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悪役令嬢は異世界外交官になって平和的にざまぁする

作者: 紅月リリカ

悪役令嬢が外交官という設定で書いてみました。戦争のニュースが続く中、現実世界も平和になってくれればいいなと願っています。

王城の大広間に響く冷酷な声が、リリアナ・フォン・エスターライヒの運命を断ち切った。


「貴女の傲慢な振る舞いと、隣国ベルガモット公国への挑発的態度が、我が国を戦争の危機に陥れました」


王太子アレクサンドルは、新たに婚約者として内定した令嬢エリザベッタの華奢な手を取りながら、氷のような瞳でリリアナを見下ろしていた。


彼の隣に立つエリザベッタは、慈愛に満ちた表情で涙を浮かべている。その美しい顔には、まるで聖母のような慈悲深さが宿っていた。


「リリアナ様、どうか改心してください。争いを望む心を捨て、平和な世界を一緒に築きましょう」


周囲の貴族たちは安堵の表情を浮かべ、ひそひそと囁き合う。


「やはりエリザベッタ様こそが、未来の王妃にふさわしい」


「リリアナ公爵令嬢は、あまりにも好戦的すぎました」


「平和を愛するエリザベッタ様の前では、戦争を煽る悪役令嬢など……」


リリアナは唇を噛み締めた。


彼らは何もわかっていない。


本当の脅威が何なのかを。


「リリアナ・フォン・エスターライヒ。貴女を国外追放に処します」


王太子の宣告が大広間に響く。


「戦争を招く災いの女として、この国の土を二度と踏むことを禁じます」


リリアナは静かに頭を下げた。


もはや何を言っても無駄だろう。


真実を語ろうとすれば「隣国を貶める嘘つき」と罵られ、真の平和を願えば「偽善者」と嘲笑される。


エリザベッタによる見せかけの「平和主義」に心酔した王太子と貴族たちには、もう何も届かない。


「承知いたしました、殿下」


リリアナの声は、驚くほど落ち着いていた。


* * *


国境へと向かう馬車の中で、リリアナは静かに過去を振り返っていた。


事の始まりは、三ヶ月前のベルガモット公国使節団の訪問だった。


表向きは友好親善のための訪問だったが、リリアナは彼らの会話を盗み聞きしてしまった。


正確には、盗み聞きするつもりはなかった。


ただ、亡き祖母がベルガモット公国出身だったため、彼女は幼い頃から両国の言語を学んでいた。祖母の子守唄は全てベルガモット公国の古い方言で歌われていたのだ。


その日の夜、庭園を散歩していたリリアナは、偶然にも使節団の密談を耳にしてしまった。


「アルテミア王国の連中は、期待以上に平和ボケしている」


「今こそ侵攻の好機かもしれんな」


「ああ、軍備を削減させて、一気に攻め込む。エリザベッタの働きは上々だ」


リリアナの血の気が引いた。


エリザベッタが……スパイ?


