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キラーズオブザルーレット  作者: 亞沖青斗
三章 伏魔殿
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八話

 諦めのついた矢部が肩を落として帰宅したのち、私は予定通り旧友の家に訪れていた。招かれた一室は、事務所代わりに利用しているため相変わらず綺麗に整っており、主人の几帳面な性格を窺わせた。窓外は予報より早い小雨がしおしおと寂しく降る。カウチソファに腰を落ち着けた私は、ウィスキー入りのタンブラーグラスを受けとる。

 向かいに座った男は、私と似た風貌の壮年で四角ばった顔に皮肉気な笑みを浮かべていた。

「ちょっとうちの助手が面白いことを知ったらしくてね。蓮一郎が調べていた、浅井太一と関係がありそうでな」

 新井信吾は自らも中身が入るタンブラーに口をつけてから、傍らに座る若い男に目配せした。

「お世話になります」

 今泉ともや。二十代後半の年齢で顔立ちは武骨、体格にも恵まれた男だ。新井の助手で探偵歴は半年となるため、私も何度か顔は合わせている。行動が少々大雑把ではあるが、街でたむろする無法者にひろく顔が利く。

「それでどこまで話したかな」と、新井があらためる。

 つい先日の出来事に記憶を馳せる。今泉ともやの伝手で、浅井太一と同じ刑務所にいたと自ら話す人間が、もっぱらアウトローが好んで集う地下ナイトバーで働いていると知り、その本人から情報を聞き出したのだった。最初の手立ては断片的だったが、いくつか人伝を回るにつれ着実に標的へと近付いていった。

 浅井太一は出所後、実家には帰らず地方を転々と渡り歩いていたそうでその後となる現在、山口県の林業会社に就職している。元犯罪者など、似た境遇者の社会復帰を手伝う会社経営者が、困窮に喘いでいるという彼の噂をどこからか聞き付けて助け船を出したそうだ。そこから調査は難航することもなく、そして本人に気付かれることもなく所在を特定し、依頼主の山岡静子に報告と至った。ところがそこに行き着くまでの途中、危殆ある噂を聞きかじる。

「俺以外に、浅井太一を探す妙なやつがいたらしいって話だな。山岡静子の名前まで出していたと。それが、占い師だとか」

「つい最近まで刑務所に収監されていたらしいんですよ。詐欺罪でね」答えたのは今泉だ。「質問された情報源の店員は占い師の噂を知っていましたから、しらを切ったらしいんです。ちょっとした勘がはたらいたとか」

「名前は三木谷だったかな、あの地下バーの顔半分……傷跡が残ってる、にいちゃんな」

「三木谷のやつ、欲張って情報料の欲しさにその怪しい占い師を調べたらしいんです。それで、世田谷の下北沢にある拠点を突き止めたそうなんです」

 山岡静子宅も世田谷区だ。果たしてこれは、偶然だろうか。

「占い師の名前は、不座名貴瑠矢。まあ偽名でしょうね。浅井太一の件、関係あるんじゃないですかね」

「まあまあ少なくはない人間がそこを出入りしているとかいう経緯もあって、ちょっと調べたんだわ」と、新井が背もたれに仰け反って言う。「なにやら、騙して客から金を引き出させているとか、よくある手口の話も聞きつけてな」

「行動がはやいな」

「俺らの仕事は揉め事あってのことだ。なんかあった時、円滑に依頼をこなせるようタイムリーな変化には敏感にアンテナを張っておく必要がある。こういう丁寧な段取りが、いざというとき冷静に行動するための規範となる。そうだろ。お前のためを思って言ってやってるんだ。わかるな」

 新井とは長い付き合いになる。お互いの性格を熟知しているため、私としては、本心を見抜かれているのだろうと苦笑したくもなる。依頼相談時、助手の矢部がああも躍起になって山岡静子に入れ込まなければ、自分の方が踏み込んだ質問をしていたかもしれない。確かに、あえかな佇まいとあの美貌は、男として捨て置けないだろう。私も立場上、自制したに過ぎない。

