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キラーズオブザルーレット  作者: 亞沖青斗
第七章 金剛石
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二十一話

 強盗殺人事件現場の家宅を調査した出原佳菜子からは、特にこれといった手がかりは得られなかった。

「七年も経ってるし、不動産会社も売り手が欲しいから多少は改装しているんで、逆に事件を彷彿させるような痕跡は徹底的に取り除いていましたね。山岡家のときみたいに、もしや矢部くんの所有物が見つかるかとおもて、くまなく探したんですけど、侵入した形跡も荒らされた跡もない、って感じです」

 合流後、出原とプールバーで煙草を突き合わせていた。俺からも報告する。

「自死した渡辺の妹が夜に出かけたらしい場所は、地元の人間が経営するカラオケバーだったらしいけど、こっちもつぶれてもう更地状態でした」

 出原が真顔になる。「矢部くんの形跡も途絶えましたな」

「それはそうなんですけど、あの渡辺浩三郎。野放しにしておいていいものか」

「私も正直、そっちの方に興味があります」

 妻とスタッフに任せていると言うわりには、店内には渡辺一人しかいなかった。客がいないからそれはそうだろうが、キッチン方面からは物音一つなかった。最初から客も通さず、スタッフ全員を外出させていたのではないか、と勘ぐっても理は通る。

「聞かれちゃまずいことなのに、控え室でもなくて、窓際の客席に座らせるっていうのも、策としては浅はかですな」

 嘲笑気味にそう鼻を鳴らす出原の手には、一人の男が車の中から一眼レフカメラを覗く写真があった。その時には、喫茶店を場にして渡辺浩三郎と会話する俺がいたことだろう。

「調べはつきました。船本啓一郎って名前で、高校生当時からの渡辺の悪友らしいです。現在は無職、と言いつつも悪どいことに手を出してるようでしてね、短気で粗暴で知恵が足りないけど、カリスマ性があって支配的。高校の頃から弱者を生贄だ家畜だなんていじめて、金銭を搾取してたらしいですよ。想像ですけど、今でも渡辺は船本に頭が上がらないんじゃないですかね。要は、囮に使われたんですよ」

「渡辺にもっと突っ込んで揺さぶれば、もしかするとボロも出たかもしれないけど。今は船本のほうを」

「泳がせたろって魂胆ですか。そしたら、矢部くんの元にたどり着けるかも、と?」一度言葉を切って煙を吐き出した出原は、悩ましげに唇を歪めた。「渡辺側が情報提供に手をあげたのも、こっちのことを把握して泳がせたい狙いがあるんでしょうね」

 二本指に挟んだ煙草の先端を眺めていた。じりじりと、火種に巻紙が侵攻されていく。まるで自らの状況と示しているようで焦燥感が増す。本当は、矢部のことなど、どうでもよかった。真柴蓮一朗が刑事時代、記者としてひがな街中を駆けずり回っていた俺は何度も助けられたことがある。俺も情報を提供した。そして、同時期に探偵へと職替えしても、お互いを助け合った。その旧友が殺害されて、成り行きを見守っているだけなど考えられない。それから、山岡静子の財産。

 煙草の先端から目も離さず、ボソリとこぼす。

「こっちのほうがよほど重要だ」

「でしょ」出原の目に喜色ば生まれる。「こっちから疑われてることを渡辺側は知らんでしょうから、虚を衝いて七年前に掴めんかった核まで辿り着けるかも」

「それと、あと気になったのがこれ」そこで、煙草の端を唇で挟んで、テーブル中心に置いていたボイスレコーダーをもう一度再生させた。渡部浩三郎の喉を震わせる声が流れ始める。それからしばらく黙って聞き入ってから「ここ」と、止めた。「生贄、って単語を口にしたそのあと。こいつは明らかに動揺した」心情的に納得いく振る舞いと思わないでもないが、妙に違和感を抱いた瞬間だった。「シールについて言及したときも」

「つまり、女側が貼るシールも実は知ってる?」

「首を吊ってた妹を目撃していたなら、知らないわけがない」

「それより、新井さん。その渡辺」出原は灰皿に煙草を押し付けてから、険しい目付きになる。「マジで最悪ですな。要するにあれでしょ」

 自分の口からは言いたくない。今にも憤慨しそうな出原へ続きを促した。

「自分が疑われないためにある程度、話に真実味を持たせようと内情を晒した」出原の声がしだいに低くなり、ついには凄味を増す。「妹を生贄として差し出した人間こそが、あの渡辺浩三郎とちゃうんですか」

「出原さんは、ウィルヘルム・ライヒをご存知ですか」

「いや?」

 俺からの唐突な質問に、出原は戸惑ってしまう。

「ジークムント・フロイトというオーストリアの心理学者でその道の創始者がいたんですが、フロイトは神経症の原因に性欲の抑圧を説いたんです」

 出原は黙って聞き入っている。

「性欲の鍵を握る『エス』という生物的本能を制御するために、対抗する『自我』を鍛えなければならないと提唱した。けれども、フロイトの弟子の中には、逆に『エス』という性欲なり欲動なりを解放する行為が、神経症改善に繋がると主張する者もいたんです。それが、ウィルヘルム・ライヒ。彼は精神分析学から追放されたそうですが、のちに一部の人間から支持された」

「つまり?」

「つまり、欲望を正当化させてくれる指導者がいたら、馬鹿野郎共は簡単に先導されちまうんですな。これは、カルト宗教やら……たとえば、前段階ともいえる占い師にも通ずる」

 意味が通じたようで、出原はさらに表情を悪化させた。

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