幻想アンダーグラウンドⅠーⅤ
一階が駐車場、二階が店舗になっているタイプのファミレスがバンドの集合場所だった。
ブルドッグの通称レタスは、口に運びかけたハンバーグを宙に止めて固まっていた。
「な、なになに?……彼女……?」
リズム隊の二人も興味津々でこちらを見つめてくる。
冷静に考えれば、身内の反省会に赤の他人が参加するなど意味不明だ。
凪は何も気にしていないかのように平然とした顔で口を開いた。
「いや、俺らのバンドの、ファン1号」
「ふぁ!?ファンーー!!」
それからのレタスは凄かった。
ハンバーグそっちのけで音楽論を語り、何度かカナエをドヤ顔で見つめてきた。ベース担当、ワニの園田と、ドラムス担当のタコのタコ八も、楽しそうにカナエを歓迎してくれた。
どんなところに感動したかと聞かれて、カナエは言葉に詰まる。
凪の演奏に心を打たれたけれど、技術的なことは全くわからないし、他の演奏や曲の詳細はあまり覚えていなかった。
「すみません、そういえばバンド名ってなんでしたっけ?」
「ファンなのに覚えてないとかっ!『バファリン』だよ!」
「え?」
「バンド名でしょ?バファリン!」
「薬の?バファリン?」
「そう!俺らの半分は優しさでできてるのさ!」
レタスがこれ以上ないほど格好をつけてウィンクを決める。
「……全然面白くない!」
カナエが思わずツッコむと、凪が目を細めて笑った。
少年のような無垢な笑顔だった。
凪の笑ったところを初めて見た気がした。
「そろそろ、『アンサンブル』に行こうか」
「そうしよう」
「アンサンブルって?」
「練習スタジオの名前だよ。カナエもいいかな?」
「「もちろん!」」
皆、優しい人たちだった。
一見すれば、レタスのワイルドなシャツや園田の腕のタトゥーに身を引いてしまうだろう。
外見で人を判断してはいけない、とカナエは教訓のように心の中で繰り返した。自分を無条件に受け入れてくれる人たちなんて、多くはないのだから。
スタジオ『アンサンブル』は雑居ビルの中にあった。
今にも壊れそうな建物だ。近づくと、建物を更に崩壊させそうな重低音が漏れ聞こえてくる。
ロビーの古びたソファーに座ろうとすると凪に手招きされた。
「そんなとこいても退屈だろ。中に入りなよ」
「でも…いいの?」
「みんな喜んでるんだよ。いつもはこんなんじゃないから」
スタジオに入ると、皆がそれぞれ楽器の準備を始めた。
レタスは手持ち無沙汰なのか、ミキサーやマイクの繋ぎ方を教えてくれた。
セッティングが終わるとカナエはスタジオの隅にあったパイプ椅子に腰を下ろした。
「それでは聴いてください。俺らのオリジナルソング、『優しさ半分』」
✝
レタスと園田は大学生で、平日は授業やバイトに追われていた。凪はフリーター、タコ八は工場勤務だという。
練習が終わると、凪はサチに連絡した。
仕事を終えたサチは合流するなり、カナエを抱きしめた。
「家には、いれないんだ」
「うん」
「じゃあ、うちにおいで」
こうしてカナエはサチの家に居候することになった。
昼はバイトを探し、『meta』やバファリンの練習に顔だす日々が続いた。
ーー三ヶ月後
夏。うだるような暑さ。
年中タンクトップのサチは、アパートのフローリングの上でへたり込んでいた。
「暑い……死んじゃう……」
「エアコン買お……」
「無理。お金ない」
カナエもキャミソール姿で水を飲む。
網戸の向こう側では蝉が声の大きさを競い合っている。
「カナエ、今日は?」
「バファリンの練習」
「精がでるねぇ、あいつらライブもしないくせに」
「いまはタイミングが悪くて。大学で、ゼミ?が始まったとかで」
「ゼミ?」
サチは窓の外の木を忌々しく睨みつけた。
カナエからコップを奪い取ると、勢いよく網戸を開ける。
「セミも…ゼミも…消えてなくなれ!」
水を浴びせられた蝉はミーンと悲鳴をあげて飛んでいった。
カナエはサチを見て笑った。サチもアナーキーでしょと自分の行為に満足しているようだった。
