二話
軽自動車の勢いは止まらず、土手下の側溝を跳び越えて金網のフェンスを突き破り、砂利地面での急ブレーキと誤ったハンドル操作にタイヤは一瞬空回り、ようやくその暴走を停止させた。
土手斜面から空へと逃げた雀が、騒動を起こしたわたしに非難を浴びせている。エンジンをやっと切って、足下覚束ないままパンクした模様の車から出るその眼前には、例の建物があった。ちょっとした騒音であったはず。けれども、倉庫周辺は田舎らしい田園が広がり、また他民家との距離間隔が遠いためか、しばらくしても誰かが駆けつけてくるような目立った変化は起こらなかった。
自分の混乱加減が馬鹿らしくなるくらい長閑で、上空を舞う鳶の甲高い鳴き声までも長く伸びていく。あまつさえ、オレンジの屋根を持つこの平屋からも、お目当ての住民がいつまで経っても出てきやしない。普通なら、泡でも食って飛び出てくるものだが。
「留守かな」
乱れた黒髪をひとまず手櫛で整え、身体を入れ替えながら辺りをぐるりと見渡す。南側となる土手斜面には黄色の菜の花が群れをなしていたようだが、暴走車のせいで無惨になぎ倒されていた。手足を軽く動かして、身体の異常有無を確かめる。少々、首が痛むくらいか。痛む、で思い出したわたしは苦笑いのあと、手首から黒色のサポーターを外して、車の助手席に置いていたオレンジのリュックに捩じ込んだ。
「また変な誤解されたらたまらんからなあ」
意を決して、建物正面へと向かい砂利地面をことさら足音が鳴るように強く踏んで歩いた。トタン外壁は錆が浮いていて、とてもガレージハウスといえない。前面には、四トントラックでも通り抜け可能とするほど大きなシャッターがある。その右脇にある、素っ気無いスチールドア前で立つ。探せどもインターホンが見当たらない。
そこで、ドア脇を着目して、ギョッとあとずさった。外壁に備え付けられた灰色のポスト面には、拳で殴りつけられたと一目でわかるヘコミ跡があった。
「こっわ」まさか、浅井太一までも既に襲撃の被害に遭ったのだろうか。「いや、それはさすがにない、よね」身を震わせたなり、それを皮切りにして全身から血の気が引き、ついには膝から落ちていこうとしていた。咄嗟に壁面に手を着いて踏み留まる。「ここまできて、逃げるわけにはいかへん」デニムパンツのポケットに捻じ込んだ紙を抜き出し、ポストに入れる。「これでよし」肺へと空気を送り込む。「ごめんください!」しばらく待つも応答は一切なし。「ごめんくださーい。はよ出てきたってやあ」繰り返しても反応は変わらない。「おらんのかい……はよ、帰ってこんかいボケえ!」それから、ドア前の踏段に尻を落とす。「計画、早くも暗雲やわ。なあお母さん」
そして、応えたかのように風がそよいだ。