暴力で現代日本をストレスフリーに謳歌する~  作者: 夜路 航


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2/3

国家管理おっさん、契約する

公安の女――名乗りはまだない――に連行される、というと語弊がある。

 俺は歩いてついていった。自分の足で。横浜の昼下がり、観光客とカップルの間をすり抜けながら。

 周囲から見たら、黒スーツの集団に囲まれて歩く俺は、たぶんヤバい人だ。

 実際ヤバい。魔王を倒したおっさんだ。しかも腹が減って機嫌が悪い。

「……あなた、ふざけているのか」

 隣を歩く女が低い声で言う。

 目つきは鋭い。姿勢がいい。美人だ。めんどくさそうな美人はだいたい当たりか、地雷かの二択だ。

「ふざけてないですよ。真面目に腹が減ってるだけです」

「まだ業務時間中だ。食事はその後だ」

「公費で?」

「……検討する」

 あ、また検討って言った。

 俺は内心で笑った。お偉方の“検討する”“善処する”は、だいたい“嫌だ”と同義だ。だが、この女はさっき、ほんの少し口元が動いた。笑いを堪える顔だった。

 そういうところ、嫌いじゃない。

 ただし、俺の人生を管理しようとするなら話は別だ。

 目的地は、華やかな商業施設や高層ビルの立ち並ぶみなとみらい地区。その港湾施設の裏手にある、無駄に新しいビル。

 表札代わりに、よくわからない漢字がずらずら並んだ、天下り先っぽい名称の看板。センスないね。

 エレベーターで地下へ。

 カードキー、静脈認証、顔認証。やたらと厳重。

 俺がここで暴れたら全部意味ないんだけど、たぶん形式が大事なんだろう。人間ってそういう生き物だ。

 通された部屋は、会議室みたいに整っていた。

 長机、水、録音機材。壁の一面だけが、妙に厚い。

「座ってくれ」

「はいはい」

 俺は椅子に座って、出された水を飲む。

 異世界の井戸水より100倍うまい。もし俺が異世界と交易できるタイプの主人公だったら、油ならぬ水を売ってひと財産築くね。文明に乾杯。

 しばらくして、別の人物が入ってきた。

 男、四十代。スーツ。目が死んでないタイプの官僚。

「初めまして。内閣直轄、対異世界事象統括室――通称“統括室”の榊原 一郎です」

 長い。いかにも役所。

 俺は片手を上げた。

「俺、名刺とか持ってないですよ。無職なんで」

「結構です。……まずは、帰還おめでとうございます」

 官僚は一礼した。丁寧だ。

 丁寧すぎる。ありていに言うと、怖がられている。あっちの世界でも、俺や仲間たちは完全に人間のレベルを超越していたから、こういう目で見られるのは慣れている。

 俺が笑うと、その男の肩がほんの僅かに硬くなった。

「で、俺をどうするんです?」

「国家管理、です」

 即答。潔い。

 俺は鼻で笑った。

「俺、犬じゃないってさっき言いましたけど」

「承知しています。正確には“保護”と“協力要請”です。あなたの自由は最大限尊重します」

 最大限尊重。

 翻訳すると、“言うこと聞いてくれ”だ。

 官僚は続けた。

「世界には、あなたのような帰還者が既に数名います。――ただし、彼らは各々、比較的低脅威の対象を討伐した帰還者です。あなたは……別格です」

 別格。

 この言葉、異世界でも聞き飽きた。

 俺は指を組んで、ヘラヘラした顔のまま尋ねる。

「他の帰還者もいるんすねー。でも、俺が別格だとか、なんでそう思ってるんすか?」

「…異世界からの帰還者が正式に日本で記録されたのは、第二次世界大戦終結後

に遡ります。米国で確認されていたこの事象が日本でも発生している可能性が高いとして、GHQが調査を開始したことによります。」

それなりに最近なんだな。ただ、妖怪や陰陽師、さらに遡れば神話など、超常の存在自体は古来からあったのだろうけども。

「日米、そして限定的ですがヨーロッパ各国との共同研究を進めていますが、異世界転移発生の瞬間や対象者を事前に特定することは不可能とされています。」

 ふむ。

「しかし、帰還者については明らかなシグナルが発生することがわかりました。磁場や重力場の変動、太陽フレアに似たエネルギーの反応、局所的な電磁波異常などが発生します。」

 異世界帰還者を野放しにせず管理するために、国家的な監視網があるって感じか。俺もそれにひっかかって特定されたわけだ。

「んで?俺が別格って話がまだ見えてこないんですけど?」

「はい。この帰還時に観測される現象の大きさや強度が、その帰還者の能力、いわゆるレベルに比例して大きなものになるとされています。」

「つまり、俺が帰還したときの反応がとんでもなくすごかった的な?」

「…公共のネットやライフラインから切り離されたシステムなので命拾いしましたが、接続していたスパコンはすべてダウン。予想される最大の信号のさらに10倍の入力に耐えられる設計だったレーダーやセンサー類は焼き切れ、通常ではありえませんがデータセンターが吹き飛びました。被害額は安く見積もって数十億といったところです」

