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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

リンの言葉

16-20

作者: リン

16秒針


時計の秒針とは反対に

心が向いている


どうしても どうしても

ずれてしまう


どうしても どうしても どうしても

ずらされてしまう


どうしたら

揃うことができるのだろう


心と心は揃わないままで


ちなみに自室の時計には

短針と長針はあるが

秒針がない




17愛とは


愛とは


赤バラ

黄バラ

橙バラ

青バラ

紫バラ

タンポポ

茶バラ

黒バラ

白バラ


愛とは

逆さまに立っている


そしてぼくは待っている

読めない本を読むふりをして


誰かがどこかで

愛を探しに通り過ぎていくのを

じっと横目で覗き見するために




18ストラディヴァリ


才能に溢れる若いバイオリニストがいた。

彼女には早々にパトロンがついていたが、

その彼からストラディヴァリを贈られることになった。

パトロンの催促に応じて彼女はストラディヴァリを手にして感触を確かめる。

これは想像以上の音色だった。

彼女はすぐに気に入って、

今度のリサイタルでこれを使おうと思い至った。


コンサート当日、思いっきり練習した甲斐あって、

ストラディヴァリとの相性はとても良好だった。

リハーサルでは心地よく旋律を確認していた。

ところが不意に力を抜いた瞬間、

彼女の手からストラディヴァリがこぼれ落ちてしまっていた。

床に転がる壊れたストラディヴァリ。

彼女は愕然とした。

これではもう弾くことができない。

予備は持ってきてない。

どうしよう。

そのとき、床にあった小道具につかうノコギリが目にとまった。

これで弾くしかない。

彼女はそう決心した。

ノコギリを手にすると彼女は待合室にこもってしまった。


コンサート会場には来場者が続々とやってきてそわそわしていた。

満員になってしばらくすると、

彼女が登場した。

右手に弓、左手にノコギリを手にして。

バイオリンを持っていない。

会場の来客はお互いの顔を見合わせながらざわついた。

お構いなしに彼女はノコギリを顔に当て演奏の態勢をとる。

曲が始まる。

音がしない演奏が。

弓を弾いても弦がない。

だが、彼女は左手の指をしきりに押し当て演奏しているようだった。

しびれを切らしたのか会場からブーイングが起こった。

席を立つ者もちらほら現れる。

それでも演奏をやめることはしなかった。

彼女は血迷っていたが、毅然としていた。

ノコギリの刃が顔に食い込み、血がしたたり落ちる。

彼女が髪を振り乱し大きく身体を揺すると、

鮮血が飛び散った。

会場は騒然となった。

曲が終わると彼女は全ての力を出しきったように、

仁王立ちに立ち尽くしたのだった。

身体の半身には血の流れた痛々しい川が残り、

足元には池のような血だまりができていた。

すぐに彼女は救急搬送された。

彼女は今、全てを失った。



退院して家に戻ると

自室はいつもと何も変わらないはずなのに空虚だった。

がらんとした部屋にたったひとつ見慣れたものがあった。

それまで愛用していたバイオリンだった。

彼女はおもむろにそれを握りしめると、

あの時弾くはずだった曲を奏で始めた。

こうすればよかった、ああすればよかった。

後悔が心のうちをよぎっては取り巻いていく。

自然と涙が零れ落ちた。

彼女は孤独の自分と対峙するかのように、

一心不乱に弾き続けていた。



例のパトロンの働きかけのおかげで復活の時は意外とはやかった。

あれから半年足らずである。

今度の会場は以前のと比べても数分の一ほどの収容人数しかなかったが、

それでも充分といえる手厚い彼からのフォローだった。

無名が幸いしてか来場者の多くは何も知らなかったが、

それでもまたやらかすのを期待する者も多かった。

待機中の会場のこそこそおしゃべりが感染するように拡がっていく。

彼女が以前事件を起こした演奏者だと皆に知れ始めていた。


やがて開演時間になった。

彼女は登場した。

凛とした顔つきにはかつての事件の傷跡が残っていた。

彼女はすっとバイオリンを顔に当てると、

何の調整もなしにいきなり演奏をはじめた。

心臓を引き裂かれるような響き。

悪魔の讃美歌のごとき旋律だった。

頭を撫でてくる白昼の悪夢が聴衆の心を奪っていく。

失う価値観、創造されていく音感。

芸術の悪意に誰も抗えず、皆、聴き入るしかなくなっている。

演奏はとうに終わっていた。

幸せにも不幸に向かう余韻に耐えられない者たち。

静かに、だが少しずつ拍手が出始め、

それがまちまちから繋がっていくように会場を巻き込んでいく。

場内の拍手と歓声は彼女が成功した証になったのだった。



彼女には次から次へと仕事が舞い込むようになっていた。

どのコンサートでも彼女の存在感は枯れることなく、

むしろ暗闇の輝きを増しているようであった。

いつしかバイオリニストとしての彼女は、

顔の傷とともに人々に認知されるようになり、

そして恋するかのように讃えられるようにまでなっていた。

ついに彼女の顔の傷は若き名バイオリニストの代名詞となった。


だが忘れてはならない。

これはただのノコギリの傷だということを。




19箱


箱がある


何でも入れることができるが

何にも入れることができない


なぜならもう満杯だからだ


ごちゃごちゃしてて

整理するために取り出す気にもなれない


使うこともない箱のなかのものたち

使えるところもないじぶん


どちらにしてももう何もかも満杯だ

明日になったら考えよう


それがずっと続いてはいる




20焼きそば


焼きそばパンは

炭水化物に炭水化物を併せたものだ。

だが、みな美味いという


パンに焼きそばを挟むアイデアはあったとしても

ないだろう

食べてみれば、みな美味いというだろうが

食べにくいにつきる


パンはやはり何かを挟んだほうがよさそうだ

焼きそばは挟まれて新たな価値を見出すタイプなのかもしれない


焼きそばおにぎりなんてどうだろうか

食べてみないとわからない味になっているにちがいないが


できればじぶんだけ別々にして食べたい


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