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キラーズオブザルーレット  作者: 亞沖青斗
四章 殺人鬼
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十話

 澄んだ夜空に浮かぶ満月が綺麗でした。筋肉の薄い左胸の皮膚を痛いと感じるほどつねって気を紛らせる僕は、次に汗ばむ顔から眼鏡を外して周囲に悟られぬよう嘆息しました。止まらない車の走行からもたらされる微振動が、アスファルト地面から足裏に伝わってきます。

 為替変動による国内中小企業への影響が深刻、他国で勃発している軍事侵攻、介護疲れによる身内の殺人、高齢者夫婦が被害者の強盗殺人事件、幼稚園を場にした虐待に近いしつけ、中高生の間で発生した虐め被害からの自殺、危険ドラッグの服用と所持で著名人が逮捕、政治家の汚職と不倫、重大交通事故、スマートフォン端末画面に映るインターネットニュースには、どれも胸が悪くなる記事ばかりが埋め尽くします。

 例えようのない奇妙な胸騒ぎが、ただでさえ逼迫している喉に渇きを与えていました。浅い呼吸すら苦痛と感じさせるほど重く、まとわりつくような熱気がこの真夏日の夜をあたかも蹂躙していました。

 不覚だったのです。持参するスポーツ飲料水のペットボトルは一本のみ。旅先は長いため、今は手をつけれません。体力消耗回避のため、僕は肩がけしたボストンバッグをとうとう足元に落としてしまいました。後方、三十センチ満たない距離には同じく夜行バスを待つ乗客が、スマートフォンを手にして舌打ち。

 それきっかけに、知らず知らず目を閉じていた僕は、視覚情報を復活させて思うのです。この場に足を踏み入れ、流れては消えていく人々にも自分同様に様々な人生があり、それに伴う危機や苦難があり、または欲望や快楽を満たすための物語があるのだと。そこには、やはり法律や倫理に照らし合わせて看過できぬ犯罪も人知れず生まれたのではないかと。

 司法試験合格が目下の指標である現在、その先こそが本当の意味で戦いと云えるのです。

 幼い頃より一つの目標を決意し、父母から期待を寄せられずとも勉学に励み、東京の大学の法学部に入学してもう三年が経過。安下宿でのひとり暮らしでも検察官になる将来の夢に向かって、順調に法科大学院試験合格へ実力をつけているつもりでした。結果とまでまだ繋がっていませんが、努力を積み重ねたそんな自負だけが誇りであった反面、目を背けていた懸念材料もまた浮き彫りになります。

「やっときたよもう。ほなもう切るから」

 スマートフォンを耳に当てた列の先頭に並ぶ若い男性が、ロータリー向こうの交差点へと顔を向けていました。僕の視線も他と同じようにいざなわれました。皆が揃って安堵か不満か、或いは双方が混ざった溜め息を吐き出します。これより愛知県の主要地を経由したのち、八時間かけて故郷へと送り届けてくれる大阪行き夜行バスが、ようやく到着したのでした。

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