慌てて王太子と父に報告したが、結果は散々だった。


「隣国を陥れるための作り話だ」


「エリザベッタを貶めるために、そんな嘘をつくなど」


「やはり貴女は好戦的すぎる。平和の尊さがわからないのか」


どれだけ必死に説明しても、誰も信じてくれなかった。


それどころか、リリアナの行動は「隣国への挑発」「戦争を煽る危険思想」として糾弾された。


皮肉なことに、リリアナが本当に愛していたのは平和な日常だった。


祖母から聞いた戦争の悲惨さを知っていたからこそ、争いを何よりも恐れていた。


だからこそ、ベルガモット公国の本当の意図を暴こうとしたのに。


「私が……戦争を招く災いの女……」


馬車の窓から見える故郷の風景が、どんどん遠ざかっていく。


もう二度と、この国には帰れないのだろう。


* * *


ベルガモット公国の首都で、リリアナは驚くべき事実を知った。


彼女には、この国の国籍を取得する権利があったのだ。


祖母の出生証明書を持参したリリアナに、入国管理官は親切に説明してくれた。


「お祖母様がベルガモット公国民でしたら、お嬢様はベルガモット公国の国籍を取得できます。

 ただし、アルテミア公国の国籍は捨てていただく必要があります。よろしいですか?」


リリアナは迷わず頷いた。


もうアルテミア王国には帰れない。ならば、この国で新しい人生を歩もう。


持ち前の語学力と、両国の文化に精通した知識を活かし、リリアナは外務省の試験を受けた。


結果は見事合格。


わずか半年で、彼女はベルガモット公国外務省の一員となった。


そして配属された部署で、リリアナは衝撃的な文書を目にする。


『アルテミア王国侵攻計画書』


詳細な軍事戦略、侵攻ルート、占領後の統治計画……すべてが記されていた。


そこには<工作員イザベラ(エリザベッタ)>の名前もあった。


「やはり……もうここまで進んでいたのね」


しかし、リリアナの目からみると、計画書にはいくつかの穴があった。


アルテミア王国の軍事力と、市民による王家への支持が、奇妙に過小評価されていたのだ。


このまま進めれば、ベルガモット公国の被害は想定を遥かに超える規模になるし、占領後もまともな統治は望めないだろう。


調べていくと、評価の食い違いはすべて、エリザベッタの報告に起因していることが分かってきた。


「……これって、もしかして」


一度浮かんだ疑念は、証拠を集める中で確信に変わる。


エリザベッタは単なるスパイではなかった。


二重スパイだったのだ。


ベルガモット公国とアルテミア王国を戦争に導き、両国が疲弊したところで隣の大国ドラクニア帝国が侵攻する。


それが真の計画だった。


「なんて……恐ろしい……」


リリアナは急いで、ベルガモット公国内の良識派貴族たちにアプローチをはじめた。


この国にも、きっと戦争を望まない人たちがいるはずだ。


彼らと協力すれば、この狂気を止められるかもしれない。


祖母がいつも言っていた言葉が蘇る。


「平和は、勇気ある者だけが守れるのです」


今こそ、その勇気を示す時だった。


* * *


運命の日は、あまりにも突然にやってきた。


ベルガモット公国内が好戦ムードで盛り上がる中、アルテミア王城の玉座の間に一人の女性が現れた。


「お久しぶりです、王太子殿下」


凛とした声が大広間に響く。


貴族たちは息を呑んだ。


追放されたはずの悪役令嬢が、なぜここに?


そして彼女の隣には、見覚えのある男性が立っていた。


ベルガモット公国の第一王子レオンハルト。


「そして、エリザベッタ様──いえ、イザベラ様とお呼びした方がよろしいでしょうか?」


リリアナの言葉に、大広間が静寂に包まれる。


エリザベッタの顔が、一瞬で青ざめた。


「な、何をおっしゃって……」


「あら、心当たりがないかしら。それでは、この名前はどうかしら——ドラクニア帝国工作員、イライザ様?」


リリアナは一歩前に出ると、羊皮紙の束を掲げた。


「調べさせていただきました。

 あなたはもともとドラクニア帝国の出身。

 ベルガモット公国ではみなしごを騙って孤児院に入りイザベラと名付けられ、

 アルテミア王国では夭折した令嬢エリザベッタに取って代わったようね。

 お父様は海外生活が長く、お母様は既に亡くなられている。

 家令を買収して抱き込むのは、帝国の経済力をもってすればさぞ容易だったことでしょう」


王太子の顔が土気色に変わる。


「エリザベッタ様の平和主義は演技でした。

 アルテミア王国に過度な平和主義が蔓延して弱体化したように見せかけ、

 そこに付け入って攻め込むようにベルガモット公国を誘導した。


 真の目的は両国を戦争に導き、ドラクニア帝国の侵攻を容易にすることです」


リリアナの声は、悲しみに満ちていた。


「エリザベッタ様、なぜ、貴女を大切にしてくれる国々を裏切るのですか」


エリザベッタは、何も言わない。何も言わないことが、彼女の答えだろう。


しかし、リリアナはまだ続けた。


「ですが、戦争は回避できます」


彼女は別の文書を取り出す。


「ベルガモット公国の良識派貴族の皆様と協議し、平和条約の草案を作成いたしました。レオンハルト王子殿下も、この条約に賛同してくださっています」


レオンハルト王子が前に出る。


「リリアナ殿の献身的な努力により、我が国の過激派を説得することができています。

 父である国王からは、条約が結べるのであれば、宣戦布告は取り止めようとの言葉をもらっています。

 戦争など、両国にとって百害あって一利なしです」


王太子は震える手で条約書を受け取った。


そこには、両国の平和と繁栄を約束する条文が記されていた。


アルテミア王国にとっても、決して悪くない内容であった。


「リリアナ……私は……私は何ということを……」


王太子が膝を折ろうとした時、リリアナは静かに手を上げた。


「殿下。過去のことは もう良いのです。大切なのは、これからです」


彼女の瞳には、もう恨みの色はなかった。


ただ、深い慈愛だけが宿っている。


「私は、ただ、心から平和を願っております」


* * *


平和条約締結から一年後。


リリアナの新しい邸宅には、美しい庭園が広がっていた。


アルテミア王国の薔薇とベルガモット公国の百合が、見事な調和を見せながら咲き誇っている。


まさに平和の象徴だった。


庭園のベンチに座るリリアナの隣には、レオンハルト王子の姿がある。


「君の平和への想いに心を打たれた」


王子は真摯な瞳でリリアナを見つめる。


「僕と共に、両国の架け橋となってくれないか」


リリアナは初めて、心からの笑顔を浮かべた。


追放されて初めて、本当の愛に出会えたのだ。


「はい、喜んで」


二人の前で、平和条約締結一周年記念式典の準備が進んでいる。


両国の子供たちが手を取り合い、平和の歌を歌っている。


その光景を眺めながら、リリアナは祖母の形見のペンダントを握りしめた。


「戦争を恐れる心こそが、真の平和を築く力になるのですね」


風に舞う花びらが、まるで祝福するように二人を包み込む。


「追放されて初めて、本当の使命に出会えました──祖母様、私は今、とても幸せです」


リリアナの瞳に浮かぶのは、もう涙ではなく、希望の光だった。


遠く故郷の方角を見つめながら、彼女は静かに微笑む。


きっと、この平和は永遠に続くだろう。


愛する人と共に築く、新しい世界で。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。外交官の仕事、想像しながら楽しく書けました。よかったら感想をいただけると喜びます!

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