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幻想アンダーグラウンド1-7

後日、ゴートレーベルに呼ばれたのは凪とカナエの二人だった。

古びたオフィスビルの三階。ワンフロアすべてを借りているようで、かなり広い。

入り口近くには棚が並ぶ在庫倉庫と、発送を待つ段ボールが積み上げられた作業台があり、革張りのソファが置かれた応接スペースがある。奥には、いくつかモニターが並ぶ事務エリアが見えた。


「お疲れ様、来てくれて嬉しいよ」


促されるまま、ソファに座る。

赤と青、色違いのライダースを着た猫が並んで座る。

ヤギの八木山が値踏みするように顎髭を触る。


「なに、君ら、付き合ってるの?」

「いえ……そういうわけでは」


そうか、そうかと八木山は運ばれてきたコーヒーを啜った。

室内を見渡すと、彼の他に事務員が何人か作業をしているようだった。


「ま、それはどっちでもいいけど。……俺は昨日のフェミニンなファッションのほうが好きかな。何かと勘違いされても面倒だしね。バンド内のスキャンダルなどSNSの餌食だろう?」

「すみません、今日ここに来たのはーー」

「待て待て。いまのは、ただの個人的な感想だ。そうしたほうが君らのためになるんじゃないかってね。」


凪の言葉を遮って、八木山は前のめりに話を続ける。


「単刀直入に言おう。昨日のライブを観て、俺はこう思った。とんでもない原石を見つけちまったってね。まだまだ荒削りだが、磨き方次第では、とんでもなく光ると思ってる」


八木山がテーブルに置かれたCDを手にとる。


「……あぜ道の比じゃないくらいにね。そこで、こちらからの提案だ。うちでCDを作らないか?レコーディング費用、CD制作、インターネットの管理、宣伝、全てこちらで負担する。CDの初版は二千枚」

「二千枚……そんなに?」


凪が息を飲む。破格の条件に、驚きを隠せない。


「一度、ライブを見ただけの俺らにどうしてそこまで。青田買いも度が過ぎませんか」


ハッハッハと八木山は高笑いした。


「もちろん、何も考えていないわけじゃないさ。レコーディングなどの経費は最初の売り上げから引かせてもらおう。でも、俺は信じている。そのCDは必ず化ける。増販されるとね」


八木山は二人にコーヒーを飲むように促す。


「このまま、君らを帰らせたら、すぐに他のレベールが飛びついてくるさ。だから破格の条件を出している。契約書に関しても、きちんと全て説明する。あぜ道と知り合いなら、俺がアーティストを騙すようなやり方をしないのは知っているだろう」


