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よいのくちより ともがたり  作者: ウタゲ
二章 うたげすすんで ひがくれて
90/145

41 話を聞いた

 黄色い悲鳴、というのを生で聞いたのは久しぶりだ。

 最後に聞いたのは、近くのトイレがいっぱいで、仕方なく七組の前を通った時に教室内から響いて来た時か。

 一週間ほど前、うん、久しぶりだな。

 常日頃から称賛と歓喜の声が上がっているようで、七組男子達の目は基本的に死んでいたことを思い出す。

 しかし、校外に出てもこいつこんなもんなのか。

 

「すごいかっこいい!」

「ギターもうまいね!」

「綺麗な顔!」

 

 紋切り型の賞賛は、もう誰が言っているのかもわからない。

 どうやって合わせているのか、ギターを拭く姿に五人の女子大生達が同時に悲鳴を上げる。

 

「筒井。」

「はい。」

「あいつか。」

「そっす。」

 

 背中越しに問いかけられる比奈城先輩の声に応える。

 こちらを向かないその表情は想像することしかできないが、少なくとも笑ってはいないだろうと思わされた。

 

「何だお前ら、俺は練習してただけだぞ。」

 

 ドアを閉めろ。

 とりあえずそう言いたかったが、銀髪君にそういう言葉は通じないだろう。

 聞きたい言葉以外は聞かないやつ、そういう風評もしっかり俺の耳には入っていた。

 

「ごめんね、私達他の部屋でカラオケしてたんだけど、君すごい上手いね!」

「こんなもん、さっき買ったばっかりの手慰みだ。

 あんたら、本物の音楽を知らないのか?」

 

 やれやれ、と首をふりながら明らかに無礼な答えをするが、それに隔意を抱く女性はこの場にはいないらしい。

 気付けば五人はドアの中に入りこみ、一人でパーティールームを占拠する銀髪君の周りを囲んでいた。

 あぁ、これはあれか、と勝手に納得する。

 学年の始まりのあたりによくあったらしいプチ修羅場とカップルの別れ。

 夏休みになって、ついに学外にもその影響が出てくることになったらしい。

 すでに背中にいる俺たちのことなど思考に残っていないだろう女性陣、とりあえずパージにしろ回収にしろ動くべきか、と思っていると真壁先輩が先に動いてくれた。

 

「君、ゼロ君だっけ?

 ごめんね、いきなり来て。

 草津さん、俺たちもそろそろ。」

「あ、帰る?

 ごめんねなんか。

 えっとぉ、ゼロ君、高校生? まだ歌う?」

「練習はまだやる。

 何だ、居たいのか?」

 

 真壁先輩の声かけを途中でぶった斬り、奈々さん達は飲み会からアイドルのライブに梯子するようだ。

 話しかける奈々さん以外は、隣同士で銀髪君の顔や髪について話し合っているようで、いつもの七組の風景によく似通って来ていた。

 

「これは、無理だな。」

「あぁ。」

 

 伸ばした手を元気なく下げる真壁先輩の後ろで、いくらかは耐性がある俺と戸塚は意識の統一を図る。

 するべきことは、撤退。

 ここにいたところで女性陣と楽しい時間を過ごすことはもう不可能だ。

 俺が真壁先輩に、戸塚が比奈城先輩に声をかける。

 振り向いた二人はなんというか、目が暗い。

 いや、当たり前か。後輩誘った合コンでこんなオチ、俺が同じ状況になったら暴れない保証はできない。

 ギターについて、練習について、声について。

 周りからの賞賛に対し、謙遜というには少しばかり傲慢な返しをする銀髪君と、それにも喜ぶ女性陣。

 苛立ちもため息も、ここから出てからだと先輩達の背を押し、廊下を戻ろうとすると後ろから声がかけられた。

 

「おいお前ら、五〇二号室か?」

 

 すごい、なんでわかるの、との女性陣の言葉を無視し、俺を見る銀髪君に、あぁ、と返す。

 その返答にふっ、と軽く笑うと銀髪君が部屋の電話をとった。

 

「あぁ、パーティールームのモンだが、五〇二の勘定もまとめて俺につけといてくれ。」


 受話器を置くと、女性陣がまた騒ぐ。

 金は大丈夫なの?出すよ?と口々に詰め寄る五人に、一枚のカードを見せた。

 そのカードはどうやら有名な会社のカードのようで、聞いてもいないのにカードの審査の厳しさとか支払い上限だとかを勝手に大久保さんが説明し出した。

 というか、あんなにハキハキ喋れるんだな。

 とりあえず、五人分の支払いが俺たちの上に乗ることもないということで、どーも、とだけ言って俺は戸塚と頷き合い、先輩達を元の部屋に連れて入った。

 ドアを閉め、先輩達に座ってもらう。

 騒がしい外とディスプレイ内のアーティスト達の煌びやかさに反比例して、部屋の中には重く苦しい沈黙が充満していた。

 とりあえず、飲み物でもとって来るかと戸塚とコップを持ち、外に出る。

 

「学校外でも被害者が出たなあ。」

「ああ。先輩達、首でもつってないといいけど。」

「大丈夫だろ、去年も似たようなモンだったっつーのは戸塚も聞いてるだろ?」

「だからだよ、今年の頭に鎮火したはずなのに、似たようなもんに巻き込まれたんだぞ?

