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【ハイファンタジー 西洋・中世】

最も優しい悪魔

作者: 小雨川蛙

 彼は私が知る限り最も心優しい存在だった。


 誰かが泣いているとその傍に往き相手の話を聞いてあげた。

 その話を聞きながら、時にその背中を撫でてあげ、時にその体を抱きしめてやり、時に共に泣いてしまう。

 そんな彼だからこそ皆は心から彼を慕っていた。


 けれど、彼は最も忌むべき種族だった。

 それを自覚していたからこそ彼は可能な限り人とは接しなかった。


「僕と一緒に居ると君達まで不幸になる」


 そう言って彼は可能な限り私達から離れて暮らしていた。

 それでも困っている人が居るとやってきて助けてしまうのだ。

 人よりもずっと優しくて温かい心を持つ彼だから。


 そんなある日。

 彼を探して幾人ものエクソシストが現れた。


「この地方に悪魔が居ると聞いた」


 エクソシストたちは穏やかな表情で私達に言った。


「案内をしてほしい」


 私達はそれを拒んだ。

 彼は誰よりも優しいと知っていたから。

 するとエクソシストたちはとても困った顔をして言った。


「君達は悪魔に騙されている。悪魔は人々を騙し陥れる存在なんだ」


 しかし、それでも私達は認めない。

 皆がエクソシストたちを引き留めている間に私は彼の下に向かって逃げるように言った。


「そうか」


 しかし彼は微笑んでエクソシストの前に行き、そして跪いた。


「私を浄化してほしい」


 無防備な彼に対してエクソシストたちは厳戒の体制をしき神聖なる魔法を構えたままに彼を罵った。


 人々を騙す醜悪な悪魔。

 貴様の本質は傲慢にして唾棄すべき存在。

 いい加減、正体を現したならどうだ。


 しかし、悪魔は浄化を望むばかり。

 ここにきてエクソシストたちも疑問を覚える。

 遂には彼と語りだした。

 始めは警戒をしつつ、いつでも彼を滅せられるように構えながら。


 そして。


「信じられん」


 エクソシストの頭が言った。


「あなたは本当に悪魔なのか?」

「ごらんのとおりだ」


 彼は泣いていた。

 世界の無情に打ちひしがれるように。


 やがてエクソシストたちは彼に謝罪をしながら立ち去ろうとした。

 しかし、彼はエクソシストたちを呼び止める。


「浄化してくれ。私は悪魔だから」


 エクソシストたちは困ったように私達に助けを求め、私達もエクソシストたちと一緒に彼を説得した。

 しかし、彼は繰り返すばかりだ。


「浄化してくれ」


 泣き続ける彼を見て私達もエクソシストたちも悟る。

 彼はずっと自分が悪魔として生まれた事に苦しんでいたのだ。

 故に皆で決めた。

 彼を浄化すると。


「君が何故悪魔として生まれたのか。神に聞いてみたいものだ」


 エクソシストたちの言葉に彼は言う。


「その言葉だけで救われる思いだ」


 そして彼は消滅した。

 私達の心に深い傷を残して。


「我々は認識を改めなければならないのだと思った」


 彼の墓を建てながらエクソシストたちは言った。


「悪魔が本当に悪魔として生まれたがっていたのか。私達はそんなことを考えた事も無かった。だからこそ、誓おう。我らはまず悪魔と対話を試みると」


 その言葉と共にエクソシストたちは去っていった。


 戦いの前に対話を求めるようになったエクソシストたちは結果として大幅な弱体化を余儀なくされた。

 最善の戦いとは相手に何も言わさずに殺すこと。

 その前提を放棄するなど愚かさの極致。

 それでもエクソシストたちは対話をするのを辞めなかった。


 皮肉な事に彼は後の時代に最も人を殺した悪魔として名を遺すことになったがその事を彼がどう思っているか誰も知らない。

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― 新着の感想 ―
エクソシスト達は『優しい悪魔』の存在を絶対認めてはいけなかったんだね。 某ダンまちでも『人の言葉を喋るモンスター』の存在は秘匿されて、モンスターを狩るのに躊躇する冒険者が出てくるのを憂慮していたね。 …
なんとなくですがトルストイの『人は死ぬまでにどれだけの土地がいるか』的な寓話を感じさせる作品でございますな。 『悪魔として産まれたのは罪なのか』という問は『差別される民に産まれる事自体が罪なのか』とい…
どこか悲しく、苦しい気持ちになりました。 悪魔は望んで悪魔に生まれたわけではない…。 悪魔という種族だけで、心まで悪魔ではない…。 いろいろなことを考えさせられるお話でした。 短い話の中に、なんとなく…
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