凪は沢口さんから聞いていた。八木山はドライな経営者だが決してバンドマンを裏切るような人じゃないと。


八木山は窓のブラインドに指をかけ、外の景色を見下ろす。

カナエは突然、進んでいく話についていけない。


「但し、条件がある」


八木山は振り返り、堂々とした佇まいで言葉を続けた。


「俺が契約するのは、凪とカナエ、お前たち二人だけだ。リズム隊はこちらで用意する」


凪は反論しようとしたが、またも八木山に制された。

一週間で答えを出せ、それ以上は待てない。とだけ言い終えると、話し合いを打ち切った。



帰り道、二人の肩が寂しく揺れていた。

言葉を失ったまま、昼下がりの街を歩く。


そこで話そう、と小さな公園でベンチに座る。

凪は言葉を探しているようだった。


「なぁ……さっきの話どう思う?」

「私は絶対に嫌。二人を裏切るような真似は絶対にしたくない。」

「俺もそう思うよ、だけどさ……」

「絶対に嫌。今日あったことも全部話したい」

「……わかった」


カナエは立ち上がり、前を向いて歩き始める。

いつの間にか頼もしくなったカナエに対して、凪は自分の迷いを恥じた。



いつかのファミレスに、四人は集まった。

テーブルには飲みかけのドリンクバーのコップが不揃いに置かれている。

前回のライブの『反省会』という名目だったが、皆の気持ちは別のとこにある。

タコのタコ八がにこやかに口を尖らせる。


「ライブお疲れ様でした!夜にファミレスは珍しいよな」

「カナエちゃん加入で、ずっと練習だったからね。たまにはゆっくりしようよ」

「そうだね……」


本題を前に会話が弾まない。

話に切り出したのはワニの園田だった。


「今日だったんだろ?ゴートレーベル。どうだった?」


カナエは正直に言おうと決めていたのに言葉に詰まる。

凪は静かに口を開いた。


「……引き抜きたいって。俺とカナエだけ」

「そっかー、そっちかー!」


園田は明るく笑った。

カナエは胸が痛い。視線はテーブルの古傷に向いていた。


「ライブ凄かったもんな。俺らの演奏であんなに盛り上って。でも正直カナエちゃんパワーだったわけだし。八木山さんがそれを見抜いたってことだよな」

「……そんなことない。みんながバンド頑張ってきたから盛り上がったんだよ。曲も私が歌えるようにアレンジしてくれて。それってみんながいないとできないことだよ」


カナエは園田が気を使っていることに気づいた。

いつもは意見を言わないカナエが続けて口を開く。


「だから、私の実力じゃないんだよ。みんながいないと私は歌えなかった。四人じゃなきゃ駄目なんだよ。」


タコ八が真剣な顔して、カナエを見る。


「ありがとう。……でも、やっぱり二人で行きなよ。レーベル。こんなチャンス二度とないよ。正直さ、俺のドラムだったらプロになれないと思っていた。園田は評価されるべきと思うから、申し訳ないと思うけど。……俺は行ってほしいと思ってる」

「俺も同じだよ。自分のレベルは自分が一番よくわかる。二年間やってきてさ、客なんてほとんどゼロだったわけだし。あんな大勢の前で歓声浴びることなんて、考えてもみなかったよな」


園田はファミレスの椅子に座ったまま、大きい身体で両手を挙げた。


「あぁ、気持ちよかったな!最高の経験だったよ!」


カナエは視線をあげ、園田を見た。叫ぶように訴える。


「それならさ、また最高のライブをしよう。もっと練習して、もっと上手く歌えるようになるから。だから、また四人でライブしよう。それでmetaのレギュラーを目指そうよ」


