幻想アンダーグラウンドⅠーⅨ
一番手の開演時間となり、metaのフロアにチラホラと客が入り始める。
トップバッターは『ホワイトフライデー』。こちらも今日が初ライブの高校生バンドだ。
SNSで告知動画をあげているらしく、開演直前まで狭い楽屋で大騒ぎしながら動画を撮っていた。
彼らがワイワイ言いながらステージに向かうと、楽屋は少しだけ落ち着きを取り戻した。
カナエは俯いて、ひっそりと震えていた。
スマートフォンの画面で歌詞を何度も確認する。
完璧に覚えているはずなのに、初めて見るような感覚がして、くるくるとスワイプしていた。
凪や他のメンバーも自分に精一杯で、カナエの異変に気づく余裕は無かった。
楽屋のテレビには、ステージの様子が映し出されている。
開演時間を十分過ぎてもホワイトフライデーの演奏は始まっていなかった。
どうやら、ギターの音が出ないらしく、高校生とローディーが慌てて配線関係を見直しているようだ。
フレームに桂木店長の姿が飛び込んでくる。
カナエはそれをぼんやりと眺めていた。
他人の不幸さえも、憂鬱を後押ししているようだ。
その時、突如としてギターの音が鳴る。
高校生ボーカルが袖を捲くる。
それと同時に、楽屋の扉が勢いよく開いた。
現れたのはレタスだった。
「おぃーっす!バファリン!やってる!?」
お前かよー!と園田が満面の笑みで声をあげる。
一気に場が和む。
「あれ、カナエちゃん?どうしたの?顔、真っ白だよ?」
最初に気づいたのはレタスだった。
ひきつった顔のまま、か細い声でカナエは答える。
「緊張してて…」
「緊張してんの?大丈夫!大丈夫!なんなら、俺が歌おうか?ガハハハ!」
豪快に笑うレタス。凪もようやくカナエの様子に目を向けた。
「カナエ、大丈夫か?」
「うん、緊張してるだけだから」
「大丈夫だって!いざとなったら俺が歌うから!」
「いや、無いから」
おいおい、ひでーじゃんとレタスは笑う。
辛辣な凪の返しに、園田がフォローを入れる。
「見に来てくれて嬉しいよ!あれ以来会えてなかったから」
「そうだなー。あの時は突然ごめんな!俺も心配してたんだよ、バファリンどうなっちゃうのかなって。でもさ、カナエちゃんが歌ってくれるって聞いて。……だから、これはお祝いだ!」
レタスが背中に隠していた焼酎の一升瓶をドン!と机の上に置いた。
「みなさんも飲んでください!すみません、突然部外者が乱入しちゃって。あっ!あぜ道さん!!すんませんうるさくして!……これ、飲んでください!」
あぜ道の哲也が、ありがとーと言ってレタスを抱きしめる。なぜか温かい拍手が起こる。
ステージから高校生バンドの荒削りな演奏が聞こえてきて、楽屋の声も大きくなる。
「ねぇ?カナエちゃん!ほんとにいいの?俺がボーカル教えようか!優しさ半分、得意だよ」
その途端、沢口さんがアコースティックギターで優しさ半分のフレーズを掻き鳴らす。
レタスが待ってましたと言わんばかりに、それに合わせて歌い始めた。
「バウバウ!バウバウ〜♪」
懐かしの歌声に、楽屋は爆笑に包まれる。気づけばカナエも大笑いしていた。
2回目のサビが来ると、レタスはマイク代わりに握った拳をカナエの口元に突き出した。
「バウバウ!バウバウバウバウ!」
カナエの全力モノマネに、でたよー!とレタスがツッコむと全員が一斉に笑った。
盛り上がりが最高潮に達すると、スタッフのローディーが楽屋に飛び込んでくる。
「すみません、皆さん、外にまで聞こえちゃってます……」
一同、声を押し殺すように笑う。
あっと言う間にホワイトフライデーの出番が終わり、二番目の『ザ・ナイトクルージングズ』の演奏も終盤へ差し掛かっていた。
レタスが唐突な提案をする。
「よし。……円陣組もうぜ」
「え、いいけど……お前も?」
「いいじゃん、いいじゃん」
五人の手が中心で重なる。
「バファリン、がんばるぞー!バファリン、ふぁい!」
「「お、おー……」」
合わねーと言ってレタスが笑っていると、再びローディーが顔を出す。
「じゃあ頑張れよ」
レタスは小さく手を振って、楽屋を後にした。
入れ替わりで、演奏を終えたザ・ナイトクルージングズが楽屋に戻ってくる。
カナエの震えはいつの間にか消えていた。
真っ白なブラウスの胸元に手をあてる。
自分の居場所を確認する。
自分がいるところはここだ。
凪がいて、園田がいて、タコ八がいる。
フロアにはレタスや桂木さん、サチがいる。
自分にできることは歌うことだ。
あとは精一杯歌おう。
(続く)




