幻想アンダーグラウンドⅠーⅣ
車両の外では夜空の星がキラキラと輝いている。
僕は駅員猫と顔を見合わせた。
「居場所が見つかったならよかった……よね?」
カナエは膝を抱えてうずくまる。
「あの時はほんとに最高だった。……でも幸せって長くは続かないんだよ」
駅員猫がわざとらしく肩を落とす。
「どうせ、そんなことだと思ってたニャ」
カナエが顔を少しあげ、鋭い視線で睨みつける。
猫はまた「ニャッ」と短く声を漏らし背中に隠れた。
「そんな言い方ないだろ?」
「ここにたどり着く人は皆そう。何か抱えて来るのさ。」
僕は返答できずにいた。僕自身そうなのだから。
「行き先を忘れてここに来る。あるいは行き先をなくして。カナエの場合、居場所を捨てたと言ってもいいニャ」
「!」
太った猫が無神経に言葉を重ね、カナエは一層小さくなったように見えた。
だけど、僕の目の前にいる彼女は話に聞いたような家出少女ではない。
気高く美しい、一人前の女性に見える。
駅員猫はカナエを急かす。
「さあ、歌姫。物語の続きを」
✝
その夜、サチに説得され、カナエは半ば強制的に家に戻った。
サチのお節介とは裏腹にカナエの両親はカナエに興味を示さないようだった。
帰ってこない娘を怒りもしなければ、泣きもしないのだから。
翌朝、カナエは最低限の身支度を済ませ、もう一度家を出る決意をした。
玄関で靴を履いていると、背後から母親の声がした。
「学校はどうするの」
「……やめる」
「……そう……いまは一応、停学の手続きをだしてるから」
カナエは振り返らずに玄関のドアを開けた。
今はもう一人じゃない。
駅に向かう道すがら、凪にメッセージを送る。
『昨日はありがと。ドリンク代返すよ』
『あれは奢りってことで』
『今日返す。どこにいますか?』
『家。学校は?』
『やめた』
『そっか』
電車に揺られて、昨日と同じ駅に降り立つ。
ロータリーのベンチには、昨日と同じように凪は座っていた。
カナエは凪の前に立つと、握りしめていた五百円玉を突き出した。
「チケット代も払います」
「チケットはいいんだよ。どうせノルマに届かなかったから」
「ノルマ?」
「そう。十枚売れなきゃ、残りは全部買い取り。自腹」
「そうなんだ…」
「これはもらっておくよ。ありがと」
お金を受け取ると凪はゆっくりと立ち上がった。
向かい合って立つと、カナエが想像していたよりも背が高く、見上げるほどだった。
「でも、チケット代は払いたい……あなたの演奏に……感動したから」
「あはは!感動って。そんなこと言われたの初めてだよ」
「だから!!これは感謝の気持ち」
カナエは顔を真っ赤にしながら凪の手に無理やりお金を握らせた。
そのまま逃げるように振り返り、駅に向かって歩く。
「どこに行くんだよ!」
カナエは立ち止まる。
…私はどこへ行くんだろう。
昨日の興奮が冷めてしまえば、現実は何も変わってない。
学校にいても、学校の外に出ても。
私の居場所はどこにあるんだろう。
凪は優しい声で言葉を続ける。
「これからバンドの反省会、それから練習なんだけど。よかったら来なよ」
また、涙が出そうになった。
この人は私を独りぼっちにさせない。
これ以上、弱いところを見せたくない。
「行く!!」
カナエはとびっきりの笑顔で振り返った。
(続く)