園田は優しく首を振る。


「二人を止めたら、俺は一生後悔する。そんな生き方したくないんだ。そんなのロックじゃない」

「そうだな」


タコ八と園田は決意を示すように力強く握手を交わす。

ずっと黙っていた凪がカナエを見つめる。


「……俺もこんなチャンスもうないと思ってる。二人が続けたいって言うなら俺も断るつもりだった。でもさ、俺は後悔したくない。やってみたいんだ。カナエは、どう?」


カナエの目から大粒の涙が溢れていた。

強く拒絶しても、世界は彼女の気持ちとは裏腹に進んでいく。

チャンスがなんだというのか。ロックがなんだ。

訳のわからない理由で、初めて見つけた居場所は消え去ろうとしていた。



ファミレスを出た夜道。凪はカナエの背中に手を当てた。


「カナエの歌を聞いて、カナエの歌があれば、俺はどこでも輝ける。そう思ったんだ。だから、どんな形になっても突き進んでいこう」


カナエの脳裏には、白い光に包まれて誰よりも自由にギターを弾く凪の姿が焼き付いていた。

この人の、この気持ちがあれば、私の心は照らされ続けられるのだろうか。

目の前の景色が滲んで見える。

カナエは何も言わず頷き、夜道を歩き続けた。



翌日、八木山社長からメールが届く。


『今日はフェミニンでお願いします。』


スマートフォンを握ったまま固まっていると、横からサチが画面を覗き込んできた。


「八木山社長?あの人、渋いのにメールはキモいね」

「行きたくない」


カナエはクッションに顔から倒れ込んだ。

ゴートレーベルに行くことで、園田とタコ八との決別が確定するような気がする。


「逃げだしちゃおうかな」

「だめだよ。レーベル所属なんて皆の憧れだよ?そのためにみんな必死で練習して、ライブして、自分を売り込んでるんだから」

「私には園田さんやタコさんのほうが大事なのに」


サチがカナエを抱きしめる。


「あたしはカナエのことを誇りに思う。今回のことはカナエの望んだことではないかもしれないけど、カナエが掴んだものなんだから。大切にしてほしい。」


カナエはサチを抱きしめ返す。また涙が出そうだ。


「それにさ、あんな奴らには、いつだって会えるって。飲みに誘えばいいじゃん」



凪と待ち合わせて、ゴートレーベルに着く。

重いドアを開けると八木山が待ち構えていた。


「来てくれたということは、契約の意思があると思っていいのかな」

「よろしくお願いします」


凪が柄にも無く頭を下げる。

お願いします、とカナエも凪に合わせて会釈した。


「ちょうどよかった。今日、リズム隊の二人も来ていてね。顔合わせをしよう」


八木山が奥のスペースで声をかけると、熊とカメレオンの二人がこちらにやってきた。


「こっちがドラムの熊五郎さん、向こうがベースの染谷さん。二人ともスカバンド『寿司・インド・パンダ・ラコステ』、通称『スイパラ』のメンバーです。いまバンドが休止中でね。サポートメンバーとして話を聞いてもらってたとこだ」

「「よろしくお願いします」」

「さて、契約の話は後でするとして、せっかく全員集まったわけだし、曲の話がしたいなぁ」


八木山が凪に問いかける。


「いま持ち曲は何曲ある?」

「五曲です」

「この前のライブでやったやつで全部?ライブ映像とか残ってる?」

「SNSに非公開であげてます。」

「いい時代だねぇ」


顎髭を撫でながら天井を見上げる。


「早速観ようか。向こうに大型モニターがある。」


凪がログインを済ませると、モニターに先日のライブが映し出された。

気がつけば、後ろに事務員なども集まってきて人だかりができている。


八木山がドラムスの熊五郎に尋ねる。


「どうですか、熊さん」

「いいです。とてもいい」


カメレオンの染谷も同意するように頷く。


「演奏のほうは?」

「そうですね、あと数回見させてもらえればいけます」

「染谷さんも?」

「ハハッ、どうだろ」


そういうと二人は黙り込んで真剣に映像を見始める。

人だかりはいつの間にか消えていた。


「我々は向こうで話をしよう」


ソファに移り、八木山と契約の話を進める。

細かい内容を丁寧にゆっくりと教えられる。

凪は気になっていることを口にした。


「ありがとうございます。契約書に引っかかる点はないです。ただひとつ聞かせてください。どうしてこんなによくしてくれるんですか?」


八木山は目を丸くする。それから、アッハッハと笑い声をあげた。


「俺を悪者と決めつけないでくれよ。たしかに最初に条件をつけた通り、バンドを離れ離れにさせた。でも、それはバンドを考えてのことだ。良い環境、良い条件で音楽をやってほしい。ただそれだけさ」


八木山が電子タバコを吸う。白い煙がふーっと広がって消えた。


「それに甘やかすつもりもない。凪にはアルバム製作のために、あと五曲作ってもらう。一ヶ月でね。その一ヶ月後にライブ。そこからレコーディング。三ヶ月で形にしてもらう。その後に全国ツアーだ。ツアーまで半年でやってもらう」


カナエは目眩がした。つい数日前まで自分に無縁だったはずの言葉がつらつらと並べられる。

ふと横を見ると、凪の手は力強く握られていた。

八木山が凪を真っ直ぐに見る。


「どうだ?やれるか?」

「はい、必ず」


(続く)

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