三話
人生は空白だらけ。現実は奪い合い。進む道にはいつも選択肢が落ちている。
「太一くん、帰ってくんの遅いなあ」
春先の空は夕暮れを迎えようとしていた。土手沿いの麓から西へと見上げれば、淡いピンクに染まる薄雲が夜を追われている。土曜日の今日、ここに来訪するという連絡を受けるどころか、予期もしていないだろう彼を責めること自体筋違いであると自覚あれども、生半可な覚悟で会いに来たわけでもないのだから過去の懊悩煩悶も忘れて感情が昂っても致し方なし。麦茶のペットボトルをつけて全て飲み干してしまってから、慮る。
「明るいうちにやってしまうかな。探偵さんの言う通り、拒絶も的に入れているわけやし」
軽自動車のハッチを開け、中から防水シートに包まれる荷物を数点引き出し、砂利地面に並べた。身体を動かし続けることで、気持ちも紛れる。折り畳み型テントを手早く完成させ、折り畳み机と椅子を並べて、テントに隣接してタープテントを設営。夕餉の支度をする頃には空に宵が幕を下そうとしていた。
「トイレとお風呂くらい貸して欲しいなあ」
食糧も尽きた。徒歩でたどり着けそうなコンビニも辺りで見つけられず、パンクした車では移動も不可能。焦燥感が忍び寄る。スマートフォンの画面が、時刻十八時を表示していた。バッテリー残量も残り少ない。
退屈しのぎに土手に生えていた菜の花で冠をこしらえていたわたしは、一度倉庫風建物へと振り返ってから低下していく空気に身を震わせ、テントの中へと入っていった。ひまつぶしがてら、インターネットニュースを開く。
郡沢進一殺害事件の続報が気になり、他に関連性の濃い事件が発生していないか入念に調べてみたところ、驚くべき事実が発覚した。
「うそやん」
呼吸がにわか乱れだす。またもや、知った名の人が遺体で発見された。東京の神保町だった。記事の死因を読んで呆然と、そんなわけないやん、と呟く。死因は危険ドラッグの過剰接種による、心臓発作。
ありえない。
テントのシート隙間から顔を出して、既に暗闇に落ちた辺りをひとしきり見回したわたしは、頭をひっこめると愛用のバタフライナイフを胸に抱いて毛布にくるまった。