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キラーズオブザルーレット  作者: 亞沖青斗
第十二章 暁月夜
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三十九話

「わたしの秘密、聞きたあない?」

「当ててみようか」

 頭上を高速道路が走る峠越え道の途中、静子は例の元キャンプ場があるという古い立て看板を助手席から指差した。曲がりくねった本道から外れて、渓谷を眼下にするガードレールもない細い山道を一キロ近くおりていくと到着する辺鄙な場所は、不人気もあって今は誰も訪れることがないという。入り口道を通り過ぎた直後、静子から唐突に言われば、脈絡からして思い当たりもする。

 僕は、運転手席から醒めた目で一瞥しました。静子は癖染みた仕草で、いつものように唇を舐めていました。手には作業手袋、その下には腱鞘炎用サポーター。当てろ、と言っているような装いそのものでした。

「親父さんを、さっき通りがかった元キャンプ場に埋めたんやろ。殺害現場は、自宅の親父さんの書斎や」

「正解」静子は平然と言いました。

「三月の十四日に東京を出て、大阪について殺してから、次にさっきの廃れたキャンプ場に運んだわけや。そらそうや。可愛い娘が浅井太一に会いにいくと言うのに、一人で行かせるわけがない。ついてきたんや。カワソコ興信所に調査依頼に行く許可を出したんも、君がつくった怪文書を見たからやろうけど実際は怪しんでたんやろな。君は、お母さんとの思い出の場所に行きたい、とでも言うんたんちゃうかな」

「うんうん」と声を弾ませて彼女は嬉しそうに相槌する。

「どうやって殺したかはさすがにわからんけど、まあバタフライナイフで後ろから刺すか、スタンガンで動けんようにしてから首を絞めるか」

「後者やね。死体は、タープテントのカバーに入れて車に運んだ。で、さっきの場所に行って埋めた」

「それで父親の部屋の窓を開けたわけか。ちょっとでも死体を放置してたら、身体のあらゆる穴から体液が漏れてくるから、におったわけやな。ちなみにそのとき風が吹き込み、シールタトゥーはデスク下に滑り落ちたと。形跡はあったのにカーペットがなかったのも、体液で汚れたから処分したんか」

「処分に迷ってたけどあの倉庫で、運良く誰かさんが燃やしてくれたんや。タープテントのカバーも、カーペットも、ありがたいことにね」

「君は、埋めるための穴を事前に用意してたんやろ。さっきの元キャンプ場から、更に森が奥まった一目もつかない深くて暗い場所にな。遅れて東京から追跡してた三木谷や正木夢華も、さすがに意味が分からんかったやろな。それと、山の土は固いからそう簡単に深くは掘れん。君は、何回もあの元キャンプ場に足を運んで地道に穴を掘ってたわけや。深い深い穴を、絶対に見つかれへん穴を。父親の死体を放り込んで更に埋めて、上から倒木か岩を乗せて固めるまで一泊かけたわけや。動機は、死んだ母親の復讐。最初から今まで全部。郡沢も、ほんまは自分の手でそうするつもりやった。真柴さんの調査で、俺が林業をやっててミニショベルカーを使えると知ったから、実は郡沢を山口県まで誘き寄せてから殺害し、俺に穴を掘らせて埋めさせようという魂胆だった。これを皮肉にも、君と入れ替わったあとの偽静子までもが思いついたわけやな」

 耐え難い憎悪を解き放つ、絶好の機会が訪れたのだ。母が亡くなって二年の歳月が経ち、ようやく為すときがきた、ということです。

「全部計算尽くしでの犯行。慢性的な腱鞘炎もそのせい。サポーターに染み付いた土の匂いもそんなところやろ。結論、それが君の秘密。そこでもう一つ疑問が生まれる」

 会話に熱が入り夢中になっていると、山を降りて街まで戻ってきていた。

「腹減ったなあ」

「疑問はどうなったん?」

 三日月目となる静子が、次の質問を今か今かと待っている様子でひっきりなしに唇を舐める。淫蕩な表情に惹き込まれそうでした。まだ切り札をもつ僕は、抵抗の意味も含めて言いました。

「新井さんに言うてたやろ。浅井太一である俺やないとダメなわけ。どうして俺が殺害の手を貸すって思った? まさか、七年前の事件で仲間意識が芽生えたとか言わへんやろ。俺が郡沢殺害に手を貸す確信がなかったら、そもそも山口県まで行かへん」

「そうやね、計画の前提条件やね」

 正木夢華ですら、必死に説き伏せようとしてきたのだ。

「そんな簡単に、見返りもないのに、俺が殺人やら死体遺棄に手を貸すと確信してた理由を知りたい。俺でないとあかん理由。あの事件で一度助けてくれたからまた助けてくれるはずとか、ただそれだけで?」