 逃げた先にも鬼がいたようなもんじゃねーか。」

「確かに・・・ん?」

「どうした?」

「あれ。」

 

 俺の指差す先を見る戸塚。

 そこにはドアを開け、ドリンクを運び込む名瀬の姿があった。

 

「とりあえず先輩にはあいつのことは気にしないでくれって言っとくか。

 ついでに、部活のやつにも回しとこ。」

「同じ部だと大変だな。顔合わすのキツくなりそうだわ。」

「俺よりも先輩だよ。

 あー、比奈城先輩だから大丈夫だと思うけど、やっぱ鬱だわー。」

 

 四人分の炭酸飲料をコップに汲み、部屋に戻る。

 歌ってるのか叫んでるのかわからん声を背に部屋に入ると、先輩達は電目を覗き込んでいた。

 

「おう、二人ともサンキューな。」

「悪いな、こき使ってよ。」

 

 パーティールームから出る時の暗い雰囲気をあまり感じさせない二人の姿に、逆に俺は面食らってしまった。

 とりあえず俺の持つ二つのコップを先輩方の前に置き、戸塚の持つものから一つもらう。

 

「いえ、そんなことないっす。てか、先輩達大丈夫っすか?」

 

 椅子を動かし、テーブルを挟んで先輩達の前に対する形で座り直す戸塚の言葉に、二人は苦笑するとコップに口をつけた。

 

「一年がナマ言うんじゃねえよ、まぁ、一応経験済みってやつなぶん、立ち直りは早いんだ。な、比奈城。」

「おう、情けねえとこ見せちまったけど、もう大丈夫だ。

 で、奢ってくれるっつーんだからもうヤケで飯も頼んじまおうとしてたってわけよ。」

 

 ほれ、と俺たちに電目を渡された。

 山盛りのポテトとフライドチキン、チャーハンはすでに注文済みのようで、甘いものが欲しいと思った俺はお菓子の盛り合わせを注文カートに入れて戸塚に回す。

 後は追々でいいや、と注文ボタンを押すと、戸塚は先輩達にデンモクを返した。

 

「折角だ、ちょっとは歌うか。」

「おう、俺の高音に酔いしれろ。」

 

 デンモクで曲を選び出す先輩達に、よかったな、なんて思いながら俺もスマホで曲を選ぶ。

 もう男しかいない、しかも微妙な秘密を共有する間柄だ、練習中の曲も入れてやれと選択する。

 一人一人、好きな歌を歌う。

 先輩後輩の間柄、にもかかわらず何処か不思議な連帯感があった。

 四人で四曲一回り。

 次の曲を、といったあたりで比奈城先輩は初めて名瀬がいないことに気づいたらしい。

 辺りを見回す姿に、真壁先輩もやっと一人足りないことに気づいたようだ。

 

「なぁ、あいつ居ねえけど、帰った?」

「気づかんかったわ、いや、大丈夫か?」


 一言目に心配を言ってくれる先輩に、この人たちいい人だな、なんて思ってしまう。

 ここは先に帰ったとか言っとけば、まだあいつの傷は浅いか?

 そんな感じでチラリと戸塚を見るが、やめとけ、と首を振られた。

 確かに、ここで嘘ついても得られるものはあいつの評判だけで、万が一帰る瞬間に鉢合わせでもしたら逆に色々きついことになる。

 それに、あれのために労力をかけるのもやだな。

 ヨシ。

 

「あっちに行きました。」

「外出たら、ドリンクバーパシってました。」

 

 戸塚の言葉に俺が補足する。

 その言葉に先輩達は怒るかな、なんて思ったが、帰ってきたのは二人の大きなため息だった。

 

「あぁ、そうか。そうなるか。」

「まぁ、だよなぁ。」

 

 ふう、と息を吐く二人に疑問が湧く。

 別に怒り狂って欲しかったわけではないが、こんなに簡単に場を移るのは、後ろ足で砂かけるようなものなんだから少しぐらい怒ってもいいのでは? なんて思った。

 

「え、なんかあいつやばいっすか?」

「いや、被害みたいなもんは多分無い、いや、わからん。

 俺らの経験って結局去年のもんだし。」

「あのゼロ君とやらがどれだけ善性の人間かもわからんしなぁ。

 一応、経験から言うと名瀬くんの望むようにはなるまいよ。」

 

 ジュースで唇を濡らし、真壁先輩が語ってくれたのは俺と戸塚にとって非常に参考になる経験談。

 クラスだけではなく、他の学年、学校の人間ともいつの間にやら交友関係を持っていた前ハーレムの王、現二年、善折(よしおり) 秀作(しゅうさく)の話だった。

 

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