「なにを恩着せがましい」

 私は、苦し紛れに鼻で笑った。

「記者の癖が抜けていないだけじゃないのか」

 逆に、新井は真剣な面差しだった。

「それを言うなら、お前は逆に元刑事の勘が抜けてるよ。事前の情報がいかに我が身の助けになるか、ってだけだ。俺だって、金にもならないならそこまで頭を突っ込む気はない。がしかし、そうでもない。だろ?」

「ああ、これを逃さない手はない。総額で二億四千万だ」

「よしじゃあ、連携を重視するためにも復習からだ」本腰を入れる準備ができたとばかり、新井がウィスキーを注ぎ足す。「まず遡ること七年前、東京大阪間高速バスで起こった過剰防衛からなる殺人事件だ。盆の時期、地元の大阪に帰郷しようとしていた当時十八歳、東京の大学に通っていた女性が夜行バスに乗り込んだことから発生する。これが山岡静子だ」

「山岡静子は、高校の頃から交際していた男がいた。一緒に勉強して同じ大学に入ってからの初めての夏で、本人が言うにはそれなりに青春を謳歌していたとのことだ。結婚までも視野に入れていたらしい」

「ところがそんな甘い青春は、正木英雄の手によって終止符を打たれる。バスが愛知県を出たあたりでうたた寝していた山岡に、正木が声をかける。いわゆるナンパだったが、これが逃げ場のない走行中の高速バスだ。当然、若い女は恐怖するだろう。いや、誰かが助けてくれると期待していたのに、最初のうち周囲はだんまりだったから余計に混乱したのかもしれん。で、拒絶も虚しく威圧的に攻められて、しまいにはなし崩し的に強姦未遂にまで発展する。周囲の乗客は自分に矛先が向く恐れから無視、いずれことは収まるだろうと見守っていた。見境なしにキレるガキの典型例に映ったのか、しかも初老の運転手と腰が曲がった老婆、戦闘力が無いメタボのサラリーマンってなればそうもなるだろう。が、ここである男が立ち上がった」

「浅井太一だ」私はおどけるように肩を竦めた。「しかし、そこで正木に脅されるわけだ。仲間と拉致して山に埋めるぞ、と。けれども、浅井は関係なく」

 新井が鼻を鳴らして引き継ぐ。「正木英雄をぶっ殺しちまったわけだ」

「それも原始的な撲殺。正木英雄が助けをこおうが関係なく、他乗客が制止しようがお構いなく、走行する夜間の高速バス内っていう不安定な環境が、逆に正木当人に降りかかった。正木が壊れていく一部始終が、正木のスマートフォンに録画されていたんだ。つまり正木は、山岡の痴態をスマートフォンで撮影していたから、それが皮肉にも自分の最期を記録することになったということだ。狂暴な怪物に変貌した浅井の所業は、それはもう大の大人が見ても嘔吐するくらい残忍だった。それを見せられた正木の遺族となれば、それはまあ……心中察するに値するわな。山岡静子に見せられたものも、それに通じる怪文書だったよ」

「同時に、正木の悪逆行為も動画で証明されたことになる。山岡静子いわく、のちに正木の母親は自殺、妹は鬱病を発症してメンタルクリニック通い。家族は滅茶苦茶。残された父親なら逆恨みくらいするかな」

「出所の時期まで執念深く待っていたんですかね」仮説に則って口を挟んだのは今泉だった。「会ってみたいな。浅井太一」

 新井がうなずく。「浅井が出所してかれこれ二年になるらしいから、このタイムラグはどうだろうな。息子を奪われて燻っていたとして、何かしらの拍子に怒りが再燃したとすると、その要因は」