「それ遠からずやで。確証は無かったけど確信はあった。形にして言えん絆とか本質を信じてた。納得いかんならこう言おうか。太一くんは、やっぱりわたしに似てる。真柴さんからもらった太一くんの写真を見て、感じた。この人は、わたしと同じ場所にいる人やって。普通に暮らしてる人らを別の世界から見上げて生活してるんやってね、なんか安心した。一般人には紛れ込むことができへん異様さが、太一くんにはある。ああ、この人はわたしと同じで、あの夜からちっとも這い出てないんやなって思った。ほんま安心したんや。わたしやからわかった」

「違うな、きみが怖い」

「嘘、認められて共感されたら嬉しい? 違う。そんな簡単なものやない。その他大勢が求めてるような掃いて捨てるくらいある承認欲求や自己肯定感でもない。もっと複雑。でも、シンプル。せやから、わたしも嬉しかった。反面、怖かったけど、絶対に会わなあかんって思った」

「なるほどな。認めるところは確かにある。昔、三木谷と組んで探偵業しててな。浮気調査やったんやけど、暴走した三木谷が浮気してるやつらの家に火を放ったんや」

「で?」

「三木谷を止めた。警棒でボコボコにしてな。それで、あの化け物みたいなツラになったんや。気持ち良かったで、七年前と同じでな」

「ほらほら、やっぱり」歓喜した静子が手を叩く。「ほらなやっぱりやん。同じや同じ、変わってへんなあ。ほんま安心した」

 ただし、これ以上は苦痛で聞いていられなかった。ことあるごとに、隔靴掻痒とする自らの境涯を苦吟同然に語り伝えようとしていた、かの正木夢華とも違う。比べてこっちは、相手からの否定などものともしない狂気めいた呪詛だ。大喜びするその様は、必死になって自身の正当化を試みようとしているか、或いは今となっては狭義の意味で貴重となる共感者なり同族を手離したくないだけ。

 本当のところ、質問した僕の中で答えは出ていた。山岡静子は、貧相な倉庫建物に住む浅井太一を写真で見てこう思ったのではないでしょうか。所詮は生活に困窮している元囚人。多額の報酬金に目が眩み、殺人と死体遺棄くらい簡単に請け負うだろう。だから、静子の述懐は、単なる符節を合わせにしか思えなかった。

 おぞましい。七年前と同じだ。

「わかった。もうええ」

 そう言うも、もっとも静子はまだまだ止まらない。相槌もさせず、息継ぎも少なく、まして瞬きすらせず、捲し立てる。

「わたしの中でも謎は解けた。あのオレンジ色の屋根の倉庫に着いてたポスト。ちょっとした直感的な出来心というかなんか通じるもんがあって、わたしが倉庫のポストに忍ばせてたあの絵、気付いた正木夢華にそのまま利用されたみたいやけど、それはさておき、なんで太一くんがポストを殴ったんか考えてた。次はわたしが当てたげるな。確か、住所は会社の場所をそのまま使っててあの倉庫は仮住まいで別やから、要するにあれは偽物のポストやったんや。郵便物なんか届くわけがない見た目だけのポスト。でも、ここにはれっきとして人が住んでる家ですよ、人が住んでみんなと同じように生活しているんですよ、わたしはここに住んで真っ当に生きているんですよ、って周りの人にアピールして認めてもらって、一般人として扱ってもらいたかったんや。もしくは、そう自分を偽ってた。せやからそんな自分にいつか腹が立って、嘘の象徴であるポストを殴ったんや。怒り任せに、がつんと」

「そうかもしれへんな」

 僕は認めながら、同時に自嘲しました。もしそうなら、まるで正木夢華と同じではないか。雨が降る山の中では否定したが、あながち似通っていたのかもしれない、と失った今になって痛感しました。二人で逃げましょう、という熱が追いかけてくる。

「せやから、わたしが住所を用意したる。わたしのマンションに住もう一緒に。お父さんはもうおれへん。仕事がないなら、わたしが養ってあげる」

「いや、そんな必要はない」

「なんでやの」彼女の綺麗な顔がたちまち曇り、声までも甲高くなる。

「ポストを殴った理由はもう一つある。『浅井』の表示を見て複雑な気分になったんや。いわゆる、拒否反応」

 静子は、唇を噛み締め黙ってしまう。

「君はとっくに分かってるんやろう。俺と山岡静子には、そんな義理も由縁もない。ここでお別れや。できれば、このまま最後まで言いたなかったけどな。納得いかへんのなら言う」

 息を吸い込む。耐えられなかったのは、さっきから憫笑する僕もまた同じでした。

「俺が、三木谷斗真や」

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