 うん。想像以上に迷惑かけてたわ、俺の存在。

「迷惑かけて悪かったな。えっと、榊原さん。けど、国やあんたらの管理下にはいるのはまた別の話だぜ?」

「はい。こちらから強制はできません。刺激すべきではない」

 榊原が、正直に言った。

 正直すぎて笑う。

「怖いってことですか?」

「……率直に言えば」

 公安の女が咳払いした。

 榊原が言いすぎたと判断したらしい。だがもう遅い。

 俺は肩を揺らして笑った。

「正直でいいですね。嫌いじゃない」

 榊原は資料を一枚出した。契約書のような内容が書かれている。

「あなたにお願いしたいのは、三点です。

 一、ゲート由来の非人間存在への対応協力。

 二、あなたの能力行使を“隔離領域”内で行うこと。

 三、異世界由来の金や銀、宝石類の換金は国の専用の窓口を通すこと」

「三つめはこちらとしても助かるわ。どうやって換金しようかと思ってたんすよ。」

「はい。すでに制度があります」

 そりゃそうか。少なくとも俺のいた世界では比較的良質な金や銀が、こっちの世界の比じゃないくらいバンバン取れた。異世界の金銀財宝を野放しにしたら、経済が壊れる。国も困る。

 俺は顎に手を当てる。

「で、俺の取り分は?」

「もちろん全額あなたの資産です。ただし、換金の過程で出所確認と量の調整を行います。国際的な問題にもなりますので」

「面倒くさい」

「面倒くさいです」

 榊原が即答した。

 この男、嫌いじゃない。仕事の愚痴ができるタイプだ。

「じゃあ、協力の対価は?」

「身分保証。住居の確保。医療の優先。各種便宜。その他、国としてできるすべてのサポート。」

「俺が“お願い”を断ったら?」

 榊原は、まっすぐ俺を見た。

「その時は――何もできません。ですが、だとしても、あなたがここで平穏に暮らせるよう、最大限の準備を続けます」

 なるほど。

 怖いから手を出せない。だから“機嫌を取る”方向に全振り。合理的だ。

 俺は少しだけ目を細めた。

 異世界で仲間が死んだ瞬間、俺にできたことは限られていた。

 こっちの世界では天涯孤独の身、親兄弟はもうないし、親しい友人も彼女もいない。

 それでも、目に見える範囲、手の届く範囲で無駄に人が死ぬのは見ていて気持ちのいいものじゃない。

「……まあ、いいですよ。俺も平和な日本で贅沢したいし」

 榊原の肩から力が抜けた。

 公安の女も、ほんの少し息を吐いた。

 ――その瞬間。

 会議室の壁が、かすかに震えた。

 空気が歪む。

 嫌な匂いがした。鉄と腐臭と、獣の体温。

 ゲートだ。

「また来たか」

 俺の言葉に少し遅れて、天井のスピーカーが鳴った。

『隔離領域で異常反応。対象、悪魔型。数、二。現場要請――』

 榊原が蒼白になり、公安の女が立ち上がる。

「……今すぐこちらへ」

「はいはい」

 俺は立ち上がった。

 腹が減ってる時に邪魔されると、俺は機嫌が悪い。

 そういう単純な理由で、悪魔は死ぬ。

 案内されたのは、地下の奥。

 分厚い扉。格納庫みたいな空間。

 そこが隔離領域――結界の中だ。

 ガラス越しに見えるのは、広いコンクリ床。

 そこに黒い裂け目が開いている。

 裂け目から、二体の悪魔もどきが這い出してきた。

 さっきのより“格”が高い。

 輪郭がより人に近い。角と翼と、笑う口。

 そして――そのガラスの外、操作室の片隅に。

「え、うそ……マジで……?」

 スマホを構えた少女がいた。

 明らかに場違い。制服っぽい。いや、違う、私服に寄せた学生。

 髪は明るめ。目が大きい。口が開いたまま固まってる。

 ……政府関係者じゃない。帰還者でもないだろう。魔力やそのたぐいのものも感じない。

 俺は公安の女を見た。

「なんで一般人がいるんです?」

「一般人ではない。協力者だ。…まだこちらの事情は説明できていないが」

「協力者って言葉、便利ですよね。あんたらみたいな国家権力がいうと怖いけど」

 女は一瞬、言い返しかけて、飲み込んだ。

 俺が面倒な男だと理解している。

 少女は俺に気づいて、恐る恐る近づいてきた。

 目が、ガラスの向こう――隔離領域の裂け目――を見ている。

 あれは人間の認識できる系統の魔力じゃない。俺くらい人間やめてしまえば知覚できるが、そうでなければ認識できないはずだ。

 普通の人間の反応じゃない。

「……あの、今のって、CGじゃないですよね? え、これ、何……?」

「後でどうせそこの怖いお姉さんにデータ消されちまうから撮らないほうがいいぞ」

 俺は即答した。

「えっ……ど、どういう……」

「この子まだなんも知らんの?なんでこんなとこにいさせたんだよ。」

 榊原が顔を押さえ、公安の女が小さく舌打ちした。

「……想定より早かった。本部地下の隔離領域であれば、外で発生するものよりも管理しやすい。安全なところから、領域の裂け目を観測させる手筈だった。彼女は帰還者達や最新の計測機器以上に領域の裂け目が“視える”可能性がある。」