アンサンブルに着くと、ロビーで凪が苛立ちを隠せない様子で電話をしていた。
カナエは小さく手を上げて挨拶し、練習室に入る。中では園田とタコ八が機材の用意もせずに座っていた。
「おはよ。……凪どうしたの?」
「うーん、それがね……」
防音扉が乱暴に開かれ、凪が入ってくる。
何も言わずにアンプのスイッチをいれた。鋭いノイズが走る。
タコ八がドラムごしに恐る恐る尋ねる。
「レタスは、なんて?」
「ゼミで来れないって。これからもずっと。」
「えっ?」
「大学のほうが大事だってさ。スケジュール調整するのも疲れたって」
カナエはたまらず口を挟む。
「……でも、少し急過ぎない?もっと皆で話しあったほうが」
「やる気がない奴を引き留めてもしょうがないよ」
「……バンドはどうなるの?」
凪がギターを掻き鳴らす。音のチェックなのか考え事をしているのか、荒々しくコードを弾いている。
一通り弾くと、ギターの手を止めて顔をあげた。
「バンドはやめない。楽器隊がいれば問題ないよ。皆それでいい?」
園田とタコ八が重苦しく頷く。二人も機材の準備を始めた。
カナエは手持ち無沙汰になり、せめてもの手伝いにとマイクをミキサーに繋いだ。マイクスタンドをセッティングしておけば誰か歌うかもしれない。
カナエの予想は外れ、三人は誰も歌おうとしなかった。
黙々と伴奏だけの練習を続けた。
レタスがバウバウ言わないと、何か大切なものがぽっかり抜けたように空虚だった。
休憩時間になり、園田とタコ八が何か話をしていた。
カナエは残された凪にかける言葉が見つからず、何気なくセットされたままのマイクに自分の声を通してみる。
あーーというと、スピーカーから電子化された自分の声が返ってくる。すこし小恥ずかしい。
バウバウバウバウとレタスの真似をしてみるが誰も気に留めない。『優しさ半分』の歌真似をしてみる。
バウバウ!バウバウ〜バウバウ〜(聞いたよ!夏風邪なんだって〜不摂生だね~)
凪がふっと笑った。椅子に座ったまま、優しさ半分のギターフレーズを爪弾く。
カナエはいつも考えていたことを思いだした。
優しさ半分は普通に歌ったほうがいい曲だと。
カナエはレタスの真似をやめて、真っ直ぐに歌いだす。
ーー聞いたよ、夏風邪なんだって 不摂生だね、用心してね
お熱になるなら、君のアイドル 冷めない夢を見せるから
半分優しさ、半分成分 中途半端ならもうやめて
半分優しさ、半分錠剤 君にあげるよ ほらバファリン
歌い終わると、スタジオ内は静寂に包まれていた。
カナエは耳が真っ赤になり、やってしまったと思った。
みんな落ち込んでいるのに。三人の気持ちも考えずに、無神経だったと。
タコ八がドラムの椅子から立ち上がり、園田と顔を見合わせる。
「ねえ、何……今の」
「……やばい」
「……ごめんなさい」
「あ、いや、そうじゃなくて!めちゃくちゃよかったよ!!」
「うん、最高!鳥肌たっちゃった!」
凪は椅子から立ち上がる。
「他の曲も歌える?」
「どうだろ……優しさ半分はいつも鼻歌にしてたから」
「じゃあ、もう一度、優しさ半分をしよう。お前らいける?」
「「オッケー!」」
リズム隊も加わって、いつもの曲が始まった。
どうしてこうなったと思いつつ、カナエは目を閉じて集中し、自分だけの歌を歌った。
カナエの歌声がバファリンの演奏と混じり合った瞬間、凪は自分の曲に「命」が宿ったと感じた。音と音がパズルのピースのように噛み合い、ひとつの大きな絵になっていく感覚。
演奏が終わると、カナエと凪は目を合わせた。
「カナエ、才能あるよ。バファリンのボーカルをしてくれない?」
「いやいやいや、私が?!いや、その似合わないというか……」
「俺からもお願いします」
「俺も!」
「えぇ……」
これがカナエと新生バファリンの誕生の瞬間だった。
凪は曲をカナエの透き通るような声に合わせて作り直し、バンドは静かに、確実に、形を変え始めていった。
(続く)




