幻想アンダーグラウンドⅠーⅦ
ライブの三日前。
カナエは凪に誘われ原宿へとやってきていた。
バンド関係のこと以外で二人きりになるのは、これが初めてだった。
竹下通りを抜けて、入り組んだ路地に入る。
そこには老舗の服屋があった。
いかにもパンクス御用達といった刺々しい佇まいである。
凪は慣れた足取りで店内に入った。
おう、来たかと店主が野太い声で話しかけてきた。
無数に鋲が打たれた革ジャンを着た大柄なオオカミだ。
目が合うだけで身体が震えて萎縮してしまう。
ちょっと待ってろ、というと店主は店の奥へと姿を消した。
カナエは店内を見渡す。黒と赤でペイントされた壁にユニオンジャックが掲げられている。まるで遠い異国に来たかのような雰囲気だ。
「これだ、これ。一点ものだぞ」
そうやって店主が持ってきたのは、凪が着ている赤いライダースによく似た、色違いの真っ青なライダースジャケットだった。
「さあ、お嬢さん、羽織ってみな」
店主に促されるまま、カナエはジャケットに袖を通す。
吸い付くような革の質感。サイズはピッタリだった。
「おぉ、似合ってるぜ!」
「うん!いいね!」
凪も満足げに頷く。
「凪、これどうしたの?」
「この前、悩んでるみたいだったからさ。ステージ衣装にどうかなって。俺がカナエのこと、バンドに無理やり誘っただろ?それなのに『好きなようにやればいい』とか無責任なこと言っちゃったなって……ごめん!だから、これはお詫びの気持ち。プレゼントってことで」
オオカミはニヤニヤと二人のやりとりを見守る。
カナエはまた耳まで赤くなった。
「あれは違うの。わたしの勝手な勘違いだったから……」
「勘違い?」
「うん」
「……まあ、とにかく!申し訳ないと思ってるから、ライブにはこれを着て出てくれよ」
鏡に映った自分を見る。
凪とお揃いのライダースジャケット。自分たちがステージに立つ姿を想像する。きっと絵になるだろう。
けれど、カナエは意を決して凪に答えた。
「ありがとう……嬉しい。……でも、ライブには、これは着ない」
「「えっ?」」
オオカミも声を合わせて驚いた。
まさかのNGが出るとは。
「わたしね、ずっと考えてた。自分はどんな風にステージに立ちたいかって。……高校の時にクラスのみんなからずっと無視されてた。原因は、女子のリーダーが好きだった男の子が私に告白したことだった。ありがちな話でしょ。私は断った。それなのに、みんな無視し始めたの。」
「ダサいイジメだな」
オオカミは、ガルルゥと憤る。
「……そのことがある前も、そのことがあってからも、わたしは目立たないように生きてきた。これから先もそうしていくつもりだった。でも、なんで我慢しなきゃいけないのかなって。もう学校もやめたし、わたしはわたしが選んだ道を進んでいいんじゃないかなって。」
カナエは必死になって話を続けた。泣くつもりなんて、無かったのに涙がでた。
「凪のライブを初めて見た時にさ、この人はなんて自由にギターを弾くんだろうって。音楽の難しいことはわからないけど、なんとなくそう思ったの。この人は自分のしたいことを表現してるんだって」
カナエは手を握りしめて言葉を続ける。
「だから、私も自分の気持ちに正直になりたい。ライブには凄く可愛い服で出たいなって思ってる。こういう格好いい服でステージに立つ自分はほんとの自分じゃない気がして。」
凪は優しく答える。
「そっか、カナエがそう決めたなら、それが一番だよ」
「……うん。でもね!この服はほんとうに素敵。このプレゼントはとても嬉しいんだよ……。ありがとう!大切にします」
「おいおい、最高の彼女じゃん」
店主は微笑ましく二人を見た。
「いや、彼女じゃないです……」
「えっ」
珍妙な沈黙。店内には80年代パンクが流れていた。
カナエは店主にジャケットの包装を断った。
「着て帰るので、大丈夫です」
「ほんとに凄く似合ってるけど……どう見てもペアルックだし、どう見てもカップルだよ」
「うっ……たしかに」
凪の耳が赤くなるのをカナエは初めて見た。
カナエは新しい服が嬉しくて、駅までの道をはしゃいで歩いた。
✝
アンサンブルでもmetaでも同じ会話が繰り返された。
「付き合ってるの?」「付き合ってない」「どうしてお揃いなの」「プレゼント」「いやカップルじゃん…」のエンドレスループ。
二人がようやく一通り説明を終えたのは、ライブの前日だった。
嵐の前の静けさのような、ひどく冷え込む夜。
サチの部屋のベランダから見上げる空は、明日を祝福するように澄み渡っていた。
クローゼットに吊るされた、真っ青なライダースと、明日着るための「一番可愛い服」ーーフリルがあしらわれた白のブラウスと膝丈のスカート。
まだ何も持たない一人の少女は、膝を抱えて座り、静かに冷たい夜気を吸い込んだ。
(続く)