 悪魔が隔離領域の中でこちらを見た。

 ガラス越しに、口が動く。音は聞こえないが、言ってることはわかる。

 “餌がいる”

 俺はため息をついた。

「とりあえず、俺が片付けます。配信はなし。録画もなし。

 ……どうしても必要なら、政府の記録担当が勝手にやれ。俺の生活にバズは要らない」

 少女が口を尖らせた。

「ば、バズ……」

 目の前に本物の悪魔がいるのに、そこに引っかかるのか。

 ただ、震えてる。強がりだ。

 俺は隔離領域の入口に立った。

 結界が皮膚を撫でる感覚。いい設備だ。これなら本気を出しても外に漏れない。

 悪魔二体が、翼を広げて跳んできた。

 さっきより速い。攻撃の意志が明確。

 爪が光り、口が裂ける。

 俺は手をポケットに突っ込んだまま、首だけ傾げた。

「おいおい。日本に来たなら、日本のルール守れよ」

 ――ワンパン。

 正確には、拳じゃない。

 魔法だ。

 俺の指先がほんの僅かに動いた瞬間、空間が“点”で消えた。

 悪魔の胸の中心だけ、綺麗に抜ける。

 心臓? 魂核? そんなものは知らない。俺が“そこ”を消せば、全部終わる。

 悪魔が声もなく崩れ、黒い塵になって散った。

 もう一体が怯んだ。

 逃げようと翼を翻す。

「さっさと消えてくれ。俺、まだ飯食ってないんだよ」

 俺は右手を軽く振った。

 今度は、完全に“消滅”だ。

 特別な魔法を使うまでもない。

 悪魔は、存在ごと消えた。

 静寂。

 裂け目が、弱々しく揺れる。

 俺は裂け目に近づき、覗き込んだ。

 向こう側は暗い。匂いが濃い。

 まだ続く。根がある。

 俺は面倒くさくなって、指を鳴らした。

 裂け目の縁が白く光り、縫い合わされるように閉じていく。

 完全封鎖ではない。応急処置。

 だが、これで当面は大丈夫だ。

 操作室に戻ると、全員が固まっていた。

 榊原が、喉を鳴らす。

「……今のは……」

「手加減です」

 俺はヘラヘラ笑った。

「本気で撃つと、ここごと消えますよね? 結界あっても後始末が面倒だし。

 それに、横浜好きなんで」

 公安の女が、俺を見たまま動かない。

 俺に向けてこそいないが、銃を持つ手にギュッと力が入っている。

 ――目撃ってのは、言葉より効く。

 少女が、震える手でスマホを下ろした。

 涙目なのに、目が離れない。

「……あなた、何者なんですか」

 俺は肩をすくめた。

「冴えないおっさん。帰還者。無職。……あと、腹ペコ」

 少女の唇が、わずかに震えた。

「……私、映しちゃダメって言われたのに、映したくなるんですけど」

「やめろ」

 即答したら、少女が妙に嬉しそうに息を吐いた。

 なんだそれ。言い返されるのが好きなタイプか。若い子ってめんどくさいな。

 公安の女が、一歩前に出た。

「あなたの力は、国家の常識の外だ。……こちらの監督下に――」

「監督、ねえ」

 俺は女の言葉を遮って、にやりと笑った。

「じゃあまず、監督さん。飯、奢ってくださいよ。

 公費で。今すぐ。俺、協力したでしょ?」

 榊原が小さく頷いた。

 公安の女が一瞬だけ天を仰いだ。

「……わかった。だが条件がある」

「条件?」

「彼女も連れてく。安全確保と、事情の説明のためだ。それに、あなたのような人と2人きりで食事なんてごめんだ。」

 少女が目を丸くした。

「え、私も!? やった――」

「やった、じゃない」

 俺はため息をついて、頭を掻いた。

 国家管理。

 協力者の少女。

 そして、俺を見てビビる公安の女。

 ……ああ、面倒だ。

 でも、悪くない。

 異世界で失ったものは戻らない。

 なら、ここで新しい贅沢を集めるだけだ。

 俺はヘラヘラしたまま、口の端を上げた。

「いいですよ。飯の場所、俺が決めていいですよね。異世界暮らしの間、食いたいもんたくさんあったんで。」

 「?いせかい?」

公安の女が睨む。

 少女が不思議そうに呟く。

 官僚が、疲れた声で言った。

「……食事は接待費から。不足する分は私につけてください。彼女への説明は君が、責任持って行ってください」

「予算、増やしてもらったほうがいいすよ。俺、安い男じゃないんで」

 こうして俺は、魔王討伐帰りの無職として、“国家管理”されることになった。

 ――まずは飯だ。

 話はそれから。

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