「点火要因としては、事件当事者の山岡静子と占い師の関係だ。山岡の目の前で残虐な殺され方をした正木英雄の成れの果て、それから強姦されそうになった恐怖と撲殺現場直面からの強い心的外傷ストレスを負って大学を辞めざるを得なくなった原因だけではなく、恋人とも別れて、こっちもメンタルクリニックに通っていたそうだ。二年前には母親が交通事故で他界。現在は総合病院に医者として勤める父親と二人暮らし。そんな生活に変化があったのは例の怪文書」

「復讐にしては、なんだか緻密ですよね」今泉が言う。「無法者を雇うにしてももっとこう、ワゴンで拐うとかそういう手段をとりそうなのに、占い師とか中途半端じゃないですか」

「復讐の標的は、飽くまで浅井太一だからじゃないか。浅井の居場所を突き止めるため、ってことだ」

 私はタンブラーに満たされる水面から、また不穏なよどみを感じた。「要するに、占い師は……山岡静子が興信所を使って浅井を捜すと、そこまで読んでの行動が怪文書の真の目的だった。それでまんまとその通りになった?」

「蓮一郎は、山口県だったか……浅井を探しに行くときに尾行されていなかったのか?」

「俺が直接調べたわけじゃないんでね。いつものネットワーク使って、小遣いがほしい地元の匿名下請けに情報を渡して捜させただけだ」

「ていうことは、今ごろ山岡は、正木英雄の父親とその占い師だとか怪しい連中に尾行されている可能性が出てくる。しかし、そうなるとここでも疑問が生まれる。正木英雄の父親はどうして自分で、興信所に依頼しなかったのか。どうして山岡が依頼する流れにもっていったのか。どうして山岡を尾行するなんてまどろっこしい真似をするのか」新井が、悩ましげに首を捻る。

「山岡静子と浅井太一を合流させたいからかな」

「まとめて仇討ちか。ま、これを逆に利用させてもらうわけだからこそ好機なんだけどな。実質は狂暴な元犯罪者の浅井太一との再会、息子を殺されて逆恨みをもつ父親、それと逮捕歴のある占い師が追加。こいつらに、二億強奪と殺人の罪をなすりつけるという寸法だ」

「ただ、先を越されちゃ意味がない。正木の父親はともかく、占い師の狙いはおそらく、俺らと同じと考えていい」

 山岡静子が愚かにも依頼時に話していた亡き母からの遺産相続については、どこの誰に漏れているのか現段階では見当もつかない。一般人からすれば莫大な金額だ。のみならず、浅井もが知れば間違いなく、一度は救った山岡静子を殺してでも遺産を奪うだろう。

 今泉は、標的を山岡静子に狙い定めてもっと悪どいことを考えているのか、いやらしく口元を歪めていた。この男も、所詮は正木英雄と同じ穴の狢というやつだ。実行役を申し出てきたので策謀に加わらせてやったが、衝動に走って殺害前に山岡静子を強姦するつもりなら、証拠を残すことになるし私としては黙っているわけにはいかない。計画の途中で『犯人役』追加として退場していただくのが、望ましいとも思えた。

 しかし、それにしても、怪しい占い師とやらはどこから山岡静子が所有する財産を嗅ぎつけたのか、まだ決まったわけでもないにしても、よしんばそうであったときの事態も考慮して計画を練らなければ、元から後手に回っていることもあって頓挫は避けられない。

「逮捕歴があるやつなら、反社だとかとつるんでる可能性もある。それだけならまだしも、俺たちみたいな仕事を、占い師なんて看板を立てて客をとりだしたら、もしかしなくても直接ぶつかる機会がくるかもしれんぞ」

 新井は嬉しそうに言った。「なるほど、現地で早期の対決もありえるな。そう考えるとやっぱり、事前に調べておいて良かったか」

 そうだ。暗々裡に進めるべく実行力と、情報収集こそが肝要となる。ちなんで、精神面に異常を来たしていた山岡静子の七年間の空白。ここにさらなる奥深い事情があるとみた。

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