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幻想アンダーグラウンドⅠーⅩ

カーテンの幕が開く。


ハイハットシンバルが四回鳴ると、激しい演奏とともにバファリンの四つ打ちロックナンバー『ララバイ東京』がはじまる。


ドンドンドンドンと胸に刻まれるバスドラム、オクターブでフロアを煽るベース、ギュイーーンと身勝手なギターがmetaの中で鳴り響く。


視界の先、眼下には百人ほどの観客。

カナエは冷静だった。客席の最後方で拳を突き出すブルドッグのレタスと、祈るように見つめるヒョウのサチが目に入る。


ーー

ララバイ東京 もう終わりにしよう

ララバイ東京 眠りつく頃


興奮している子羊さん すっかりその気の狼さん

調子に乗ってる子猫ちゃん ドッキリされてる小峠さん


ララバイ東京 寝てる間に

ララバイ東京 しちゃいましょう

ーー


荒々しいロックサウンドに反して、カナエは真っ直ぐに立ったまま、本当に子守唄ララバイを聴かせるように優しく歌い上げた。


観客は呆気にとられていた。野獣のような暴力性と布団にいるような安らぎのアンバランスな仕上がりに、会場は徐々に染められていく。


二曲目、三曲目と曲を重ねるごとに、拍手は数を増し、歓声は大きくなっていった。

バファリン・プレミアムDXの不思議な世界観に客たちは抗うことなく惹き込まれていった。


曲の合間のMCは無し。狙いがあったわけではない。単純に誰もが打ち合せを忘れていた。

逆にそれは神秘的な新人バンドの印象を強めていた。


四曲目が終わり、大きな拍手が起こると、凪がそっと近づいてきた。


「(これで最後だよ)」


カナエの耳元で囁く。その意図を汲み取る。


「次で最後の曲です。ありがとうございました」


マイクを通して、最初で最後の挨拶が終わると、凪が『優しさ半分』のリフを弾き始めた。


ーー

聞いたよ、夏風邪なんだって 不摂生だね、用心してね

お熱になるなら、君のアイドル 冷めない夢を見せるから


あの日も、残業だったって 優等生かな、言いなりなのね

相手になるから、ベルを鳴らして 心のお薬、頭痛も治すから


半分優しさ、半分成分 中途半端ならもうやめて

半分優しさ、半分錠剤 君にあげるよ ほらバファリン


バファリンのはんぶんはやさしさでできている

その本来の意味は、胃粘膜を守る成分を指しますが、

時を越えて、派生したそのキャッチフレーズは、

風邪をひいた時の強い味方として、

心の友という意味を含んでいるのです


あなたの心の友になりたい 頭痛にバファリン


半分優しさ、両方成分 ひとつで二役してるから

半分優しさ、ふたつで錠剤 みんなで飲もう ほらバファリン

ーー


曲が終わり、カナエが深く頭を下げると、大歓声が沸き起こった。

鳴り止まない拍手の中、カーテンがゆっくりと閉じていく。


興奮冷めやらぬまま、カナエは放心状態で楽屋へと戻る。

舞台の袖で、あぜ道の哲也とすれ違う。


「お疲れ様。……いいライブするね」


ありがとうございます、と頭を下げる。

哲也と沢口の眼には、先ほどまでの余裕はなく、むき出しの闘志が宿っていた。


あぜ道のライブが始まると、フロアから一段と大きな歓声があがり、格の違いを見せつけるような、この日で一番の盛り上がりをみせていた。


バファリンのメンバーは頭が真っ白なまま、自分たちの片付けをしていると、あっと言う間にライブはフィナーレを迎えていた。


あぜ道がアンコールを終えて戻ってくる。

お疲れ様でした、と声を掛け合い、緊張が一気に溶ける。ライブの談笑をしていると、ふいに楽屋のドアが開いた。

入ってきたのは、キザなシャツにスーツを着た、見知らぬヤギだった。


「八木山さん、お疲れ様です!」

「お疲れっすー、ライブめっちゃ良かったよー」


あぜ道の二人が頭を下げて挨拶をすると、軽いノリで返事をした。


「あ、どうも。ゴートレーベルの八木山です。えーっと、バファリン・プレミアムDX、でしたっけ?いやぁ……めちゃくちゃよかったよ!」


唐突に八木山から話しかけられ、カナエは何事か理解できない。

ありがとうございます、とだけ返した。


「バファリンは、どこか所属してるんですか?」

「え、へ?……所属?」


すかさず哲也がフォローをいれる。


「八木山さん。この子ら、今日が初ライブですよ」

「えっ、嘘でしょ!?……あーマジか」


八木山は驚いたというジェスチャーをして、立ち直すと内ポケットからカードを取り出した。


「改めて。ゴートレーベルの八木山です。うちの事務所に関して、今から少し話をさせてもらえませんか?これ、名刺です」


カナエの前に名刺が差し出される。戸惑っていると、彼女の手の方にグッと名刺を近づけるので、反射的に受け取ってしまう。


「すみません、今日はライブを終えたばかりなので」


凪が横から割って入り、助け舟を出してくれた。


「了解です。君がリーダーかな?よろしく」


八木山はもう一枚の名刺を凪に手渡すと、それでは、また後日、と軽い足取りで楽屋を後にした。


哲也が口を開く。


「……おい、まじかよ。八木山さんから直接、声かけられたじゃん。あの人、俺らが所属してるレーベルの社長だよ」


ライブの興奮も冷めないまま、八木山から渡された名刺。

後日、凪とカナエはゴートレーベルを訪れる。


(続く)

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